Category 3 : Rebellion

1 : Urgency

 サンタモニカ丘陵の一番標高の高い場所。


 岩や地形の起伏を遮蔽物代わりにする兵士や車両や二足歩行戦車。小銃や機関銃を各々が暗闇の先へ向ける。


「あとどれ位だ?」

『敵戦力到達までおよそ二十分、味方の援軍は十分後と見られます』


 通信を聞いた兵士達が緊張と切迫に顔を引き締める。到着が間に合うのは良いが、到着から残り時間で万全な準備はギリギリだ。


 突如、後方から発光。兵士の一部が振り向いた。軍事基地からの砲撃光である事は分かり切っている。


『弾着、今!』


 数十秒後、通信機のタイミングと同時に前方で発光。砲弾やロケット弾の爆発光である事は知っている。だいぶ遅れて微かな発射音と爆発音が耳に届いた。


 後方からの砲撃は休まず続く。その度に荒野に爆発が起こる。


「これでケリが着いてくれれば良いんすけどね……」

「コラッ、不吉そうに言うんじゃない」


 何気ない一人の若き兵士の台詞が場に更なる緊張感をもたらした。ガチャ、と銃を構え直す音。


 二足歩行戦車が手に抱える二十ミリサブマシンガン二丁と、両肩にある百ミリ十五連ロケットランチャーが気を取り直すように、静寂の中で静かなモーター音を立てて角度を微調整。


 他にもまだ出番の無い補給兵が弾薬を無意識に出し入れしたり、狙撃銃を握る者や戦車の砲手が暗黒をスコープで覗いたり……動揺は一向に消えない。





















 サンタモニカ観測所から北へ約二十キロメートル。居住地から大きく離れたその場所は人どころか動物の気配すら感じない。精々乾燥地に生える低い草木やサボテンがまばらな程度だ。


 そこから更に少し北へ――静かな乾燥地帯が一変、喧騒とする。


 大量に走行するのは、暗闇に溶け込む黒いバイク型の車両。タイヤが太く、滑りやすい砂の上をしっかり走り、ミサイルやマシンガンを装備しているのが見える。何よりの特徴は、人が乗っていない事だった。


 バイクより小型で、更に大量にあるのが犬や猫、いや、サイズから推測すれば狼や豹の如き姿をした何か。これもまた漆黒で、表面が僅かな光に金属光沢を発する。地面を力強く駆ける姿はまさに俊敏な狼や豹だ。こちらも背中に小銃や小型ミサイル。


 数が少ない代わりに大型の車両もあった。トレーラーを流線型にした形状だったが、操縦席が見当たらない。存在を隠す黒色はこれも同じ。


 その機械達の行進を、闇に塗られた上空から反乱軍の偵察機が捉えていた。


「あらゆる波長で試したが見にくいな。簡易的なステルス素材か」

「だろうよ。奇襲と機動を意識した戦力なのは間違いない。ただ奴らがこんな兵器を有していたとはな」


 偵察機から送られてくる赤外線可視化映像を見ながら通信担当の兵士達が言い合う。当然前線の味方達へ報告するのも忘れない。


「だがあのトラックみたいな奴は何だ? 無人バイクと獣もどきは分かるとして、輸送車両か?」

「分からん。まあデカくて砲撃で壊れるだろ」


 その時、映像全体が突如ホワイトアウト――砲撃の爆発によるものだろう。地面から何十メートル離れていても明る過ぎて発光中心部が見えない。


 砲撃はまだ続く。しかし、画面に映る動く数々の影は着弾地点を読み、横へずれたと思うと先程居た所で爆発、躱されてしまう。だが大型のトラックもどきの車両はそう俊敏に動けない。


