第48話 不調

(へっくしょんっ!? さ、寒いっ……!? )


 声は出ないけど くしゃみが出て、体が身震いしていた。



 あの貴族にオイルマッサージに誘われ、

あまりの気持ち良さに、いつの間にか寝てしまっていたようだ――



(―― って、誰もいないんだけど!? 今何時頃!? )


 まわりを見回しても、この石壁の部屋は自分以外誰もいなくて、

ビックリして おれは跳ね起きた。


(な、なんだこれーー!? )


 そしてそのまま自分の体を見て、更に驚いた。


(ない! あれがない!! ツンツルテンじゃないかっ!? )


 アソコが――


 ―― いや、下の毛がキレイになくなっていた!?


 いやいや、よく見たら下の毛だけじゃない。


 体に染み付いた肌のシミとか、昔についたままの傷跡とか、

すね毛とかウブ毛も、脇の毛もそっくり消えてしまっていた。



 そりゃ、スースーして体も冷えるわ……


 顔に触れると当然、顔のウブ毛やヒゲもない。


 元から薄くて生えてるのかわからないようなヒゲやすね毛だったが、

はっきり消えてなくなってるとわかるほどに、触り良くキレイになっていた。



 生えてなかったんじゃない? って言えそうな この滑り具合……


 オイルを拭き取った状態の裸で、石壁の部屋で寝てたのか……



(あー……なんか、熱出てきた……そりゃなるよね。)


 自分の今の状態を意識した途端に、体がグッタリと不調を訴えてきた。


 のそのそと皮張のベッドから降りて、借り物のドレスを着る。



(せめて何か布とか、かけて行ってくれれば良かったのに……)


 体は冷えるのに、体の内側や顔がとても熱く感じる。


 体に力が入りにくくなってて、壁に手をついてもたれかかりながら、

よたよたと この部屋を出た。



 部屋を出たは良いけど――


 周囲を見回しても――


(ここ、どこだよ……)


 ―― わからない。


 とにかく歩いていれば、そのうち誰かと出会うはず……


 もし声が出ていれば、口を開けたとしても、

おれは声を出しているのか荒く呼吸をしているのか

わからないような状態なんだろう……と思う。


 とても息苦しい……


 通路の、一つめの角に行くまでも時間がかかっていた。


 壁にもたれて転がった方が速いんじゃないか? しないけどさ……


 吐き気はない。腹痛もしていないのがまだ救いだった。

気だるさと息苦しさ。寒いのに熱い、熱いのに寒い感じ……



(どこに、誰がいるのかわからない……)


 けど、角を曲がった先から、男性の声が近づいてきたのがわかった――





「ったく、なんだい今日のジョンは! 酷いじゃないかっ! 」

「酷いのは突然お邪魔した挙句、相手を笑ったディール様では? 」

「何か言ったか、パンジー? 」

「いいえ、何も。」

「しれっと嘘ついてるんじゃないよ!」


 体のあちこちが土に汚れ、またボコボコにされたディールが

文句を言いながらズンズンと通路を先に歩き、

お付きの侍女であるパンジーは、振り向いた彼から目をそらした。


「にしてもアイツ、妙に機嫌が悪かったんだよな。」

「いつものことでは? 」

「まだ言うかっ!? でも、何か変だったんだよ。」

「顔を腫らして、そんなマジメなことを言われても。」

「パンジー!! 」


 侍女といつものやりとりをしていたディールは、

前をあまり見ずに歩いていたものだから――


「うわっ!? なんだぁっ!? 」


 ―― 曲がり角から現れた人影に気づかず、ぶつかってしまった。





「うわっ!? なんだぁっ!? 」

(だ、誰だコイツ? )


 ぶつかって、おれは咄嗟に抱き着いてしまった。

何かにすがらないと倒れてしまいそうだったし。


(でも、これで助かる。)


