6 : Build

 ロサンゼルス中心部の反乱軍のビルの一室、ダイニングキッチンに数人が入って来た。


「あっ、ハンさん。今出来た所ですよ」

「ごめんアンジュ、わざわざ作ってくれて」

「私も好きでやってるんですから。でももっと人数多かったら大変でしたよ」


 と言いながら苦笑するのはエプロンとポニーテールの少女、アンジュリーナ。対する中華系の青年、ハンも笑顔に釣られて顔を綻ばせる。


 ハンに続いてドアからダイニングへ来たのは、チャック医師、ビルで働くオペレーターとエンジニア合わせて五人、そして、他に比べて肌が黒い男性が一人。


「アンジュ、背伸びたか?」


 焦げ茶色の肌の中肉中背なブラジル系黒人で身長百八十センチメートル程。黒髪を細かく編み込まれたドレッドヘアーに、暗い緑色のジャージというファッション。


「リカルドさん! 久し振りです」

「ああ、土産にコーヒー持ってきたが、後で是非飲んでくれ」


 リカルドと呼ばれた男性はアンジュリーナへと持っていた紙袋を何気なく渡し、少女が受け取ろうとする。


「わっ!」


 少女が間の抜けた声を上げたのは、手に取った袋の重量が想定外だったからだろう。黒人は懐かしむようにクスッと息を漏らした。


「相変わらずか、ったく可愛い反応するねえ。いっそ苗字をアルメイダにするか?」

「もう、リカルドさんも相変わらず女好きですね」


 リカルド・アルメイダ、それがこの二十七歳の黒人のフルネームだ。年下で小柄な少女の笑う姿を見ては白い歯を見せる。


「リオから来たぜ。何でも、ジェンキンズの爺さんが頼んでね」

「ジェンキンズ、ってダラスのロイさんですか? 何でわざわざ?」

「それは後で話そう。込み入っていてね。今はご飯にしたいだろう?」


 ハンの台詞に従い、リカルドが椅子に腰掛けた。アンジュリーナの方は「あっ、ついで来ます」とキッチンへ。「あっ、私も手伝うわよ」とハンの部下の女性オペレーター。


 アダムは既に座っており、チャックはアダムの向かい側に、リカルドはチャックの右隣。ハンはアダムの右隣に座った。


 他残りのオペレーターやエンジニアは適当な場所に座り終え、アンジュリーナと女性オペレーターがキッチンから皿を次々と運んでくる。


 パンの皿と鮮やかな赤色系統のスープの入った皿が合計十人分。それぞれ置かれたところでアンジュリーナはアダムの左隣に、女性オペレーターはハンの右隣に座った。


「ボルシチですよ。私が作ったんです」


 アンジュリーナがそう言う直前から左隣の少年はスープにスプーンを突っ込んでは止まらない。少女の向かいの青年はポルトガル語で何かを呟いてから食器に手をつけ、右隣の青年はコショウをスープに沢山降り掛けていた。他のオペレーターやエンジニアもそれぞれ食事にありつける。中には両手を組み祈って何かを呟いている者も居た。


 そしてアンジュリーナは「いただきます」と丁寧に手を合わせてようやくスプーンに手をつけたのだった。


 一番最初に味について触れたのは医師だった。


「このジャガイモしっかり味が染みて良いじゃないか。アンジュリーナはきっと良い嫁さんになるぞ」

「そうですか? ありがとうございます!」


 次はブラジル人とアジア人が続けて言う。


「美味え。これトマトだけじゃねえな、何かカブみてえな味もある」

「パンとの組み合わせが抜群だね。肉もしっかり柔らかくなっている」

「デーツっていうカブの一種ですよ。良かったあ、ちゃんと出来ていて」


 続けて他の人々も賞賛の声を掛ける最中、例外が一人だけ居た。彼はパンを齧ってはスープを飲み、交互に口へ食料を突っ込んでいる。


(旨味と塩味に加え、酸味が丁度良く合わさっている。具材も中まで柔らかく、具材の旨味や肉の脂がスープに溶け込んでいるのも良い。調味料もまた具材に馴染んでいる。パンに浸けて食べるのも良い……)


