第190話 別れの言葉

 村の中で あんなこと騒動が起きた後だから、

家に帰ってきた みんなの様子も ちょっと おかしかった。


 あんまり変わってなさそうなのは、

ジョンとミザリーさんと、

相変わらずなヴィラックくらいだったけど、

アルテナもシアンさんも どことなくぎこちない感じがしていた。


 だからって、おれに何ができるわけでも ないんだけどね。



 全員そろって夕食の時に、

ミザリーさんの作った料理を、野菜のスープを食べながら、


「あの騒動の後始末とか、後は村の人達に任せて、

そろそろチカバの街に向かおうよ。」


 って話をおれがすると、

反応は さまざまだけど、みんな賛成してくれた。



 いつまでも この村に滞在しているわけにも いかないしね。


 おれとアルテナの旅の目的地が、

『チカバの街』っていうところ なんだから、

急ぎはしなくても、先延ばしもできないよね。


 寄り道のはずが、長く居続けた気がするし……



 それで翌朝――



 おれ達は今、ロスティさんの家に向かっているんだけど、


「この組み合わせは初めてかな? 」


 おれは両隣で歩くアルテナとバーントさんに向かって呟いた。


 二人とも騒動が終わっているのに警戒しているのか、

腰に剣を帯びて、周囲へ目を向けて歩いていた。


「まぁ そうね。」

「そうだな。」


 二人とも そう答えて、以降 黙ってしまった。


 おれも、他に言う事ないしなぁ……


 身の上話なんか、する気もないし聞く気もないしね。


 それで今までやってきたし、もし聞いてくるなら……



 そういや ロスティさん、まだ立ち直れていないのかな?


 立ち直るまで滞在していたい気持ちもあって 心苦しいけど、

というか、そもそも今どういう状態なのか わからないんだよね。


 おれ、あの時の気を失ってたからなぁ……





「はぁ……」


 ロスティは物憂げに溜息を吐きながら、

寝室の寝台ベッドの上で横たわっていた。


 日頃、日中は村の中を歩き回り、

村人の好意で他の家で食事をしたり話し込んだりしているため、

家に長居することは あまりなかった。


(このまま こうしているか、村を出るか……)


 再び溜息を吐き、ロスティは寝返りを打った。


 いつもの信徒としての服装ではなく、

家の中での普段着として着ている短かいすその薄桃色の下衣スカートから、

ちらりと見える太腿ふとももの白さ、足の曲線美は、

それを見た男が生唾なまつばを飲み込むであろうほどの魅力を持っていた。



 ――ロスティ、ソーマ様は受け入れてくれるわよ。

あなたが このかたについていく限りはね。――


 先の騒動で知ったフローマの言葉が脳裏にぎり、

ロスティは、出せない答えに何度も寝返りを打っていた。


 村に居続けること、村を出ること。


 それ そのものが、ロスティにとって悩ましい問題なのだが、


(パルステル教の信徒である私が、

魔族である彼と旅をする……? )


 というのが、更にロスティを悩ませていたのであった。


(彼が魔族じゃなかったら……髪が黒くなかったら……)


 村を出ていくことを望むことができると考えているし、


(でも、彼は魔族で髪が黒い……)


 ということが、それを躊躇ためらわせていた。



(彼が、あの惨劇を引き起こした……)


 教会の 礼拝堂の地下室で、

フローマ達にりつかれたソーマの行動が、

村長達 村の男達を殺した時の光景が、

ロスティをソーマから遠ざけさせていた。


 それがフローマ達の、彼らへの意趣返し 復讐 だとしても。



 最初 ロスティは、ソーマ達が余所者よそものであることが気に入らなかったし、

ソーマの髪が黒いことで、彼らを村から追い出そうとまで考えていた。


 それが教祖村長に説き伏せられ、

また、ソーマの人柄を聞き、実際に出逢い、

ロスティは その考えをいましめた。


 村の中で髪の黒さを知られ、

人々の視線を浴びた時の彼の様子に、

彼の、言葉に表さない悲しげな眼を見て、

ロスティはソーマを迎え入れ、抱擁ほうようさえしてみせた。


(それは、今でも間違いではないと思うんだけれど……)


 悩み考えている内に色々思い出しているロスティは、



 コンコンッ


「ロスティさん いますー? 」

(っ!? )


 入口の方向から聞こえる 扉を叩く音とソーマの声に、

何かにはじかれるように バッと身を起こした。


 ロスティから見て ソーマは、

その髪色のことも含めて 自分のことをわかっていて、

借りている家に居続けていると思っていただけに、


(まさか家に来るなんてっ!? )


 その予想していなかったロスティは、

慌てて寝台ベッドから起き上がると、


「ね、寝てたから寝癖がっ!? 服どうしようっ!?

あー 顔も洗わないとっ!? それとも出ないほうがっ!? 」


 急ぎ、バタバタと身支度を整えて、


「な、なんでしょうっ!? 」


 いつもの信徒服に身を包んだロスティは、

勢い良く 入り口へ駆けつけ 扉を開けた。


 その様子を見たソーマや、未だに落ち込んでいるだろうと

心情を察しているアルテナやバーントも、

ロスティを見て、軽く目をパチクリさせて驚いた様子だったが、


「そろそろ村を出て行こうと思って、その挨拶あいさつに―― 」


 代表してソーマが伝え、


「えっ!? 」


 その要件を聞いて、ロスティは驚いてしまった。


 ロスティの驚きように ソーマはビックリし、

付き添っているアルテナとバーントも顔を見合わせていた。



「そ、それって、もしかして別れの……」


 かすかに震える声でロスティは尋ね、


「はぁ……」


 呆然とロスティを見て答えるソーマの顔を見て、


(旅に連れて行く気が最初から無いっ!? )


 そのことに、ロスティは気づいた。



 ロスティは さきほどまで、ソーマ達の旅に同行するか、

それとも 家に、カラパスの村に残り続けるかを悩み、

ソーマの人柄を考え、魔族であることを考えて――


(――今まで悩んでいたのは何だったのっ!? )


 まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃が走っていた。



「ろ、ロスティさん? 」


 ロスティを心配しながらも、


「そっとしておいたほうが良かったかしら? 」

「さぁ……? 」


 言葉を交わすソーマとアルテナを見て、


「~~、私も一緒に行きます!! 」


 少し悩んだロスティが ソーマ達に同行を宣言したのは、


「ママの言葉に従います 私は!

今まで村の中だけで生きるのも良かったけれど、

村の外にも出てみたかったんです 本当は!

私はパルステル教の信徒ですから、

村の外でも教えを必要としている人がいるはずです!

パルステル教の、私の救いが必要としている人だって!!

えぇ、もう決めました! 決めたんです 私は!!

絶対に一緒に行きますからね! 絶対に!! 」


 ただの その場の勢いだったのか、そうでなかったのか。


「「「……」」」


 顔を赤くして 勢いで言葉をまくしたてるロスティを、

ソーマ達 三人は、呆然と見つめていたのであった。

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