第168話 カラパス村の北で

 家へ駆け込んできたバルトの父親からの話を聞き終え、

アルテナ、シアン、バーント、ジョン、マルゼダ、

ヴィラックの六人は戦闘の準備を済ませ、

 また、家に居続けていたロスティと、

寝込んでいるであろうソーマと、

この時ソーマの看病をしていたミザリーとを家に残し、

いなくなったバルトを探すために北の山へと出掛けた。



 今までのアルテナ達であれば、

シアンには居残りをさせているのだが、


火の棒たいまつが要らないのは、魔法の良いところよね。」


 シアンの作り出した 空中に浮かぶ小さな火の玉を見て、

アルテナは素直に賞賛しょうさんをしていた。


 暗くなってきている村の外、

丘陵地きゅうりょうちを目指して北へ歩く彼らにとって、

シアンの扱う火の魔法が便利だったのであった。


 火の棒たいまつは棒と燃料諸々もろもろとが必要だし、

不要になれば火や棒そのものを処理をする必要がある。


 けれど魔法であれば、

シアンの意思一つで発火も消火も可能であった。

燃え移った火は さすがに水などで消すしかないのだが。


 シアンを中心にいなくなった子供バルトを、

単独で狩りに出掛けている村人ヨートルを目で探しながら、

アルテナ達は更に北へと足を進めていた。



 うすぐらくなってきた空に、雲が まだらに風で泳ぎ、

草葉が夜と火の光の影で 色濃く黒く染まっていた。





 おれがミザリーさんと夜の散歩について話をした後、

ミザリーさんを連れてリビングへと向かうと、


「あれ、ロスティさん? 」


 木窓のそばで ぼんやりとしているロスティさんを見つけた。


「あ、もう体の具合は良いのですか? 」

「えぇ……なんとか落ち着きまして……」


 そばまで近づいてきた彼女に、おれはそう答えていた。


 目の前で おれがあんなことになったから、

ロスティさんも心配しているのを

隠そうともしていなかった。



 おれの後ろにいたミザリーさんが、


「みなさんがいないみたいですけど……? 」


 それに気づいて、ロスティさんに尋ねた。


 言われてみれば、確かに誰もいない……

みんな どこに行ったんだ……?



 ロスティさんは ちょっと迷う素振りを見せてから、


「実は―― 」


 あのバルトとか言う男の子が いなくなって、

花を採りに北の山へ向かったらしいことと、

アルテナ達がその子を探しに出かけたことを教えてくれた。


(またかよ……)


 おれは正直、心の中では そう思っていて、

ミザリーさんを見ると、彼女も心配半分、

おれと同じように思っているように見えた。


 謝るために花を採りに行った と聞かされても、


(それで迷惑をかけるのは どうなんだよ……)


 今の おれには どうしても、

好意的に受け止めることができなかった。



「まぁ、アルテナ達が探しに行ってるんなら、

おれ達が下手に動くこともないし……」


 シアンさんやヴィラックまで連れて行ってるんだから、

家に残る者として おれとミザリーさんを置いていったと考えて、

おれはテーブルに向かって 席に着いた。


 ミザリーさんは無言でキッチンへ向かい、

ロスティさんは おれの正面の右の席に座った。


「……、……、……」


 ロスティさんは何か言いたそうにしていたけど、

うまく言葉に出てきそうにない様子だった。


 おれも あの子を探しに行け って言いたいのか、

彼女が何かを言い出さない限り わからないんだけど――



 ―― 触るなっ!!


 ―― さっさと村から出て行け!!



 差しのべた手を払いのけられた時のことは、

まだ忘れていないんだよね……


 さっさと見つけて、アルテナ達 早く帰ってこないかなぁ……





 ソーマがロスティから、村の子供であるバルトが

行方不明になっていることを聞いていた頃――


 村から北に進み、丘陵地きゅうりょうちを越えると山脈に続くのだが、

その山脈へ さしかかる丘の高所では――



 バルトは目当ての花を手にしていたが、

ヨートルと共に とある地点を見つめて恐れを抱いていた。


 狩り慣れたヨートルも その獲物たちが、

容易に手出しできない強敵であることを見知り、

バルトと自身が気づかれないように息を潜め、

以後どうすればよいかを必死に考えをめぐらせていた。


 その とある地点にいる獲物達、

山のふもとには野性のヤギの群れがいるであった。


 そのヤギの群れの中で一際ひときわ大きく、緑の体毛に覆われ、

螺旋らせん状の角が五本も生えた、

群れの主とも呼べそうな巨大なヤギが、群れの中心で立ちつくしていた。


 すでに周囲は暗くなり、夜空に星が散りばめられている。


 夜の闇の中、ヨートルのは火の棒に火をつけることもできたが、

現時点での灯りを用意することの危険性を考慮こうりょしていた。


(ヤギの魔物か……こんな時に……)


 ヨートルは内心 舌打ちをしたい気持ちだったが、

軽率に音を立てることはせず、


(やはり、狩りは諦めて帰ろう。)


 自分とバルトの身の安全を考えて、

村へ戻ることを決意していた。



 バルトは と言うと、


(ま、魔物……)


 火などの明かりもない野外で、白い体毛のヤギの群れと、

群れの主であろう緑色のヤギの魔物を見比べ、


(黒い魔物だ……)


 暗さゆえに緑を黒と見間違えて、

恐れのあまり、一歩後ろへ退がってしまった。


 先日 毛虫の魔物と遭遇した時のことが、

その後の毒で苦しんだ時のことが脳裏に浮かび、

それがバルトの恐怖心をあおり立てたからだった。



 この時、丘から山の麓へと風が流れた。



 距離が離れていたが、バルトの立てた足音と、

丘の高所から山の麓へと流れた風に花の匂いが乗り――


 ヤギの魔物の目が、顔が、二人へと向けられた。


 その目が細まり、かすかな光を反射し、

それが あたかも目が光ったように見えていた。


 また、ヤギの魔物は上唇を上げて 前歯をむき出しにし、

獲物を見つけたとばかりに笑みを浮かべていた。

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