9 約束の【チカバの街】

第195話 ようやく見えたチカバの街

 カラパスの村を出て数日、

森の中を抜けたり、野道を歩き続けたり、に襲われたり、

旅の道中は色々あったんだけど、


「ほら、見えてきたよソーマ君。」


 おれが押す荷車の上に乗って座っているジョンが前方を指差して、


「あれがチカバの街さ。」


 四方を石壁に囲まれた街に向かって、そう言った。





 チカバの街は、アルテナが購入した地図では左上に記され、

北には山々が、東にはソーマ達が通ってきた村やノースァーマの街が、

西は遠方に海があり、南へくだるとボルレオ城のあるオーソバの街へ続く。


 だが、オーソバの街へ行くには、

今ではドゥチラナカの街を経由するのが早く、

他の街と比べると、少し古臭くて見劣りするのが正直な所であった。


 ただ、このチカバの街の近辺では農業の研究が進んでおり、

見渡す一面に整備された田畑の美しさが、それを見る人の目を奪っていた。





「わぁ、綺麗きれい……」


 ロスティも その美しさに目を奪われた一人であった。


 カラパスの村で生まれ、カラパスの村で育ち、

子供の頃には村の周囲で遊んだことのある程度で、

別の村や街へや行くこともなかったロスティ。


 そんな彼女にとって、数日の旅路は正直つらかった。


 長距離の移動、制限された食事、排泄に整容、就寝。

いずれの時も初めてが多く、また、危険に気を付けなければいけない。


 初めてに襲われた時、左手にくわを持つソーマにかばわれ、

を撃退した後しばらくは、ソーマの身の陰から離れられなかったほどであった。


 そんな色々ある辛さも、街に近づいたという安堵あんどと、

目の前の風景の綺麗きれいさで救われた気がしたロスティであった。



(それにしても……)


 ロスティは、自分が乗っている荷車を押しているソーマの背中を見た。


 腕、足、腰に鎧を着け、濃い赤紫色ワインレッド上衣上着に、

茶色の頭布フード付き外套ローブで黒髪を隠していた。


 その外套ローブと一緒に上衣の長いすそが はためいていた。


 ロスティは ソーマの着ている上衣が、

元々はキメルス女性用ドレスだということを知らない。


 そして彼が愛用しているくわは、この荷台に載せられていた。


(一番 背が低い その体のどこにこんなちからがあるのかしら? )


 カラパスの村から目の前のチカバの街まで、

適度に交代はしていても ずっと荷車を押し続けていた。


 ロスティも試しに荷車を押してみたが、

すぐに汗だくに なってしまい、以降、荷車を押すことは なかった。



(背は低い、鼻も低い、あごも短くて子供みたいな顔をして、)


 ロスティは同じ荷台に乗っているジョンに視線を向け、

彼がいとおしい表情でソーマを見守っているのを見ていた。


(なんだかんだで、好かれてるのよね……)


 視線をジョンから荷車の近くで歩く、

アルテナ、シアン、ミザリー、バーント、ヴィラック、

そして もう一台の荷車を押しているマルゼダへ移していた。


(街に着いたら、それからどうするのかな? )


 ロスティは再びソーマの背中へ視線を向け、

前を向いてチカバの街を見つめていた。

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