第53話 考察

 ブラウは新たに用意してもらった部屋の寝台で横になりながら、

頭の中ではいろいろと考えを巡らせていた。


 魔力、魔法、魔物、邪神、尾行者、シアンのことで、

中々寝付けずにいたせいでもあった。


 そして何より、すべてのことでソーマが絡んでいることが、

ブラウに更なる思考と疑問の渦へと引きずり込むのであった。



 ブラウは今一度、改めて物事を考えてみた。



 魔力とは何か?


 邪神がもたらしたものである。と、されている。

人族、動物、植物へ影響を及ぼしているものである。


 なぜ魔力が発生したのか? 明確な答えは出ていない。


 通常の緑の魔力と、あの黒い魔力の違いとは何か?

黒い魔力は魔物を更に強大にし、彼の声を奪った。本当に?



 魔法とは何か?


 人間が魔力を用いて魔物に対抗するための手段である。

魔力は姿形すがたかたちを変え、人へ恩恵をもたらす。


 そうであるべきだ。



 魔物とは何か?


 魔力により変異した動物である。

 通常の動物の母体から生まれ、

通常の動物のように食い、寝て、排泄し、成長していく。

 魔物は気性が荒く、攻撃的で、他の魔物や人族を襲う。


 では、あの大鷲の魔物はなんだ?


 後から聞いた話、彼の背負っていた鞄が卵に似ていた。

だからごと彼を連れ去っていった。それはわかる。


 では、彼との関係はなんだ?


 連れ去られてから再会するまでの間に、

あの魔物と彼の間に何があった?


 魔物は彼を守り、彼は魔物のために泣いた。


 今まで生きてきた中で、一度も見たこともない光景だった。


 彼が優しい男なのはわかる。

 それが魔物にまで影響したのだろうか?

話を聞きたいが、彼が話せる状態でないのが悔やまれる。



 邪神とは何か?


 この世界に魔力を広げ、魔物を発生させた空想の存在 神様 だ。

昔から人間は、あれこれと考え、思い込んで、挙句には妄信してしまう。


 過去に色々な宗教があったらしいが、

邪神が、というより、魔物が駆逐してしまった。

 魔物がウロウロしているこの世界で、

あなたの信じる神様は何をしているのか? と。


 魔物が発生し、人々に襲い掛かっている頃は、

まだ神様に救われると信じられていたが、時が経てば経つほどに


『神は我々を救わない、なぜなら我々の神は死んだから』

『神は死んだ。この世界は終わりだ』

『この世界の神は邪神に滅ぼされた。邪神の世界だ』


 と言うようになった。


 神を語る者たちの都合の良い話だった。

だが、これをどうこう考えるつもりはない。



 そして今を色濃く染めている宗教、団体が黒魔導教団である。

邪神を崇拝し、各地で暴れている者たちもいた。


 あれを魔力と言い出したのも彼ららしいし、魔法を使いだしたのも彼らだ。

悔しいことに、奴らの方が魔力や魔法の研究について詳しいだろう。



 ホルマの街からの尾行者は、恐らく黒魔導教団の人間だろう。

街で彼を見たからだろうと思われるが。


 邪神に似た黒髪を持つ彼に、奴らが興味を示さないはずがない。


 なぜ尾行に留めているのかわからないが、

いずれは実力行使に出てくるかもしれない。


 そんな奴らの祈り方と、彼の祈り方が同じだったのが謎だ。

彼が教団の人間かとも思うが、では、なぜ尾行されているのか? と、なる。

 単に、似た祈り方なのかもしれないが……


 彼に以前、髪色のことや住んでいた土地のことを聞いてみたが、

髪色に関しては容易く答えた代わりに、

土地については明確に答えなかったのを思い出す。


 あの遠くを見るような、思い出に縋るような目や表情を見てしまっては、

それ以上聞くに聞けなかったからだったが……



 もしかして彼は、

過去に土地を追い出された『魔族の生き残り』なのかもしれない。


 馬車の中で彼らに魔族のことを話してから、その可能性を考えた。


 魔物に似た性質を持った人族、魔物を従わせられる人族。

魔族であれば、あの魔物との関係も説明できる。

魔族であれば、あの魔物がではなく彼を連れ去ったのだとも言える。

魔族であれば、髪の色が黒いことにも説明がつく。黒くなった事実を見たからだ。


 彼が本当に魔族であれば―― の話だが。



 ……彼は本当に何者なのだろうか?


 まず目が行くのが髪だ。黒いから当然だ。

 そして背の低さだ。初めて会った時はアルテナ彼女より少し高いくらい……む?

よくよく考えると、あの妙な靴を履いてあの低さだったな。


 そして雰囲気が大人びていたから、親子か兄妹か? と聞いたのだったな。

実年齢を聞くのを忘れていたが、子どもでないことだけは確かだ。


 顔立ちが……アゴは長くないし鼻も……彼には悪いが、子供のような顔だ。

服装一つで女性にも見えてしまう。


 実際、彼がドレスを着た姿を見て驚いた。


 背が低く幼顔で、貴族女性用の衣装  キメルス  を着ていれば、彼を少女に見間違う者もいるだろう。

それに髪は前も後ろも、短く切り整えていないせいで長くなっているのだから。


 それでブリアン家の嫡子に尻を狙われるのだから、

彼も災難としか言いようがない。体調を崩されたことも含めて。



 そんな彼だが、シアンに関しては感謝しかない。


 家に閉じこもってばかりの義理の娘だったが、

彼に会ってこうして旅に出ることができたのだから。

 それに、恋もしていそうだからな。……だからかもしれないが。


 魔物を相手に魔法を使い、実戦まで経験させられた。

形ばかりとはいえ冒険者にも登録させた。

 後は、より多くの人と出会い、人として経験を積み重ねていくだけだ。


 外に連れ出すのが遅すぎたくらいだが……


 彼なら彼女を悪いようにはしないだろう。


 何かあった時には……


 逆に、シアンが彼を守っているかもしれないな。



 ブラウの頭の中では、

ドレス姿のソーマの前にシアンが立って守っている光景が浮かび、

 ふふっ、と笑って、ブラウは眠りについていた。

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