第94話 日が沈みゆき、悪意が迫る
ディールの私室に 二人の男性がいた。
一人は部屋の主であるディール。
そしてもう一人は、ディールが普段ライバル視していたジョンであった。
「それで結局、国衛館の連中はどうだった?」
部屋の扉近くの椅子に座っているジョンは彼に声を掛け、
「それがだな……」
ディールは苦い表情を見せつつ
「その様子だけで、良くないことはわかるよ。」
「斡旋所の方は動きが早いが、兵士共はどうにも……」
国の衛兵士のシェンナがソーマ目当てに屋敷へ来た日、
ディールはお付きの
斡旋所と国衛館へ黒い魔物について報告と対策について聞きに行ったが――
「不要に街の者達へ不安を煽る必要はない。―― だってさ。」
「まだそう言い続けているのか。」
対応した者の口調を真似たディールの言葉を聞き、
ジョンは呆れた様子でため息を吐いた。
「まぁ、彼らは街の復興が主な任務だからね。」
「魔物が出ても冒険者任せか。」
「以前からずっとそうだっただろ? ジョン。」
そう言ってディールは寝台近く、窓際の椅子に座り、
ジョンへと向かい合った。
「斡旋所、依頼を受けた冒険者たちからは? 」
「何もないね。斡旋所も冒険者たちを待ってるみたいだし。」
窓からの光でジョンは目を細め、
「国の兵士も冒険者も、信用できない時はできないな。」
「ディール……」
背中に光を受けているディールの表情はうす暗く、
ジョンにはどんな表情をしているのかが見えなかった。
「そろそろ日が落ちていくな……彼が帰ってくるんだろ? 」
「バーントが迎えに行っているはずだ。」
二人して、窓の外へと目をやっていた。
ジョンは、
*
「――と、いうことがありまして……
まぁ、おれもあの人も無事で良かったです。」
「……ソーマ……」
おれは迎えに来たバーントさんと一緒に
パプル家の屋敷へ向かっていた。
そして昼間に遭った事を伝えると、
「……あまり危険なことに関わるな。」
バーントさんにも そう言われてしまった。
「あー……うん、そうですよね……」
そりゃそう言うよね……
おやっさんにも似たようなこと言われたし。
あんまり、この話はしない方が良いのかな……?
最近、なんだかんだでバーントさんと顔を合わせることが少なくなってたから
つい話してしまったけども……
それにおれは、できることなら心配されるよりも……
太陽がだんだんと沈んでいく街の中、他の人達も皆、
家だったりテントだったりに帰っていく姿を見送りながら歩いている。
バーントさんは何を考えているのか、
前を見つめて黙々と歩いてると思ったら、
「ソーマ。」
「ん? 」
立ち止まって振り向いたバーントさんに合わせておれも立ち止まり、
向かい合う形に――
「……」
ガシッ
「な、何っ!? 」
―― いきなり無言で 両肩を掴まれた。
「つっ!? 」
痛ぇよ!?
「無事だったから良かったものの……」
「わ、わかってるよ……」
強い力で肩を掴まれて、顔をしかめながらも おれはそう答えた。
わかってるんだよ、おれが無茶な事をしたってことも――
バーントさんがおれを心配してくれてるってことも――
「わかってない!! 」
―― !?
わかってないって……
じゃあ、どうしろってんだよ……
おれは――
「おーおー、誰かと思えばバーントじゃねぇか。」
男の声がした方を見ると、
いかにも悪そうな顔をしたタレ目の男と
その取り巻きの男二人が、こちらに近づいてきた。
「お前ら……」
バーントさんが肩から手を放して、そいつらに向き合い、
「はっ、口説いてると思ったら そういう趣味かよ。」
「ぷっ、くくく。」
「ひっひっひっ。」
こいつらはバーントさんを笑っていた。
うわ、こいつら露骨に嫌な奴らだ……
というかバーントさんと知り合い?
同じ冒険者仲間なのか?
