第183話 フローマ、繰り返される悪夢

 青白い無数の腕に、透けた青白い女性たちに抱き包まれ、

ソーマの目から流れる涙や吐息が、黒い粒子魔力に変わっている。


(黒い魔力……本当にソーマさんから出てる……)


 シアンはちからが抜けたように地面にへたり込んで、


(本当に、彼は魔族だったんだ……)


 呆然と その姿を見上げ、動けなくなっていた。





 シアンが、りつかれたソーマの姿を見て呆然としていた頃――



 カラパスの村で狩りを生業なりわいとしているヨートルは、

儀式の日の昼から、


「食べ過ぎて腹が痛ぇ……」


 と周囲へ漏らし、自分の家へと引きこもっていた。



 そして、家の中で夜を迎えると、


「……、……」


 弓矢に剣になたに手斧と、

狩りに出かけるような準備をして、教会の前に立っていた。


(おれは……どうすればいいんだ……)


 教会 入り口の扉の前に立っているヨートルだったが、

その心は定まっていなかった。



 ヨートルの脳裏には今までの、

最近に起きた出来事が次々と思い浮かび、


(あの黒髪は……弱いのに強いな……)


 儀式の日の昼間に、ロスティやアルテナ達に囲まれ、

少し照れ、少し困り顔で食事をしているソーマを思い出していた。


 ヤギの魔物の騒動の時、

危険を恐れずにくわを振るった話を思い出していた。


 くわ一つで魔物に立ち向かい、傷つき、

仲間に抱き上げられているソーマの姿が目に浮かんでいた。


 村の子供であるバルトが ソーマに謝るために採りに行った、

『ちょっと大きな 赤と黄色の花』の姿と匂いを思い出していた。


(おれは……)


