7 : Convergence

「“見え”た」


 少年の呟きを最後に、対峙。


(大丈夫、なの?)


 少女の心配を余所に、二人はまだ動かない。


「何がだ?」


 先に口を開いたのはポール。


「“それ”がだ」


 即答。少年の真剣な顔は一切歪まない。


(「覚醒」したのか?!)


 ポールの表情は今まで通り冷酷なままだが、顔や腕が筋張り、拳を握り締めていた。


 次の瞬間、後ろ足を軸にゼロ距離から繰り出される、体重の乗ったパンチ――小柄な身体は後方へ大きく吹き飛ぶ。その様子は大質量のトラックに跳ね飛ばされる人間さながらか。


 砂埃を上げながら背中から不時着。ポールの握り拳が開き、息が漏れる。


「とんだ期待外れだ」


 呟くと、二メートルの距離を置いたロシア系少女をジロリと見詰め、動かない。少女の方は視線に突き刺されたように硬直していた。


「何故俺に向かって来ない?」

「……」


 アンジュリーナは顔が強ばって答えられなかった。


 例え敵であっても、命を奪う事どころか傷付ける行為は彼女の望む事ではない。だから戦闘においては、味方の防御を行う役割しか担えない。


 相手も短い時間でそれを何となく察知していた――ポールが勝利を確信してにやける。


「最初に会ったときもお前はそんな目をしていた。よくもそんな甘ったれた気迫で生き残れたものだな」


 手を下そうとプレートアーマー込みの拳を振り上げるポール。


 だが、彼は突如手を止め、上体を後ろへ反らした――“エネルギー”の光の弾が、体の一寸先を掠める軌道で通り過ぎる。


 何処に居るのか、首を左右し、やがて方向が定まった。


 視線の数十メートル先、ライフルを構えた大柄なアラブ人、トレバー。倍率スコープでこちらの様子を窺いながら、長い銃身の先端を向けていた。


(あの男、まさかもう全員片付けたのか?!)「……現在の残存状態を教えろ」

『こちらの戦力は半減しています。特に前線では被害が壊滅的です。ですが相手の損害は十分の一にも満たないでしょう』


 驚きを半分込め、腕時計型端末へ向けて尋ねる。スピーカーから返ってきた答えに、思わず歯ぎしりした。


「仕方ない……全員先に退却しろ。私は後で行く」

『了解』


 言い終わり、疲れたのか面倒そうにため息をつくポール。


 周囲にちらちら見える敵兵達は皆撤退し始めたらしく、慌ただしく来た方向と逆向きへ走り始めている。


「よくも“奴ら”を全員片付けたものだ。その点は称賛しよう」

「大した戦力ではない、俺の足止めが目的だったのだろう。やはりあの少年が目的か」


 抑揚のない賞賛の言葉。トレバーは銃を複数の部品に分解しながら歩み寄り、素性を見通して冷たく言葉を返す。


 ポールが左方向を見た。砂埃だらけで所々に擦り傷も認められる、痛々しい姿の少年はまだ動かず、地面に背を着けている。


「おっと、行かせないよ」


 引き離されていたアジア系青年、ハンが戻るなりポールと少年の間を塞いだ。「フン」と向こうが鼻を鳴らす。


 気が付けば、大柄な茶髪の男性の背後にはアンジュリーナ、そして右側にチャック。


 四方にそれぞれ五メートルの間隔。完全に囲まれてしまった。


「これくらいしか出番が無いとはな。まるでモブじゃあるまいし……」


 アラブ系男性以外の全員が白けた目で、愚痴をこぼした赤毛の医者を一斉に見た。


「どうする? お前は勝てん、そうだろう」


 トレバーの一言が再び場に圧迫した空気をもたらす。チャックが不可視の圧力から解放されため息をついたが、誰も気にする者は居なかった。


「確かに、味方は撤退し、お前達全員が相手では歯が立たないだろう。それにお前達は色々俺に尋問するのだろう」


 意外にも問い掛けに対してあっさり容認したポール。しかし、彼はまだ何か言いたげに顔を歪ませぬまま、続ける。


「だが、お前達など目的の範疇ではない」


 揺らぎ――四人の視界に映る敵の姿が“輝き”を帯び、次の瞬間にはその姿が消えていた。


 ハンには自分の横を通り過ぎる相手を目には捉えたが、阻止には追い付けない。ほぼ同時に反応したトレバーも追跡を試すが、あまりのスピードに振り切られる。


(お願い!)