「それにしてもお前本当よく生き残ってたよな。」
「……何が言いたい。」
うわ、険悪な雰囲気……
「お前以外は みんな死んだのにな。」
「っ!? 」
―― っ!?
「こいつと組んだ冒険者、みんな死んじまってるんだぜ? 」
タレ目男はニヤニヤとした笑みを浮かべて、おれに話しかけてきた。
おれに対しては馴れ馴れしく話しかけてきてるけど、
どういうつもりなんだ……?
取り巻きの二人は、黙ってニヤニヤとやり取りを眺めているみたいだし。
「今まで何人もコイツと組んだ冒険者が死んだけど、
この前の冒険じゃ、村人まで巻き添えで死んだらしいじゃねぇか。」
『
「それに、この街の被害も凄い大きいのに、
ただの八つ当たりじゃねぇか。
タレ目男の話を聞いてるだけで、おれはなんとなく
コイツが一方的にバーントさんを敵視しているように見えた。
まぁ、この手の奴は言わせるだけ言わせて無視するか、
一度 徹底的に痛い目を見てもらって、二度と関わってこないようにするか、
バーントさんはどうするのかな?
自分は直接 関係ないから―― なんて気持ちで
おれはバーントさんの
「お前が代わりに死ねば良かったんじゃねぇか? 」
「っ!? 」
はぁっ!? それは流石に違うだろっ!?
おれは耳を疑って、バーントさんと男の顔に視線を行き来させ――
「……」
って、なんでバーントさんは黙ったままなんだよ!?
―― 男に言わせたまま、何も言わないバーントさんを見ていた。
「……」
バーントさんは何も言わない。表情も変わってない。
けど、拳を握っていて、
ギュゥと拳を強く握りしめていたのを おれは見た。
そりゃ、そんなこと言われっぱなしじゃ悔しいだろうな……
なら……――
「……はぁ……さっきからわかったような顔して、何言ってるんだよ。」
―― おれが言うしかないよな。
「あぁ? 」
バーントさんに向けられた敵意がおれに向いた。
「さっきから酷い事ばかり言って、何か怨みでもあるのかよ。」
「なっ!? 」
「ソーマっ!? 」
怖ぇ……でも……
「お前が代わりに って、どうしてそんな酷いこと言えるんだよ……」
「こ、こいつっ!? 」
「―― っ! 」
男の手がおれにのびる前に、バーントさんが掴んで止めてくれた。
「死なれて辛いのは、バーントさんだって同じはずだろうっ!?
なのに、なんでバーントさんだけが悪いって言うんだよっ!! 」
「ぐっ!? 」
男とバーントさんがおれの前で掴み合いになり、
「ソーマ、彼は――」
「バーントさんだって、なんで黙ったままで言い返さないんだよっ!! 」
「―― っ!? 」
なぜか男を擁護するバーントさんにも、おれは怒鳴った。
「言えば良いだろ!?
組んだ
お前 何も言わねぇで相手に事情を
わかってないとか言ってんじゃねぇよっ!! 」
「っ!? 」
おれがバーントさんのことをずっと誤解してたみたいに、
たぶん、タレ目男もずっと誤解してきてたんだろう。
取り巻きの二人のことは わからないけど。
「お前らだって、こいつがこういう奴だってわかってんだろ!
何があったかは知らないけど、こいつを諦めるんじゃねぇよっ!! 」
「なっ!? あ、諦めてるだとっ!? 」
勢いで言い切ったおれは大きく
タレ目男もバーントさんも、掴み合った姿勢のまま固まって
おれを見ていた。
おれが言いたいだけ言うと みんな黙ってしまって、
周囲は風が吹く音と遠くから聞こえる音だけが包み込んでいた。
だから、石畳をいくつもの靴が擦る音が聞こえた。
「っ!? 」
「な、なんだお前ら……」
おれ達の周囲を取り囲んで、既に剣を鞘から抜いている男達。
バーントさんはタレ目男から離れて、
「……お前ら……何者だ。」
おれの前に立ったバーントさんは、険しい口調で彼らに声を掛けていた。
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