第184話 望まれぬ子

 カラパスの村の、パルステル教の繁栄を祝う儀式の日。


 その日の夜、色々な動物の仮面をつけた村の男達によって、

礼拝堂の地下室へ連れ込まれたソーマ達と、

助けるために駆けつけたヨートルとバーント達。



 火の棒たいまつあかりがあっても、

部屋の中は影で黒く塗りつぶされ、

壁や床や天井から、青白い腕が植物のようにえている。


 過去の血と不快な残り香に、

新たに 男達の血と、死して漏れ出た匂いが混じる空間で、


「ふ、ふふフ、フフフ、フハハハハハ!! 」


 あやしく冷たい鈴の音のようなフローマの笑い声が、

黒い異空間の中で響いていた。


 ロスティに似た面影をしている若い女性の幽霊は、

復讐をげ、喜びの声を上げていた。


 石壁の部屋 地下室 の中で りつかれたソーマは宙に浮き、

すでに涙や吐息が黒い魔力に変わることがなくなっていたが、

無数の青白い腕が抱きしめるように彼に巻き付いたまま、

青白く透ける女性たちが、彼を中心に踊るようにまとわりついて、

過去に非道な行いをしていた男達の死を同じように喜んでいた。


 フローマはロスティに似ているだけあって美しく、

また、ソーマに取り巻くよう踊る女性たちも 美しさは劣らず、

ソーマを中心に踊る様は、見る者をきつけるあやしい魅力を持っていた。


 その様は、ヴィラックですらニタニタと笑うのを止め、見入る程であった。



 部屋にいる者達の中で 一部始終を見ていたアルテナは、


「それで、ソーマをどうするつもり? 」


 他の者たちが声を出さない 出せない状況の中、

青白く透ける女性の幽霊たちに、フローマに声を掛けた。


 フローマ達は笑い踊るのを止め、

りついたソーマの体ごとアルテナへと向き、


「この人、いえ、このかたは ソーマ様って言うの?

ワタシに……ワタシ達に よく馴染なじむ男の人。

アァ、いとしい人ね。ずっとりついていたいわ。」


 フローマはソーマの頬に手を添えて、


「でも安心して? このかたを傷つける真似はしないから。」


 フローマが抜け出た時から目を閉じているソーマの頬を、

いとおしそうに撫でながら、フローマはアルテナに目を向けた。


「話ができそうで安心したわ。

それで ふ―― 心残りは まだあるの? 」


 アルテナは一瞬、復讐という言葉を口に仕掛けたが、

フローマ達を刺激しないように尋ねた。


 様々な動物の仮面をつけた村の男達が、

剣や槍を振るっても通用しなかったのを見ていたからだ。


 もし戦闘になってしまったら、

アルテナには 彼女達を相手に戦えるすべがなかった。


(実体のない相手に攻撃できる魔法でもあるのかしらね? )


