6 : Purpose

 アンダーソン奪還又は破壊作戦が失敗に終わってから二週間が経った頃。


「到着した」

「ああ、よく来てくれた」


 急いで駆け寄るトレバーが対面するのは白髪が混じった五十代初頭と思われる小柄な男性と握手を交わす。眼鏡越しの柔らかみのある目は心配そうだった。


 彼はハンからダラス市の反乱軍拠点へ向かい、そこで起こっている乱戦へ参加して欲しいと頼まれ、大隊戦力を率いてテキサスまで来たのだ。


「戦況を知りたい」


 尋ねながら上着を脱ぎ捨て、伸縮スーツの上に戦闘用の籠手と脛当てを装着したアラブ人。


「カンザスとルイジアナの二カ所から攻められている。戦力差は合わせて丁度一対一ってところかな。しかし二方向からでは厳しい。正直もっと援軍が欲しい所だけど……」

「メキシコ側からはどうだ?」

「まだ時間が掛かりそうだとさ。しかし、ロスの戦力を削ってまで良かったのかい?」


 老けた男性が心配気味に尋ねる。だがトレバーは動じず平然と言った。

「別に無防備という訳ではない。それで、二手に分かれれば良いのか?」

「いや、私の考えは逆だ。君等は北方からの戦力を西側から追い立てて欲しい。東部へ相手の戦力を集中させ、海岸から揚陸隊を上陸させ、集中攻撃、というのが私の策だ」

「成程」


 装甲の上からジャケットを羽織り、持って来た武器ケースから大小様々な銃を取り出しては服や体に装着する。五十代の男性は幾らか安堵の表情に変わっていた。


「ではトレバー=マホメット=イマーム、君へ以上の事を任せたい。そしてカンザスへ防衛に当たっている兵士達への指揮を任せたい。任せてくれるか?」

「了解、期待に応える」


 気弱な男性の頼みをトレバーは必ず果たすと心に決めた。





















 現代において戦闘の鍵を握るのはトランセンド・マンだ。


 単体でも歩兵をなぎ倒し、車両を破壊する。既存の兵器とは桁違いの威力だ。また、移動速度と動体視力が並外れたトランセンド・マンに銃弾や砲弾が命中する可能性はほぼ無いだろう。


 まばらに植物が生えた乾燥地帯を最前線で駆け抜けるのはトレバー。その後ろを歩兵や軍事車両が続く。


 トレバーが遥か前方に管理軍勢力を発見。走行ペースを急激に上げる。


 数キロメートルの距離をたった十数秒で突破し、背中に折り畳んだサブマシン型の銃を二つ展開し両手に。


 エネリオンの銃弾が発射――敵の歩兵の胸に大穴が穿たれ、歩兵達は絶命する。敵車両が不可視の銃弾に対抗する術も無く、次々と炎上する。


 たった一人で大隊や連隊すらも滅ぼす戦力は仲間達からすれば頼もしいだろう。


 残った兵士や兵器がトレバーへと銃口を向ける。


 しかし、弾は発射されなかった。遠方から反乱軍の軍勢が追い打ち。次々と爆発が起こり、管理軍勢力はあっという間に押しやられる。


 機動力を併せ持つ故の奇襲により、この場での戦局は反乱軍が優勢を獲得した。


 トランセンド・マンは強力だが、同時に貴重である。百万人に一人という割合で生まれる彼らは必然的に数が限られるのだ。また、トランセンド・マンに対抗出来る効果的な手段はほぼトランセンド・マンしか無い。


 トランセンド・マンは強力過ぎて敵戦力を大きく削るは良いが、相手のトランセンド・マンも抑制しなければ自分側の損害も大きい。だからトランセンド・マン同士で互いの抑止の為の戦闘を行うのだ。


