7 : Fall

 銃弾をも弾く強化ガラスの向こう側に見えるのは、無機質な床に細い足で立つ少年。


 暗く赤い髪色。病人の検査着らしき服を纏い、身長は百七十センチメートルにも満たない。目は髪と同様に深い赤だった。まるで、この少年を観察するクリストファー・ディック中佐の髪や目を薄くしたかの如く。


「……以上の結果からどれも標準値以上ですね。身体も精神もエネリオンも非常に安定しています」


 観測機器を操作する部下が告げた。


「脳波パターンは「アンダーソン」に似ています。ポテンシャルはそれ以上と思われます」

「見事だ。脳へ知識を入れろ。それから自律行動のテストだ」

「了解」


 洗脳技術や精神コントロール技術を応用し、知識を植え付ける技術は少なくとも西暦二〇五〇年頃から存在している。この技術は地球管理組織の人民統制に大いに役立ってもいる。


「送信開始、少々お待ちを」


 少年の首の後ろはまだケーブルで繋がれている。


「……むっ?」


 突然ポケットの中で小刻み震えた物体に意識を向けたクリストファー。ポケットから端末を取り出し、耳に当てる。


『中佐、今お時間宜しいでしょうか?』

「構わんよ。どうしたかねアレクソン君」


 何もかにも興味を無くしたような声で答えた中佐。しかし、この後の返答を聞くと顔どころか声調すら変える事になった。


『ロサンゼルス掃討作戦の件ですが、こちらの意図を察知しているらしく相手が戦力を温存しており、作戦が打ち止めにならざるを得なくなります。そこで波状攻撃を仕掛けるため、トランセンド・マンを二人だけでも要請して貰いたいのですが……』