 アンジュリーナの掌が慌てて止めようとぼやける姿を向き、チャックは銃のストックを肩に当て、ほぼ見えない何かを狙おうとした。


 ドゴッ!――伏した少年の後頭部に、大きな拳がめり込んだ。


 突き下ろした拳を引き、目にも止まらぬ速さで逃げ去ったポール。誰も彼を追わなかった。否、追えなかった。


 少女の手が気力を失い、垂れ下がる。ショックで立ち尽くしたまま息を呑んだ。


「どうして……こんな酷い事を……」


 彼女にとって最も忌避すべき事態が、目の前で起こってしまった。食い止められなかった後悔がアンジュリーナを押し潰し、灰色の瞳孔は開き切っている。


 ハンとトレバーが少年の安否を探るべく、すぐさま駆け寄っていた。チャックは疲労で銃を手から滑り落とし、背で息をしながらその場に座り込んでいる。


「……頭蓋骨にヒビが入っている。脳へのダメージも大きいだろう」

「誰か、担架を呼んでくれ!」


 触れてもおらずに、中東男性の見透かしたような発言。アジア青年が耳のヘッドフォンマイク型通信機に向け、荒々しく命じた。


 少女は今にも泣きそうになりながら目を涙で滲ませ、少年の元に来ると膝を地に着き、ペタンと座り込んだ。覗き込むと、長い髪が静かな少年の顔に掛かる。


「お願い、生きていて……」


 涙がポロポロと少年に降る。


 無慈悲にも少年は目を閉じたまま、動かない。





















 数十分後、ポールは撤退勢力と合流し、爆破された研究施設に戻った。


 破片が散らばり、煤で黒ずんだ建物――周囲では、自動化技術が進み、太く自由度の高い関節を持つロボットアームが特徴的な、無人土木建設作業機械を至る所に見掛けた。既に金属火花やバーナーの炎が目にチラチラ映る。


 建物から少し離れた場所にある、非常事態用仮設指揮テントまで来ると、赤毛の小柄な中年男性がコップを持ちながら、パイプ椅子に座って待ち構えていた。


「撤退したそうだな」

「中佐、敵戦力は予想以上でした。あれ以上の交戦は難しかったでしょう」

「まあ我々も『反乱軍』を見くびっていたって事だ。そう立ってないで座れ」


 淡白な報告に対し、中佐は興味なさげに言う。同時に手で自分の正面にある椅子を勧め、ポールはそれに従う事にした。


 抱えるコップ中の水を三分の一飲み干し、中佐は話を再開する。


「……それで『アンダーソン』はどうしたんだ?」

「致命傷に至るダメージは与えましたが、覚醒段階と思われる兆候にありましたので、確実に仕留めたかどうかは分かりません。しかし、どちらにせよ“向こう”は徹底的に調べるでしょうし……」


 先程水を飲んだにも関わらず、中佐の喉仏がゴクリと動いた。


「生きていれば研究成功、死んでいれば失敗、という訳か……ならば次だ。奴らの行き先の見当は付くだろう。近くの『反乱軍』の各拠点都市を中心的に調べろ」

「了解。分かれば“確保”、あるいは“証拠隠滅”、という事ですね」

「そういう事だ。少数による隠密作戦になるだろうがな。指揮は引き続き任せたぞ。それでだ……」


 会話はまだ続く。表情一つ変えぬ二人は、無意識に上半身を椅子から前に傾けていた。





















「確認終わったらしいぜ」

「よし、では引き上げる準備をしよう」


 眠い目を擦るリョウの退屈そうな呟きに対して、ハンが大勢の兵士達に向かって指示を与えた。


 疲れた空気の中、闇夜を照らすライトを頼りに、テントの天幕や骨組みを折り畳む者、補給品を車両にしまう者、それぞれで行動を始める。


「レックス、来てくれて助かったよ」

「いえいえ、仕事っすから」

「いやいや、君のお陰で敵が撤退を早めたのは確かだし」

「いやいやいやいや、リョウと二人掛かりでしたし」


 ハンの褒めにラテン系の青年、レックスが頭に片手をやりながら、もう片手を振って謙遜する。どちらも爽やかな笑みを浮かべていた。


「そういえばアンジュちゃんは?」

「終わってからは亡くなった皆を弔っていたよ。今は例の少年の所に居る筈だ」


 日系アメリカ人があくびをしながら訊き、中国人は背後の赤い十字架マーク付きのテントを指差して言った。


「アンジュちゃんったら律儀だな。敵の目的はそいつだったんだっけ?」

「らしいね。あの少年は脳に衝撃を受けていて、普通なら死んでもおかしくはない状態だ。だけど、もし彼が『トランセンド・マン』ならば、また目を覚ます筈だ」

「ほう……そん時に詳しい事を訊こうってか」


 興味ありげな質問にハンは頷き、兵士達に混じって片付けを始める。


「後は任せたぜ。もう超過労働は御免だ、日本人みたいになりたくない」

「あっおい! ったく、誰だって疲れてるんだよ……」


 脱力感と嫌気にまみれた顔をしながら何処かへ去るリョウを見ながら、レックスは肩をすくめるものの、仕方なくハンや兵士達に加わるのだった。





















 医療テント、怪我人の治療がまだ続いている最中。


「言っておくが、私は医者であって死者を蘇生する神官ではないのだぞ」

「今詳しい分析が出来るのは貴方しか居ない」


 チャックが覚めた顔で冗談を交えるが、対するトレバーは、微塵の冗談も含まぬ無表情で応じた。


「分析かね、分かった。しかし、こんな気味の悪いのをよく持って来たな。最近の若者ってのはどんどん過激になるのか? 百年後くらいには内臓を外に出すのが流行になるんだろうか」