 トレバーが直感的に地面を蹴り、跳躍。


 空中に留まったアラブ人目掛けて何かが勢い良く飛んでくる。咄嗟に右足の脛当てで振り払った。


 反動で後退し、着地したトレバー。彼の目の前五メートル先には両手に長剣を持った人物。現代においてレトロな武器を扱うなど、トランセンド・マンである事はまる分かりだ。


『トレバーさん、俺達はどうします?』

「先に行ってろ。すぐ片付ける」

『分かりました。カップラーメンでも作って待ってますよ』


 誰か味方からの通信。冗談にも応じず無言で切り、目の前の相手に集中する事にした。





















 オペレータールームの中央に立つポールが黙って部下達の報告を受けていた。


「司令。反乱軍のダラス市拠点へロサンゼルス市からの援軍が到着し、交戦開始したとの事です」

「規模は?」

「大隊一つ分です。内、トランセンド・マンが一人居るものと思われます」


 何かを考えるように黙ったポール。部下が話し掛け、会話を再開する。


「司令? これからロサンゼルスへ攻撃を掛けないのですか?」

「ああ、そろそろか。相手が与力を残している可能性もあるが、その為に必要以上に用意しただろう。そうだ、ジュノーからテキサスへ向かわせる手配はどうした?」

「あ、はい、今アラスカからトランセンド・マン三体を直接テキサスへ向かわせる許可が出たそうです」

「だとしたら良くてあと四時間半か」

「いえ、「キャリアー」の使用許可が出ておりますので三時間以内で到着します」

「それは有り難い。ルートは?」


 言われずともオペレーターが既にモニターに北アメリカ大陸全体の地図を出している。その直線上をゆっくりと移動する光点。


「ジュノー市から直線でテキサス北部まで。しかしこのルートではカルフォルニア地方の反乱軍に察知されると思いますが……」

「それが狙いだ。我々の元々の狙いは西部アメリカ。中央部に用は無い。この次だって用意してある」

「敵戦力に注意を向かわせる陽動なのは分かっています。ですが、テキサス勢力は現在拮抗中です」

「目的を考えろ。何のためにわざわざ山脈に仕切られて攻めにくい地方を制圧するのか、分かっている筈だ」

「失礼しました」


 上司からの冷たい叱咤に、座ったまま頭も下げずに謝ったオペレーター。何事も無かったかのようにデスクに向き合うと仕事を再開する。


(世の中とはそう上手く行くものではないな……幸い反乱軍は「あれ」の存在を知らない。お陰でこちらが負けずに済む)


 考え事をしながらポールはテキサスで行われている戦闘へ意識を向け、オペレーター達へ次々と指示を送りだした。





















 北アメリカ大陸、シアトル地方の上空、太陽が赤くなり始めた頃。


 ジェットエンジンから熱された排気を勢い良く吹かせ、マッハ一・五、つまり秒速五百十メートルという驚異的なスピードで飛ぶのは、三機の三角翼型小型軍用ジェット機。小型といえど、全翼四メートル、全長五メートル。人間から見れば十分に巨大だ。


 本来白い筈の機体は太陽に照らされて赤く照りかえる。ミサイルは無く、機関銃も装備していない。ましてや、カメラやセンサーの付いた偵察ポッドや、電波妨害装置すら無い。


 外形は空気抵抗と衝撃波を極力抑える構造だが、それでも十分な轟音を周囲へ拡散する事は免れない。


 飛んでいるのは。地面から一万メートルもある雲一つ無き空。地上からは遠いが、下に人が居れば轟音に気付くだろう。もっとも、戦争によって過疎化が進んだ地域ではあるが。


 存在を隠そうともせず、三機の航空機は南東へ直進し続ける。まるで存在を知らしめしているようにも思われた。






 夕日が海の彼方へ沈み、ロサンゼルスにもやっと夜が来た頃。


「こりゃ大変だ!」

「おい、どうした?」


 施設内で観測機器を操作していた部下の異変を察知し、ロバートが夕食を頬張りながら尋ねた。


「これを見て下さいよ。ここから北東へ約八百キロメートルに反応が……」


 部下が言葉を止めたのは、ロバートが口の中の食べ物を飲み込もうとし、手で一旦止めろ、と指図したからである。一気に飲み込むと、大声で言った。


「はあ?!」

「お、落ち着いて下さい……」


 なだめる部下の声も動揺を抑えられていない。そもそも、感知した距離が本来観測可能な距離から倍以上も離れていたのだ。


「謎の物体は南東へマッハ一・五で移動中です。そしてこれを見て下さい」


 モニターが示す数値の一つが格別に大きな値を取っていた。


「なんじゃこりゃあ?!」

「エネリオンですよ。これだけ値が大きいのですからレーダー有効距離外からでも感知出来たんでしょう。あとこちらも、エネリオンレーダー以外のレーダーは全く反応を示していないんです」