 それでも立ち止まっていたままだったが、

複数の足音が聞こえて、その方向に振り向き、


「お前たちは……」


 ヨートルは軽く驚いていた。



 バーント、ジョン、マルゼダ、ミザリー、

ヴィラックの五人が武器をたずさえ、

ヴィラック以外の四人が険しい表情で駆け付けてきたからだ。



「なぜここに? 」


 思わず立ち止まったジョンが尋ね返すが、


「ソーマたちが連れ込まれたんだ。助けに行くんだろ!? 」


 焦りを隠せないバーントが まくし立てた。


「あいつらが? 」


 ヨートルは その事に驚きを見せたが、


「……、……礼拝堂の中だ。急ごう。」


 それで心が決まったヨートルが、彼らを先導した。


 ヨートルの後をすぐに バーントとミザリーが追ったが、

ジョン、マルゼダの二人は、ヨートルに対し疑念を抱いていた。



 一番最後に追って走るヴィラックは、


「……くくっ……」


 夜の暗闇に似合うような笑みを浮かべていた。





 拷問器具の置かれている この石壁の部屋の中は、

恐怖で叫び泣く男達の悲鳴が響き渡っていた。


 壁の各所に置かれた火の棒たいまつは変わらずともり続け、

けれども壁や床、部屋全体が影で黒く塗りつぶされた異空間に、

青白い腕が あちらこちらから生え、男達に手を伸ばしていた。


 入口があったところも、別の部屋への扉も、

全てが女性の腕で通れなくされており、逃げることもできない。


「くそっ! 」

「このっ!! 」


 何人かが剣や槍で青白い腕を攻撃するも、

実体がないのか 攻撃は素通りし、けれども、


「ぎゃっ!? 」

「うわぁっ!? 」

「ぐげっ!? 」


 青白い腕は男達の足を掴み、腕を掴み、首を掴んでいた。


 無数の腕は男達を押さえこみ、

机に寝かせられた男を無数の手で押しつぶし、

拘束台に座らせた男の口に腕を殴り入れ、

刃のない断頭ギロチン台に拘束した男の首を落とし、

はりつけ台に、絞首台に、三角木馬に、火の棒たいまつに、

その腕で、ムチや針や鈍器など、拷問用の道具で、

男達は次々と 命を奪われていった。


「このっ、黒い魔物がっ!! 」


 そんな中で一人の男が青白い腕を避け、

宙に浮くソーマへ、持っていた剣を投げつけた。


 男の持てるちからで投げられた剣は、

放たれた矢のようにソーマへと飛んで行ったが、

宙に現れた複数の青白い腕が盾となって、防がれていた。


「は、放せっ!? 」


 男は剣を投げた直後に 複数の青白い腕に掴まれ、

地面に押さえられていた。


 防がれて地面に落ちた剣が ふわりと浮かび上がり、

ひとりでに剣が浮き上がったように見えたが、

青白い腕が その剣を握っていて、


「つぅっ!? 」


 地面に仰向けに押さえつけられた男の腹を、

青白い腕が剣の切っ先で少し刺した。


 剣の切っ先に、男の血が付き したたり落ちた。


 また 青白い腕が男の腹を、

剣の切っ先で 違う場所を少し刺した。



 再び、腹の違う場所を少し刺し、

それが複数回も繰り返された。



 青白い腕の持つ剣は血で濡れ、

男の腹は傷穴だらけになり、


「がああぁぁぁぁっっっ!? がっ!? 」


 青白い複数の腕が傷穴に指を突っ込んで、傷口を広げた。


 ズブズブ ズブズブと傷口に、

次々と指を 腕を突き入れられて、

内臓を手探られて、男は息絶えた。



 宙に浮くソーマの体に抱き着き まとわりつく女性たちは、

そんな男達へ憎悪を向け、悲鳴を聞き、笑っていた。



「や、やめろっ!? やめろぉーーー!! 」


 イーチは無数の青白い腕で両手両足を広げた状態で拘束され、


「ぎゃああああぁぁぁぁぁ!! 」


 全身をボリボリ ガリガリと、爪で引っ掻き続けられていた。


 服をすり抜けた青白い腕は、イーチの体から血がにじみ出ても、

肉が見えても、骨が見えても掻き続け、

イーチの悲鳴さえも掻きむしっていた。



「フ、フローマっ!! 」


 腰を抜かして尻もちをついていた教祖は、

宙を浮き近づいてくるソーマを見上げて後ずさりをし、


「パルステル教の、いや、村のためだったんだ!

今もそうだが、あの頃から村の女性の数に限りがあって、

男の数の方が多いのは 貴様だって わかっていただろう!? 」


 無意識に両手を突き出して遠ざけようとしながら、


「不必要な姦淫かんいんは すべきではない。だが、

こうでもしないと男達の抑えができるわけがない!

 恋愛して結ばれる男女もいるが、恋愛すらできぬ者がいる!

そんな者達に何もしなければ、この閉鎖した村の中で、

それこそ、恋愛して結ばれた家族を引き剥がす真似をしかねんぞ!? 」


 助かりたい一心いっしんで、教祖は喋り続けた。


 教祖の目の前で宙に浮かぶソーマから、

すぅ と 浮き出てくるように一人の青白く透けた若い女性が現れ、


「それで、ワタシたちが遭わなければいけないの? 」

「うっ!? 」


 ロスティに似た面影の青白く透ける女性―― フローマの言葉に、

教祖は言葉を詰まらせた。


 フローマがちらりと見た視線の先には、

すでに死んでいった村の男達の、その死にざまが あった。



 その時、


「これは なんなんだ……」


 一番に入ってきたヨートルが、地下室の惨状に声を漏らし、


「ソーマ……」

「浮いて……誰なの あの人達……」


 バーントとミザリーが宙に浮いているソーマに目を向け、


「アルテナ、みんな無事か……」

「無事じゃないのは、連れ去った連中だけか? 」


 ジョンがアルテナ達を、マルゼダが周囲の連中に見て言った。



「みんな……」


 アルテナは駆けつけてきたヨートル達を見て喜んだが、


(あれ? なんで私達は無事なの?

復讐の対象じゃないから……? )


 今まで自分たちが、

フローマ達の攻撃の対象ではなかったことに気づいた。



「ヒャハハハ! 『お姫様』すばらしいよぉ!!

このヴィラック、死んでもそばに いられるのかねぇ!! 」


 ヴィラックは興奮のあまりに はしゃいでいた。



「よ、ヨートル……」


 教祖は入ってきたヨートルへ視線を向け、


「……」


 咄嗟とっさにヨートルは視線をそらしてしまった。


「ヨートル、助けてくれ!! 」


 教祖は目の前のフローマから逃げるように、

這いずるようにヨートルへ手をのばしつつ、


「我が子よ! お前はワシの子なのだぞ!!

ここで生まれた お前はっ!! ワシのっ!! 」


 死にたくない思いだけで、教祖は叫び続けた。


「っ!? 」


 ロスティが驚き、ヨートルを見つめ、


「わかっているさ……そんなことは……」


 アルテナ達の視線を集めながらも、

ヨートルは落ち込むように言い返した。


 言い返したヨートルだが、

教祖を助けるために動くことができなかった。


 なぜなら――


「おれが ここに来たのは―― 」



「話は そこまでよ。」

「ひぃっ!? 」


 ヨートルの言動をさえぎり、ヨートルの前へ、

教祖の前に回り込んだフローマの言葉と ともに、

複数の青白い腕が 怯える教祖の体を掴み、宙に浮かせた。


「ずっと、ずっと、こうシてヤりたいと思ってたの。」


 更にフローマが両手で教祖の顔を挟んで固定し、


「な、何をするっ!? ぎっ!? や、た、助けてくれっ!? 」


 複数の青白い腕が それぞれ 体を掴んで ネジり始め、

強いちからで皮膚や肉がブチブチと音を立て、

ちぎれて血をまき散らしながら骨から外れて、


「がっはっ!? 」


 関節が、骨が外れ、それでもネジられ続けて教祖は白目を剥き、

血を吐いて、糸の切れた人形のようになった教祖は動かなくなった。



「ふ、ふふフ―― 」


 フローマの鈴の音のような声が空間に響く。



 今、ここに生きて残っているのは、

連れ込まれたアルテナ、シアン、ロスティと、

新たにやってきたヨートル、バーント、ミザリー、

ジョン、マルゼダ、ヴィラック。



「――フフフ、フハハハハハ!! 」


 そして、りつかれて宙に浮くソーマと、

彼にまとわりつく 青白く透けるフローマ達であった。

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