 次の瞬間、偵察機の映像が白で覆われた。爆炎の熱によって見えなくなったのだろうが、映像はすぐに戻った。


 しかし、地上には砲撃の熱の跡らしき赤外線源が無かった。車両達は無事だった。


「着弾してない? 撃ち落としたのか?!」

「おい、これを……」


 予想外の出来事に片方が驚き、もう片方が冷静に指で画面を指す。


 画面端にあった微かな赤外線源、人型だった。


 人型の物体は手に持っている銃らしき物体を偵察機側へ向け――画面が暗転し、【撃墜 信号無し】の警告表示。


「撃ち落とされた?!」

「トランセンド・マンか!」


 ついに二人が同時に驚きを上げる。


 少なくとも夜空で見える機体ではなく、小銃で偵察機を撃ち落とすなど“普通”は無理だ。


「さあ、俺達の方も来てくれ。早く夕飯を食いたいんだ……」





















「二人とも、ペースを上げるか?」

「はい、急ぎましょう」

「ああ」


 荒野を走る三つの影。最初に威厳と自信を感じさせる女性の中性的な口調。続いたのは不安を隠し切れていない少女の声。最後は中身の詰まっていない最小限の少年の応答。


 先頭を走る長い銀髪を風で揺らす長身の女性クラウディア。その後に続くのは、逆風に灰髪をたなびかせる少女アンジュリーナと、深い青髪を最小限しか揺らさない少年アダム。


 三人はやがて北上する反乱軍兵士達の車両を追い抜いた。味方の援軍と敵勢力は十分差でこちらが早いと聞いたが、それでも心配だ。


 音速を超えて走っても衝撃波は起きない。トランセンド・マンの「防壁」は彼らに掛かる空気抵抗そのものを無くしているのだから。


 同時に、超音速で走っても地面は凹まない。まるで作用・反作用の法則が無いかのようだ。これもまた身体と体外の摩擦、即ち干渉を減らす「防壁」の効果である。


 五分も立たない内に三人のトランセンド・マンは丘陵を上り切った先にある鉄塔を視界に捉えていた。


「おお来たか若者達よ。それに珍しい組み合わせだな」


 先に到着していた医師、チャックが頼もしそうに三人を出迎えた。


「一般兵達がまだ掛かりそうだが、予定通りみたいだ。敵軍の動きは?」

「相変わらずこっちへ来とるよ。あとトランセンド・マンが二人確認されたらしい」


 クラウディアの質問。返答を聞くと、普段から鋭い顔つきを更に引き締める。


「先生も今着いたんですか?」

「まあな。私は医務しか出来んが、お前達はお前達でやれる事を頑張れよ」

「はい、分かってます!」


 アンジュリーナが何気なく問いを持ち掛ける。中年男性からの答えを聞くと、少女は笑顔になり、同時に頑張ろうと頷きながら元気に返事した。


「それと少年、実戦は初めてなんだろ? 大丈夫か?」

「大丈夫だ」

「その言葉が一番心配なんだがな……」


 予感という概念を知らないアダムには何の事かさっぱりだった。


「ハンから聞いた。敵トランセンド・マンを通常戦力へ影響を脅かさないように足止めするのが役割だろう」

「それなら信じて良さそうだな。私は手当てに専念する。私の仕事を増やさんようにな」

「分かった」


 少年はジョークに対しても抑揚の無い声だった。


 移動しながら喋っていれば、四人は兵士達の居る前線へ到着した。味方基地からの砲撃による爆発が近くまで迫っている。


「よお、アンジュにクラウディア。今日もまた美人が二人かね」

「オイオイ、浮気は駄目だぜ。それからアダムが仲間外れにされてるぞ、フェミニストかお前は」

「何度浮気じゃねえって言ったら分かるんだお前は。アダムはアダムで何か言ってやろうかと思ったんだがもう何言おうとしたか忘れたぞ」


 緊張感を崩すようにロバートとルーサーが言い争う。周囲の兵士達は呆れるように首を傾げた。


「あっ、ロバートさん」

「おう、嬢ちゃんの防御また期待してるぜ」

「任せて下さい!」


 アンジュリーナは自信ありげに元気良く答えた。その声が場に緊張感を呼び戻す。


「アダム、私と行くぞ。アンジュ、皆を任せたぞ」

「ああ」

「はい!」

「前は任せたぞ二人とも」


 アンジュリーナはチャックや兵士達と共に遮蔽物へ身を隠した。アダムは前線を飛び出たクラウディアと共に真っ暗な荒野を駆けていく。





















 乾燥地帯を駆け抜ける二人のトランセンド・マン。走る度に砲撃の爆発音が近づく。


 視覚が“超越”している二人の目の遥か遠くには、大量の無人車両や動物型戦闘ロボットが映っている。


「心配するな。私たちにとっては大した事は無い奴らだ。だがそれを後方の仲間達へ行かせないのが私達の仕事だぞ」

「分かっている」


 少し心配もあったのでクラウディアが二週間前に加わった静かな新米へ訊くが、少年は自分より五センチメートル高い女性の思惑関係無しに一言で済ませた。


(うーむ、やはり無愛想な態度は変わらないか。ひょっとして私の態度が駄目なのか? それとも私が何か嫌な事でも……)「ところで……」


 クラウディアが話し掛けようとしたが、アダムがお構いなしに拳銃を腰のホルスターから二丁抜く。地平線へ銃口を向け、引き金を引く。


(空気は読めないが、やるべき事をしっかりやるのは他の男共とは違うな……)