 抱き着いてしまった相手は男でちょっとガッカリだけど、

選り好みしている場合ではなかった。いや本当に。


 相手の男性が頭を下げ、見下ろした目と見つめ合う。


(助けてくれ……)

「な、なんだね君は!? 」


 いきなり抱き着いてるんだから驚くのも無理はないけど、

コイツ、ただ顔を赤くしていつまでも驚くだけだった。


 声が出ないと意思の疎通もできないなんて……


 口パクしてみるけど、それすら通じてなさそう。苦しい……


「良かったですね、ディール様。」

「何がだパンジー!? 」

(この男じゃダメか……)


 戸惑うだけのディールとか言うのより……


 男の体から離れて、パンジーとかいうメイドの方に――


「あら、そっちの気はありませんので。」

(こっちもそれどころじゃねーよ……)


 ――行こうと思ったら、片腕を前にのばし、手を広げて制止されてしまった。



(こっちは具合が悪いんだって、見てわからないのか……)


 仕方なく諦めて、壁伝いにメイドを避けて先へ行くことにした。



 誰か助けてクれ……あいつでもイいから……





「さっきの黒髪の少女は なんだったんだ? 」


 ブリアン家の敷地を出たディールは、そこで思い返しながら呟いた。


「あの上気した顔に荒い呼吸、ふらついた足元。」

「もしかして具合が悪かったのか? なら手助けしなければ――」

「欲情していたのかもしれません。」

「―― パ、パパ、パンジーっ!? 」


 顔を赤くし慌てた様子でディールはパンジーの顔を見た。


「きっと服の下に色々と仕込まれていたのかも……

そっちの『手助け』をするのも悪くはありませんでしたね? 」

「も、もういいっ! 帰るぞパンジー!! 」


 ニヤァと笑みを浮かべたパンジーから顔を背け、

ディールはスタスタと歩いて去っていった。


「……まぁ今に思えば、

ただ本当に具合が悪かっただけかもしれませんね……」


 少し申し訳なさそうに、彼女はそう呟いてディールの後を追っていった。


 彼女にしてみれば、挙動の不審な者との関りを避けるよう動くのは、

仕える者として当然の行動であったから。


 いくらブリアン家の屋敷の中であっても、初対面の人間であるから、

あの状況で引き剥がしはせずとも警戒するのが正しいのだから。





「くそっ、気が晴れない……」


 ジョンはディールをボコボコにした後、

そのまましばらく剣の素振りを行なって、庭を後にしていた。



(今日、彼をどうこうするというのはヤメにしよう。)


 汗をかいたため、ロウリュへ行こうとしていたジョンは――


「―― とっ!? 」


 ―― 曲がり角から現れたソーマとぶつかり、彼を抱き留め胸へ寄せた。


「もう、按摩は済んだようだね? 」


 胸にうずもれる彼に声をかけるが返事は当然ない。

彼の声が出ないのを知っているから。


 油のあの匂いがジョンの鼻腔をくすぐる。

彼がそっと腰に手をまわし、優しく服を掴んで抱きしめている。



 ジョンはソーマのこの行動に、

ロウリュへ行くかどうかを考え直していたが、


「……どうした? 」


 抱き着くと必死に離れたがる彼が、

今になって抱き着いたまま、いつまでも離れない。離そうとしない。


「君の方から抱きしめてくれるのは嬉しいんだが……? 」


 声を掛けても何も反応がない。


 普段ならこのままでも良いのだが、今は汗もかいているし、

ディールをボコボコにした今なお苛立ちが収まっていない。


「おい、いいかげんにしないか。」


 そしてしびれを切らしたジョンが、ソーマの両肩を掴んで引き剥がした。


「――っ!? 」


 簡単に引き剥がされた彼の顔は赤く、

首をだらりと脱力し、意識をもなくしているのに気付いて、


「だ、誰かっ!? 誰かいないかっ!? 」


 ジョンは異常に気づいて大声を上げたのだった。

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