 医師である彼が、吐き気を催すように口に手を当てたのは当然だろう。何故なら、このアラブ男性は先程、ドロドロした血やパクリと開いた傷の付いた死体を、平然と抱えてテントに入ってきたのだから。


 しかも頭と胴体は離れ離れになっている特典付き。躊躇わず触れるトレバーの様子を見るなり、チャックは皮肉交じりのジョークを言いながら、心の中で苦虫を噛み潰していた。


 軍医であるチャックは、平気とまでは言えないが死体には慣れてはいる。しかし、こうも酷い状態の人間を見れば誰だって気持ち悪くなるだろう。


「『トランセンド・マン』にしてはスペックが“標準”よりも劣っていたが、実戦には十分使えるレベルだった。俺はこいつらに足止めを食らった。一人一人の実力は大した事はないが、これと同じ奴があと十五体も居た。死体は全部“焼失”した」


 長い話にチャックは平手を出して中断させる。茶色い顎髭を撫でながら呻り、ようやく口を開いた。


「要するにこいつを調べてくれって事だろうが……いや待ってくれ、“焼失”だって?」

「死んでから死体が突然発火して止める間もなく全部燃えた。恐らく体内の有機物を燃料に変えたのだろう。だが、この死体だけは脳と身体が繋がっていない。脳からの命令によって発火が起こったと思われる」

「成程……」

「他の同じ奴らを“視た”が、奴らは“同じ”だった。身体的特徴に多少の違いはあれど、精神的な個体の区別が付かなかった」

「よく分かるもんだな……」


 体から切り離された頭から目を逸らしたチャックは吐き気を我慢し、平坦な告げ口に感心しながら思索する。その顔には若々しい興奮も混じっていた。


「こりゃあお手柄かもしれんぞ。あの『管理軍』の施設は特に『トランセンド・マン』に関する研究を行っていると噂に聞いた。その一部の可能性が高いだろう」

「あの少年もか」

「だろうな。戦争じゃなければもっと良い事に使えたろうに……」


 ベッドに横たわる少年を目線で示したアラブ人。そして医者は嘆く。


 話題となった青髪の小柄な少年――幾らか白い肌に血色が増し、顔色が良くなった気もするが、呼吸による胸の動きは無かった。


 そして、次に二人の目に入ってきたのは、座って彼をじっと見詰める灰髪ロングの少女だ。


「しかし、アンジュも看護熱心だな。ナース服を着せてやったらまさしく天使だ。将来は良い奥さんになるぞ」


 ジョークを無視し、百八十度振り向いてテントから出るトレバー。それを見届け、チャックはまたもため息をつくのだった。


「つれないな。老人の冗談くらい笑ってくれよ……」


 寂しげな気分転換として、医者はしばらく少年と隣に寄り添う少女の姿を眺めていた。


「アンジュ、もうじき皆の治療が終わる。私は先に色々整理してるとするよ」

「あっ、はい。私はもう少し看てます」

「程々にな。クリミアの天使よ」


 少女がクスッと息を漏らした。一方のチャックはやつれた顔で、周りにある医療器具を手当たり次第掴んではアタッシェケース大の箱へ入れていく。


 周囲で鳴り始める片付け音をBGMに、アンジュリーナは座ったまま、静止した顔をただ見詰める。目の前の人物が再び動く事を誰よりも望んでいた。


「ごめんなさい、私のせいでこんな目に……」


 彼が目覚めた時、一番最初に見るであろう少女の事をどう思うだろうか――罪悪感に追われていた。


 頭蓋骨骨折はチャック医師の「有機物合成」によって新しい骨を生み出し、動いても支障がないまでに治っている。だが、身体は無傷であっても脳の傷は必ずしも治る保証がない。脳細胞は本来増殖機能を持たないからだ。脳の構造を作り変えれば人格が消し飛ぶ、などととんでもない事まで起きるだろう。


(私は、あの時助けるべきだったのかしら……)


 少年の顔は動いていない筈だ。が、彼女には彼の無表情が怒っているように思えた――それが少女を迷わせる。


「でも治って欲しい。私の事をどう思っているかなんて今はいい。貴方が無事なら……」


 俯きながら彼女は思いの丈を語っていく。目の前の人物になど届く筈がないというのに。


 その時だった。左手に違和感を覚えた。重みだ。


 好奇心、そして希望――急いで視界を邪魔する、重力で垂れ下がった自身の長い髪をどける。


 アンジュリーナがベッドの端に置いていた手に、誰かの手が置かれていた。


 腕を辿る。手は他でもない、隣の少年の肩から伸びていた。


 半分だけ開いた深く青い目が、太陽でも見るかの如く、瞼を引きつらせてこちらを覗いていた。


 その目を、少女は黙って見詰めたまま、離さない。

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