第194話 会議は回る

 かつてアルテナが購入した地図では、

天柱山てんちゅうざんを中心に、左下のほうに記されていたオーソバの街。


 オーソバの街は城下町として存在しており、

その街の中心に、高く堂々と建っているのがボルレオ城であった。


 街と城とを仕切る、

石材と金属を組み合わせて作られた分厚く高い壁。

 その壁 四枚に囲まれた中から出たボルレオ城の頂点は、

街や、街の壁の外の景色を見渡すことができた。



 過去に城の屋根の清掃や点検をしたことのある職人は、


「いやぁ あんまりにも高すぎて足が震えるけどよ、

そこから見渡す景色が凄い綺麗きれいでなぁ。

街を見ろしても飽きないし、山とか道とか川とか、

後 あのどこまでも続く高い山も、ずっと見ていられるんだよな。

まぁ、また あそこまで登るのは嫌なんだけどな、ハハハ! 」


 と、酒場で他の者たちに自慢するほどの景色であった。



 そのボルレオ城の会議室、石壁と板張りの床の室内では、

大きい円の机に向かって 何人もの男が座っていた。


 その誰もが 身なりが良く、

その身分の高さは、何も知らない人が一目ひとめ見て、

容易に想像することができたのであった。


 特に、会議室の入りぐちを正面に見ている男と、

彼の右隣りに座る男が、他の者たちと一線をかくしていた。


 明らかに一目ひとめ見て違うとわかるのは、

その二人だけが、首から下は鎧で身を包まれていたからであったが。



「次に、ゴルド王に ご報告いたします。

黒髪の男が目撃されるようになってから、

魔物の活動が活発になっており、

ボルレオ国 各地での被害の報告も続々と上がってきております。」


 会議室の入りぐちを背に円卓に座る、比較的若い臣下しんかの男が、

正面のゴルド王に顔を向け、魔物による各地の被害を報告していた。



 同じく円卓に座るゴルド・ボルレオ王は、

大柄な体格に見合う豪勢な鎧に身を包み、金の髪に金の目を持ち、

いかつい表情が張り付いた整った顔つきおり、

その表情を変えずに臣下の報告を聞いていた。


 ゴルド王の右隣の、鮮やかな銅色の髪と目をした若い男も、

王にならった表情をして、報告を聞いていた。



 各地の被害報告を聞いて、


「いったい何者なのだ、その男は!? 」

「髪が黒いなど不吉極まるな!? 」

「もしや 魔族の生き残りか!? 」

「ノースァーマの街のほとんどが地に沈んだのは―― 」


 などなど、円卓に座る他の臣下達が口々に騒ぎ立てるのを、


「静まれ。」

「「「っ!? 」」」


 じろりと見たゴルド王の視線と一言で黙らされていた。


 ゴルド王の身を包む豪勢な鎧の中の肉体は、

その鎧を着る資格のある筋肉をしており、

また彼が、過去に幾人もの暗殺者や反逆者、魔族やを斬り、

今の今まで生き延びてきたことを示す傷痕きずあとをも持っていた。


 それを知っているからこそ、

この場で騒ぎ立てていた臣下達が口を閉ざしたのであった。



「続けろ。」

「は、はいっ! それでですね、

黒髪の男の目撃情報が、ドーマの街 以遠の村から、

ドーマ、ホルマ、ノースァーマへと近づいてきてまして―― 」


 そして続きをうながされ、報告をしている男はチラリと周囲を見回した後、


「そのまま進むと、いずれは ここ ボルレオ城へ来るかと……」


 そう報告し、それを聞いて、周囲の人間のざわめきが、

会議室に沸き起こっていた。


 先ほど、ゴルド王に黙らされたのもあって、

声そのものは小さいが人数が多く、

会議室は ざわめきに包まれていた。



 だが、


「ブランドン。」

「はい。」


 ゴルド王が右隣に座っている男に声を掛けると、

室内にいる者達が一斉に口を閉ざした。


 名を呼ばれたブランドンも鎧を着ており、

ゴルド王の着る鎧に比べて 派手さこそは落ち着いているが、

ピカピカに磨き上げられ、その鎧の美しさを誇示こじしていた。


 ブランドン・ボルレオ。彼はゴルド王の子であった。

ゴルド王 没後は、彼がボルレオ国を継ぐ王子である。



「どう思う? 」

「そうですね……順当に考えれば、

早々に処理してしまうのが良いと思いますが―― 」


 ブランドンは その鮮やか銅色の目で臣下たちの様子を見て、


「黒髪の男については、様子を見たほうが良いでしょう。」


 彼ら臣下達やゴルド王に進言した。


 臣下達はくちこそ開かなかったが、

目を見開かせてブランドンに視線を集め、


「なぜだ? 」


 唯一、ゴルド王だけが質問を重ねた。


「確かに、髪の黒さは不吉である。

魔物の被害も次々起こっている―― と 聞けば、

男と魔物を結び付けて考えてしまうのも仕方ないかと。」

「……」

「だからこそ、どのように動くのが良いか、様子を見るべきです。」


 ブランドンの言葉に、臣下たちは王へ視線を向け、


「髪の黒さを魔物と結び付け、国が脅威と感じて処理をした――

というのが民に広まっては、いらぬ反発を買いそうですし、

我々の髪や目の色などは、どういう理由わけか、

必ずしも『親の髪色や目の色をぐとは限らない』ですからね。

緑色であれば魔族であるが、黒は……」


 答えながらブランドンは、前髪を指先でクルンといじり、

ゴルド王へ視線を投げていた。


 それを受けてゴルド王が、


「うむ……」


 と、言葉を漏らしたのを見聞きして、


 ガタッ!


 黒髪の男について報告をした若い男が動揺からか、

円卓に体をぶつけて音を立て、円卓に座る全員が彼を見た。


「し、しかし、様子を見るとおっしゃられても……せめて―― 」


 視線を集めた男が慌ててくちを開き、


「――せめて、その男を捕らえる? なぜ? 」


 言おうとしていたことをブランドンが引き継ぎ、

そして 男に尋ねていた。



「な、なぜと言われても、その男が目撃されてから、

我が国のあちこちで魔物の被害が……そ、それに!

『天柱山の影』のこともあります! あの不吉な黒き煙が―― 」


 男は言いながらも、湧きあがる不安から声を荒げ、


「それを証明できるか? 黒髪の男が魔物の活発化の原因であると。

天柱山に並び立った あの黒い煙が、黒髪の男に原因があると。」

「うっ……」

「疑わしい、だから捕らえる? だから首でも落とすか?

どちらにしろ、今すぐに選ぶのは早い。そう思うがね。」

「た、確かに……」


 冷静な目で見つめるブランドンに言い負かされていた。



 黒髪の男についてはブランドンの進言通り、

『様子を見る』ということで話が終わった。



 その後 細々こまごまとした議題を消化して会議は終わり、

円卓に座っていた臣下達が退室したのを確認して、


「黒髪の男、斬りますか? 」


 二人きりになったのを確認して、

ブランドンは淡々とした口調でゴルド王に尋ねた。


「必要があればな。何か わかったか? 」

「ハニカ村では、はちの魔物に寄生された男を、

ぶん殴って正気に戻させた と、報告されてますね。」

「ほう……」


 おもしろそうにブランドンは報告し、

ゴルド王も表情は変わらないものの、興味を示していた――

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