 そう思ってアルテナは ちらりとシアンに目を向けたが、

シアンは、地面に へたり込んだまま呆然と、

事の推移を見守っているだけのようであった。


 事の推移を見守っているのは、

シアンに限らず、他の者も皆 そうであったが。



「心残り……全員ではないけど、あの男達へ復讐は果たしたし、

奪われた子供たちは、今ここにいるのは二人だけ だけど、

もう 大人と呼べるほどに大きくなっているみたいだし……」


 フローマ達は互いに顔を見合わせ、

ヨートルとロスティを見た後、


「そうなると……ワタシ達の墓を作って欲しいわ。

ワタシ達は、この地下のどこかに埋められてるから……」


 そう告げて、彼女達は悲しげに肩を落としていた。


 彼女達の気持ちに対応しているのか、いつの間にか、

部屋の中を黒く塗りつぶしていた影は元通りになり、

あちこちに生えていた腕も消えていた。


「墓を作るのね。わかった、約束する。」

「本当? 嬉しいわ。」


 アルテナのこころよい返事に フローマは笑みを浮かべ、


「後は、ワタシ達の気が済むまで

このかたでさせてね。」

で……えっ!? 」


 その言葉に、アルテナは動揺していた。


 戦闘にならずに済みそうだと安心していたジョン達も、

シアンもミザリーもロスティも、その発言に驚き戸惑っていた。


「ワタシ達は あの男達に酷い目にわされたわ。

むりやり子供を産まされて、子供たちも奪われて……」


 それを言われて、アルテナ達は何も言えなくなり、


「でも、男性を愛することを辞めてはいないし、

できなくなってもいないし、何より、

このかたを愛することは、ただ、男を愛するのとは違うわ。」


 フローマは そう言い終えて アルテナ達を見た後、

もう他に言うことはない と、ソーマへと顔を向けた。



 そして、


「あぁソーマ様、いとしいいとしいソーマ様。

死の向こう側、深く堕ちる暗闇より、ワタシ達を救うソーマ様。

魔に愛され 魂に愛され、生きて死ぬ者を愛するソーマ様。」


 フローマ達がいとしそうにソーマの体を抱きしめ、


「親子の愛を知り、男女の愛を知り、異種族との愛を知り、

この世界の悪意や敵意を引き受ける役目を負わされた、

死の悲しみやせいの苦しみを知りながらも進み続けるソーマ様。」


 その様子を呆然と見上げ続けるシアンたちの中で、

アルテナだけが ハッと何かに気づいた表情で見上げていた。


「そのソーマ様の悲しみを、そのソーマ様の傷つきを、

愛を知りても愛されず、親になっても親になれず、

地に押し込まれ、血に縛られた、我ら 望まれぬ子たちが、

男に向けるはずの女の愛情で、子に向けるはずの親の愛情で、

神に向けるはずの信徒の信仰で、無に消えるはずの魂で、

今、少しばかりでも傷をいやし、その優しき心をいやしましょう。」


 鈴の音のような綺麗な声でフローマが謳う歌う


 地下室の、拷問道具のある部屋で、

男達の無残な死にまみれた状況の中であっても、

その歌声が地上の、礼拝堂で行なわれる儀式に

参加しているような気分に感じさせ、

アルテナ達をもまた、癒されていくように感じていた。


 フローマ達自身も癒されているのか、

青白く透ける女性たちが、一人、また一人と、

更に透けて消えていくたびに、

宙に浮いていたソーマの体がゆっくりと降りてきて、


 ソーマにまとわりついていた女性の一人が、


「ヨートル……私達の事、忘れないでね。」

「っ!? ……マ、マ……なのか……? 」


 ヨートルに声を掛けて、

消えていく様子をヨートルが呆然と見つめ、




 最後に残ったフローマがロスティに顔を向け、


「ロスティ、ソーマ様は受け入れてくれるわよ。

あなたが このかたについていく限りはね。」

「えっ、もう……行ってしまうの……? 」


 ロスティが驚き フローマを見つめていた。


「体を借りていたけど、

そろそろソーマ様が目を覚ましてしまうからね。」

「ま……ママ……ママぁ……」


 見た目が姉妹と見間違えるほどのフローマに母性を感じ、

フローマの最期を思い、ロスティの涙腺が緩んでいき、


「ロスティ……大きく、美しくなったわね……

あなたが無事な姿を見れて良かったわ……」


 初めて見たロスティの涙に フローマも涙ぐみながら、


「あぁ、これもソーマ様のおかげなのね……」


 ぽつりと そう言いこぼしていた。


 そして、改めてソーマへ抱擁ほうようをしたフローマが、


「……愛に色んな愛があるけれど、

もっと、いっぱい愛されてね。

月も星も受け入れる 優しい夜のようなソーマ様。」


 彼から離れ 天井へ、段々と青白い体が消えかけていく時に、


「待って! ソーマって―― 」


 アルテナが呼び止めようとしたが、


「人に見捨てられたら終わってしまう。か弱い人間よ。

あなただって 誰だって、それは一緒のはずだけれどね。」


 そう言い残してフローマは消え去ってしまった。



 フローマが消え去ったことで、

降りてきたソーマの足が床に触れ、


「ソーマっ……見捨てられたら終わる……か弱い人間……」


 支えを無くして倒れこもうとしたソーマの体を、

アルテナが慌てて抱き留め、ぽつりと反芻はんすうしていた。


 アルテナに抱き留められているソーマは、

まだ スヤスヤと眠っていた。


 流れていた涙は もう止まっており、

母に抱かれて眠る幼子のように笑みを浮かべたままで――

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