 話し掛けるのを中断し、クラウディアも見習って切り替えると、背中からアサルトライフル型の銃を持ち抱える。


 トランセンド・マンの命中率は素晴らしく、距離関係無しに殆ど百発百中。また、一発一発が対物ライフル弾を超える威力を持ち、実質的に銃弾が発射される分敵を打ち抜いている。二人合わせて秒間二百発。一秒で二百体のマシン共が停止する。


「良いじゃないか。レックスから習ってるんだろう?」


 今度は返事どころか反応すら無かった。聞こえるように言っている筈だから無視しているとしか思えない。それだけアダムは目の前に集中していた。


 冷酷、と言われても仕方のない態度は事実であれど、とても人間味が無さ過ぎる。アダムは眉一つ動かさず銃弾を飛ばし続ける。


(妙なものだ。これじゃあ殺し屋だな……)


 一方、怒濤に押し寄せる敵戦力は数を減らすどころか増えているように錯覚してしまう。砲撃の音量が増した。


 何の前触れも無く少年が跳び上がった。何事かとクラウディアが周辺を見る。


 アダムが立っていた地点の土砂が振動し、吹き上がる。見渡したクラウディアは離れた所に人の姿を一つ発見した。


 闇夜と同色の戦闘スーツ、大柄な黒目黒髪の男性で、顎に無精髭。彼の右足が踏む場所が大きく凹んでいた。


 男性が右拳で正拳突きを繰り出した。それも、距離が十メートルも離れているというのに。


 何かを企むように、その顔が不気味に笑みを浮かべた。突き出された拳の周辺の空間がレンズの如く歪んでいた。


 「障壁」は、耐圧、耐熱、耐電磁気、耐電磁波……というように効力を自在に変化させられる。基本的には「外界との干渉減少」という観念的な障壁を主に使用している。これだけで物体、圧力、熱、電気、磁気、光線、エネリオン、大抵のものは防げる。


 ここで大事なのは「障壁」は意識して自在に効果を変更出来る、という事だ。


 男の腕に纏わり付くエネリオンは、腕を構成する物質同士の分子間力を強化させ、鋼鉄の剣ですら傷が付かない強度になる。それだけではない、エネリオンは更に腕に触れる空気との摩擦力を格段に上昇させていた。


 強靭な腕で拳を突き出した事により、拳の軌道上にあった空気が圧縮され、衝撃波が起こる。それが空気を歪ませていたのだ。


 今度は、男の体表から衝撃波自体に送られるエネリオン――周囲に拡散される筈の衝撃波がレンズのように一点に集中。


 更にエネリオン――威力も増強され、不可視の衝撃は一直線でレーザーの如くアダムへ。


 アダムの体が突如起こった衝撃で後方へ吹き飛ばされた。爆音が同時に聞こえる。


「アダム!」


 クラウディアが反射的に腰にぶらさげたレイピアを引き抜いた。衝撃を放った男へ突撃する。


 しかし、女性の突進は阻止された。側頭部に強い衝撃が走ったのだ。


 頭から落ちるが、転がって衝撃を吸収、砂を払いながら立ち上がる。突如現れた人影に視線を送る。


 茶目茶髪、黒髪の男性より一回り更に大きい体躯、視線と表情を隠すサングラス。ボディーガードやエージェントに似た外見は見間違えようがない。


「お前、あの時の……」(さっきの不意打ちは認識阻害か……)


 二週間前遭遇し、逃亡の果て追跡から逃れた人物だ。


 何時の間にかアダムがクラウディアの背後で背を向けて立っていた。黒髪の男がアダムの正面から睨む。


 アダムが両手の銃を最小限で前に出す。微塵の無駄も無い。


 クラウディアが右手に持つレイピアを顎の高さに上げ、左手を腰に当てた姿は普段の態度も相まって高貴なイメージを漂わせる。


 そして二人を挟む相手が二人。サングラスの方はナイフを持っていた。


 四人を避けて機械の大群が横切る。彼らは目もくれず、ひたすら向き合っていた。

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