 モニターの異常値を示すもの以外はどれも正常だったのだ。またしてもロバートは声を上げた。


「やべえぞこりゃあ! それで、今はどこでどっちの方角だって?」


 自分を落ち着かせたロバートは現状を訊いた。部下も既に頭に入れていたのか、返事は即答だった。


「アイダホを通過中、南東です……って事は……」

「ああ、急げ! 俺らじゃ間に合わん、“アイツら”に任せるしかない!」


 再び焦るロバート。部下達も釣られるように、慌ただしくも染み付いた動作で通信ユニットを手に取り、マイクへ話し掛ける。





















『リョウ、出動して欲しい』

「いきなりかよ、これからメシ食う所だってのに……」


 日の沈んだロサンゼルス市の街道を一人歩きながら、耳に当てた携帯端末から聞いた内容に落胆したリョウ。彼は丁度傍にあった飲食店に顔を覗かせた。


『ここからユタ北部まで、詳しい座標は端末に送る』

「ゲエ……どうやら厄介そうだな」


 穏やかな老年の店主へ「ホットドッグ一つ」と言い、店主は「おおリョウ、コーヒー居るか?」と言い返した。都合悪そうに手でバツを作る。


『送った座標にあると思われるのは管理軍の航空機が三つ、音速の一・五倍で南東へ向かっている。ステルス機らしいけど、エネリオンレーダーにだけは映ったらしい』


「何だって? じゃあそいつがトランセンド・マンだというのか?」


 エネリオンは空間の何処にでも存在する。しかし、それは何も情報を与えられていない虚空だからである。虚空ならばレーダーには反応しない。


 トランセンド・マンはエネリオンを使用する際にその性質を決める。言い換えれば、存在を固める。存在するのならば感知出来る。


 店主が暢気に「軍人は大変だねえ」と呟き、リョウが口パクして「急げ!」と言っていた。


『だと思う、一種の輸送手段だろうね。テキサスへの援軍なのは確実だ。レーダーを改良した甲斐があったよ』

「で、そいつらを潰せって事だろ?」


 すると店主が「また出掛けるのか? 土産何持って来てくれる?」と言ったのに対し、「ユタの砂かサボテンでも口に突っ込んでやるぜクソジジイ」と早口で答えたリョウ。店主は怒らず調理しながら「慌ててるなあ」と穏やかに独り言。


『今レックスが向かっている。観測したエネリオンだと君達で十分に倒せる相手だとは思う。しかし、これは陽動だとも思うんだ。だからこれ以上の戦力投入は難しい、分かってくれ』

「ああ、隙を突いてロスへ戦力投下ってんだろ。二人じゃキツいが、頑張るさ」


 店主が「お待ちどう。ピクルス多めにしといたよ」とホットドッグを渡した。紙幣を投げるように置き、商品を奪い取ったリョウは二回齧って「サンキュー」と言い残し、店を出た。外へ出た所でまた一齧り。


「釣りは要らんのか?」

「くれてやる。俺が死んだら遺品にして葬式のスピーチの題材にしていいぞ」


 店内から聞こえる老人の声を乱暴に返し、地面を一蹴り――街並みの景色が後方へ流れる。


 トランセンド・マンの「耐久力強化」はエネリオンにより身体を構成する物質を外部の干渉から守る、というイメージだ。結果、反作用としての外部からの干渉力も減少する。例えば移動しても空気抵抗を減少させるのだ。


 一般人の目には、ホットドッグを咥えながら走るリョウの姿は映らない。見えたとしても何なのか分かるまい。精々通った後に弱い風が起こる程度だ。

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