 まずクリストファーは少し考えた。真面目さに表情が引き締まっていた。


(丁度良い。“アダム”を取り返せる)「……許可しよう。二体だな、今すぐ用意する」

『感謝します』

「お安い御用だ。その程度の頼みならな」


 自分の思惑を隠し、何処かへと赴く。意志のために。





















 高度一万メートル、空気操作によるジェット噴射の反作用で自身を飛ばす事かれこれ数十分、レックスは目標と思しき不審物を発見した。


 ジェット噴射する三機の無人機らしき航空機はハンから聞いた通りのものだ。


「目標物を見つけた。先に撃ち落として良いか?」

『早いとこ終わらせちまおうぜ』

「だな」


 後続の仲間から促され、通信を切り次第右手を航空機達へ向けた。


 右手を前へ、放出されたエネリオンが空気に作用する。鎌鼬の如き突風が航空機目掛けて斬り掛かった。


 すると、それぞれの機体が錐もみ回転、宙返り、旋回。全部躱された。


「やっぱ思った通りか。これでもどうだ!」


 掌の表面には三個の圧縮空気塊が出来ている。空気塊は更に周囲を吸収し、密度を増す。第三者から見れば空気塊の部分だけレンズのように歪んで見えるだろう。


 三連射、圧縮されたまま直進し、どれも呆気なく命中――空気が衝突面へ勢い良く放出される。結果、航空機の外壁に穴を空けた。


 グシャッ――航空機が三機とも破片を散らしながら壊れる。内部から何かが出て来た。


 三つの人の形をした何か、否、人間だ。それらは飛行機の残骸を足場にして跳躍し、それぞれの方向から襲い掛かる。


 自己を包む気流を操作して上昇し、三人を避ける。燃料が引火したのか、飛行機の残骸が爆発を起こした。


 上空から見下したレックスは慣れた手つきで背中からアサルトライフル形の銃を取り、弾丸の雨を降らせる。


 空中で身動きの取れない三人は、降り注ぐ銃弾に対し身を捻り手足でガードする。


「下はどうだ?」

『見えてるぜ。一応撃ってみるが、期待せんでくれ』


 確認の通信を終え、落ちていく三人を追って重力加速度を超えて降下するレックス。銃口を下に向け弾をばら撒き続ける。


 無論相手も無抵抗な訳にはいかず、不自由な体勢から銃器を抱えて銃弾を上空へ放つ。


 それを青年は、戦闘機の如く身を回転旋回、加速減速、緩急を付け華麗に躱してみせる。青年の顔が興奮と面白みに歪んだ。


 気流と重力加速を合わせたバネの如きキック。相手は辛うじて腕を胸の前で交差しブロック、静止する足場が無いので距離が離れる。


 他の二人が側面からレックスを挟み引き金を引く。ならばとレックスは更に加速し落下して避けた。同時に右手を正面の相手へ向ける。


 一番地面に近い人物は、背中を突如突風に押され減速感を味わった。レックスが上空から再び襲い掛かる。


 相手が身を守ろうと腕を掲げ、それを見たレックスは勝利を確信したようにニヤリと笑う。


 加速を続けながら体を横にスライド、追い越し、落下する相手の真下へ。操る気流のベクトルを反対に。


 急上昇、強烈な加速度に歯を噛み締め、足を上に両足蹴り。


 蹴りが相手の背中へクリーンヒットした。相手の体が重力に逆らって上昇した。


 上空の二人が自分達とは真逆に飛んで行く味方を確認すると、今度は自分達目掛けて突如飛翔する弾丸を捉え腕でガードする。


『当たったか?』

「防がれたぜ。どんどん来てくれよ」

『おうよ!』


 数秒後、地上から大量のエネリオン塊が無差別にトランセンド・マン達に向かって来た。気流操作で飛び回れる青年は躱せたが、そうはいかない他の三人は被弾した。


「バカか! 俺も巻き添えにするな!」

『どうせお前なら躱せるから良いじゃん』


 耳に装着した通信機へ付け加える。無責任なリョウの声が言い返した。


「じゃあ「アレ」やろうぜ。めいいっぱい溜めてくれよ」

『良いねえ。ミスんなよ』


 楽しみに笑いながら通信を切り、レックスは右掌へエネリオンを送り込み、圧縮空気塊が形成され始めた。


 地面がより近づいていた。向かい風が気分を高揚させる。


 何かを企むレックスを銃弾の雨が撃ち落とそうとする。それを彼は難なく避け続け、掌の空気塊の密度を更に増加させる。


「準備完了。そっちは?」

『おっしゃあ撃つぜ!』


 遥か遠くの地上の荒野に居る人影。そこから何かが発射されたのを“感じた”。


 比較的遅く上昇するそれは、攻撃を躱しながら空気を溜めるレックスにとって生易しいものだ。射撃の名手は回避の名手でもあった。


 弾幕から脱出し、上昇するエネリオン塊が自分の空気塊に当たる。途端に熱された空気塊がレックスの命令に従って相手の一人へと発射。


 空気塊が無防備な相手の胸にヒット――圧縮高熱空気が接触面から一瞬で放出。高熱が肉体を焼き、局所圧力で脆弱化した肉体を吹き飛ばし、胸に大穴が開いた。


 胸を高熱の空気に貫かれた死体が空気塊から受けた圧力で吹っ飛び、軌道はレックスと他二人から離れる。死体は挙動を残し、地面は荒野が続いている。どんな落ち方をしてもどんな場所に落ちても惨い姿になるのは目に見えている。「超越した者」といえど、死ねばエネリオンは使えず、ただの有機物の塊に過ぎないのだ。


「一機撃墜。もっかいやるか?」

『いや、もう地面が近い。降りてから俺も混じるぜ』

「いつの間に。んじゃ、そうしますかね」


 親友の提案に従う事にし、青年は地面へ目を向ける。相手二人も着地に備え攻撃を止めた。


 大気中で自由落下する時、地面に対して水平に体を広げたスカイダイビングの姿勢を取れば空気抵抗によって一定速度に安定する。その速度は精々時速百二十キロメートル。一方トランセンド・マンの標準的な走行速度は時速千二百二十四キロメートル。全力疾走の十分の一に過ぎないので“彼ら”は楽勝で着地可能だ。


 地面に着く直前、足を下に。足先が地に触れ、サスペンション代わりに膝を曲げて衝撃を吸収。


 二本の足を中心に地面がめり込んだ。レックスの足は折れるどころか痛がる様子も無い。


 遅れて残り二人も平然と着地。そして荒野の中からこちらに走り寄る影。


「一名様、空の旅は楽しかったか?」

「誰かさんが対空砲火したからから快適だったのが台無しだぜ」

「そりゃ気の毒に。しかし俺も飛びてえよ」

「お前の方が何時でもステーキ焼けるからそっちの方が良い」


 レックスの隣で止まった姿、リョウのジョークに釣られ、二人は笑いながらも気を緩めず、二人の目は相手の目をじっと逃さず見ている。


 四人が各々銃をしまい、各々の武器を取り出す。リョウは湾曲した中国刀、レックスは細身のショートソードを両手に二本、相手の片方が真っ直ぐなミドルソード、もう片方が斧を両手持ち。


 途端、砂の地面の四カ所で衝撃。直後、空中の二カ所で金属音。

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