 スプーンを勢い良く操る様を見ているアンジュリーナは思わず微笑んだ。


(アダム君って料理は本当に美味しそうに食べるのね)「ねえアダム君、ボルシチ美味しい?」


「ああ」と即答、「ありがとう」と少女。


 食卓は和やかなムードに包まれていた。





















「で、話ってのは何だ? こんな暗い部屋で映画やプラネタリウムでも観るのか?」


 五人のトランセンド・マンが入ったのは遠隔戦闘指揮を行う為のオペレーションルーム。窓はある筈だが、リカルドが示す通り日除けが下ろされた窓から光は入り込めない。


「どうやら楽しい事では無さそうだ」


 チャックがハンの深刻さを隠せていない顔を見て呟いた。


「皆、そこに座って。察している通り良いニュースではないんだ……」


 ハンが部屋の隅の大型モニターの前に立ち、他の四人は彼の正面に置かれた椅子にそれぞれ座る。


「一体何が起こったんですか?」


 この場唯一の女性、アンジュリーナにハンの緊張状態が伝染し、心配になって誰よりも早く事態を知りたいらしい。


「早速話そう。これを見てくれ」


 ハンがモニター周辺の機器を操作し、モニターに地図と画像が幾つか表示された。ハンが地図中の四角で囲まれた部分を指して言う。


「ロッキー山脈だ。イエローストーン地区付近の山脈地帯で管理組

織の動きが見られたんだ。攻撃よりここに拠点を作るような動きだ」


 写真には高くそびえる山脈や針葉樹林の間に点々と写る管理組織のものと思われる兵士や車両が見え、別の画像では何か基地らしき建物を建設している様子が写っていた。


「これはテレサがやってくれたのか?」

「そうですよ、ダラス拠点に頼んで。“彼女”くらいしか管理組織の警戒を突破出来る人物は居ませんし」

「ジェンキンスの奴も気前が良いなあ……で、目的は分からないのか?」

「少なくとも攻撃が目的ではないと思うんですよ。ここ数日でずっと建設しているらしいです」


 ハンは反乱軍ロサンゼルス拠点の指揮者という立場上、この場に居る誰よりも地位が上だが、それでもチャックの質問にハンは礼儀正しく答える。


「で、結局どうすんだい? 早く楽しい話をしてえんだ。折角エンタメの街ロスに来たってのに一仕事やらなきゃならねえらしい」


 リカルドが緊張感を保ったままニヤリと笑いながら話の潤滑油を演じてみせた。


「ああそれでだ、これも見て欲しいんだ。山に隠れていた」


 ハンがテキパキと機コンピューターを操作し、モニターに違う画像が出現した。


 暗い灰色の固い大地にそびえ立つ鉄塔。近くに写る管理組織兵士が豆粒程の大きさにしか見えない。画像に細かく映る文字では高さ百二十メートルと表示されていた。


「何かを掘っているって事ですか?」

「ロッキー山脈にそんな鉱産資源なんてあったのか?」

「まさかこのご時世に石油を掘ろうってのか?」


 アンジュリーナの問いにチャックが疑問を重ね、リカルドが冗談めきつつ問い掛けた。


 自然界から産出される石油は既に廃れた。成長促進改良された牧草やミドリムシ、藻類等から人口石油を生み出す技術が西暦二〇四〇年頃に開発され、普及したのだ。


「僕の考えはこうだ。もしあれが資源採掘施設ならば、つまりその施設を襲撃すれば資源が見つかり管理組織の目的を暴けると思うんだ」

「成程。強襲はもうこりごりだがな……」


 チャックが苦笑しため息をつきながら呟き、見かねたハンは話を早く進める事にした。


「……で、今回はダラスの勢力や他から派遣してもらった勢力と共に作戦を進めようと思う。他の協力してくれる方々には話をつけている。詳しくはこれを一通り読んでおいてくれ」


 と、ハンは他の四人のトランセンド・マンへ、コンピューター類と一緒に置かれていたファイルをそれぞれへ配布した。


「計画を具体的に動かすのは一週間後を予定している。それと一応今回は志願制にしようかと思っているんだ」


 アンジュリーナの「中和」は防御に特化したものだし、チャックの「有機物合成」も戦闘には不向きだ。ハンは純粋な戦闘力による短時間での襲撃を計画しているのだろう。


「穏やかじゃないな、お前らしくねえぜ?」

「分かっているさ、でも待っていられない。僕も直接行くつもりだ」

「ハン、焦っているのかお前?」


 リカルドの素朴な問いにハンは表情を堅くした。続くチャックの呼び掛けには全く答えなかった。


「……前回の失敗の償いだと思うんじゃないぞ若者。昔は昔、今は今だ」

「そうですよ、ハンさんもっと自信持って下さい!」


 医師に続いて少女が励ましの言葉を与える。東洋人の顔付きは自然と和らいだ。


「チャック先生、アンジュもありがとう……何時だってベストを尽くすさ」


 リーダーの調子の戻り様にアダムを除く全員が喜びを表した。


 ちなみにアダムは目の前の出来事も知らんふり、渡された資料に

目を通して頭の片隅で何かを考えているように見えていた。


(地球管理組織は何を狙っている?)


 疑問、それよりも頭がぼんやりする感覚に悩まされる。


 少年の脳内の引っ掛かりはこの場では解消されなかった。

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