第46話 オイルマッサージ

「ちっ……貴族様の屋敷に逃げ込むとは……」


 ノースァーマの街並みから、

遠くに見える屋敷をにらみながら男は呟いた。


 この男、ホルマの街でソーマを見かけ以降、

彼らを尾行していた黒魔導教団の男であった。


 ホルマの街を出てから、警戒していたブラウに姿を見られるのを避け、

ソーマが大鷲の魔物に連れ去られても尾行を辞めず、

ついにはブリアン家の屋敷にいることすら突きとめてしまった。


 彼の想いはともかく、他に尾行を行う者がいなかったせいでもあるが。



 しかし、そのおかげで彼もアレを見ていた。


(魔物は黒い魔力に染まり、強力な姿へ変わる。

あの魔物は、邪神様の影響でああなったのだ。)


 男は黒い大鷲と狼が混合した魔物の死体から、

証拠として黒い羽根を一個、抜き取っていた。



(今の居場所は突きとめた。今の役目は終わった……これからは――)


 その羽を眺め、男はこの場を後にした。


 目はギラつき、口角を吊り上げて、その歪み思いは終わることもなく――





(あー、暇だ。やることがない。)


 ブリなんとかの屋敷の空いている部屋を、ブラウさんと相部屋にして、

しばらく滞在することが昼食の時に決まった。


 最初は全員個室という話だったけど、

寝込みを襲われるのは嫌だったから必死に伝えたよ。


 アルテナとシアンさんは別々に部屋を借りたけどね。



 部屋数は結構あるみたい。


 たまに客を呼んでパーティーをして、

そのまま一泊してもらって帰す―― みたいなことがあるから、らしい。


 来客用の空き部屋といっても、毎日手入れされているみたいで埃一つない。

 大きなベッドのシーツも綺麗だし、ベッドサイドに小タンス、

その上にロウソク立てが置いてあった。


 他には大きなコート掛けや、クローゼットもあった。

コート掛けもクローゼットも、ベッドも枕も、おれには大きかった。


 やっぱり、この世界の人らって大人になると、

皆おれ以上に大きくなるんだろうか……


 なんて考えているけど、やはり退屈なのは変わらない。



(さっき食べたお昼ご飯は、とてもおいしかったなー……)


 ふわふわなパンに新鮮なサラダ、肉もスープも、あと魚料理も出てきたし。


 川に魚がいたのは知ってるけど今まで魚料理なんて、

この世界で見てなかったしね。

 まぁ、今までアルテナたちに聞くこともなかったけど。



(にしても、暇だと眠くなるなー)


 ベッドの中央で、大の字に両手両足を広げてもベッドから出ることもない。

圧倒的余裕のデカさだ。


 ベッドの頭側と脚側には転落防止用の飾り板があるけど、

木と金属とで豪華に装飾が施されていた。


 飾り板上部の両端に一つずつ、真ん中あたりに2つ、

棒状の物が施されているけど、そういうデザインなのか?

 持ち運びに便利かもしれないけど。



 ふあぁ…… あくびは出るけど声は出ない。


 男色貴族が医師を呼ぶからって、この部屋で待たされてるからね。



 みんなは街にある冒険者斡旋所の本館に行ってしまった。


(冒険者斡旋所って……ハローワークか。)


 バーントさんも、そのハロワの本館で報告しないといけないらしい。

あの時の他の冒険者のおれを殺そうとした人達も死んじゃったしね……


 ……、……、……はぁ。


 暇なのが悪い。



 ベッドから降りて立ち上がり、裸足で窓の方へ。


 ガラスの窓からは、屋敷の敷地内の庭と木々と、遠くで街が見えた。



 その時、コンコンとドアを叩く音の後に、


「待たせてすまなかったね。」


 ジョンが入ってきた。たった一人で。


 医師を呼んできたんじゃないのか? なんで一人なんだよ?


「あー……使用人に医師を呼びに行ってもらったんだが、

症状の重い者たちを診ていて来れそうにないんだよ。」


(胡散臭い……)


 うまく説明できないけど、不信感が拭いきれない。

男色家だから~~って、それが理由じゃないのはわかる。なんだろう?


「そのお詫びにといってはなんだが、

貴族たちで今有名になっている按摩師あんましを呼びつけたんだ。」


(あんまし? )


「バーントたちが戻ってくるまでの間に、退屈だろう? 」


(……たしかに暇だ。どうする?

……もし襲うつもりなら、こんな話もしてないか。)


 散々向こうから抱き着いてきてるのに、今回に限って 待つわけもないだろう。

そう思い、おれはその誘いに乗ることにした。



 いずれみんなが帰ってくるんだし――



 ジョンに連れられ屋敷の中を歩いて、

ある一室に入ると、部屋の雰囲気は屋敷の中とは思えないぐらいに変わっていた。


 床も壁も石でできていた。ガラス窓はあるけど……


「最新の按摩用に改装したんだ。」


 なるほど、通りで他の部屋よりちょっと狭いんだ。


 部屋の中には、人が横になれるだけの小さな皮張のベッドが二つ

離して置いてあり、四個の大きな壺と……


 皮でできたツナギ服(作業着みたいな)を着た女性たちが待っていた。



「じゃあ、今日は頼んだよ。」

「「はい。」」


 ちょっとおれが周囲を見てぼーっとしている間に、彼は上着を脱ぎ始めていた。


(こ、これはどういうこと? あんま って……)


「ん? ……あぁ、彼女達は腕の良い按摩師だから。

っと、そうじゃないのか。あの壺に入っている油を使うからさ。」


 脱ぎかけた彼の服をつまんで視線で問いかけると、

苦笑した感じでジョンは答えた。


 油であんま? ……マッサージのことか。

なるほどね、理解できた。できたけど……



(コイツと一緒に油マッサージ……)


 どうしても警戒してしまう。しかたないよね?



 そう思っていると、ドアをノックする音が響いた。



「……入れ。」

「失礼します。」

「どうした。」

「パプル家のディール様がお見えになりました。」

「ちっ、またか……」


 入ってきたメイドさんの言葉に、彼は嫌そうな顔を隠さずにいた。


 またしばらく考えていたと思ったら、

脱ぎかけていた服を着直して、


「すまないが、彼だけにしてくれ。金は二人分のまま払うから。」

「「わかりました。」」

「お前は彼の按摩が済んだら、彼女達に報酬を渡してやってくれ。」

「はい。」


 按摩師の女性たちと、メイドさんに言い含めると、


「彼女達の用意した油は、肌を綺麗にしてくれるから――」


 軽く抱きしめてきて、


「―― この後が楽しみだ。」


 耳元でそう囁いて部屋を出て行った。



 正直、ゾワッとした。



 それから油……オイルマッサージをされることになったんだけど……


 これがまた、思った以上に気持ち良いんだ。


 最初、顔のマッサージから入ったんだけど、

女性たちの細くて柔らかい指が、肌が痛くない程度に油を塗りつけて、

 この油が毛穴の奥、まるで皮膚より下の筋肉にまで

染み込んでるんじゃないかと思うくらい、ツルツルヌルヌルしていった。


 眉毛や髪の生え際には触れないようにしていたのは気になったけど。


 それに匂いが花の匂いで、嗅いでてキツくないのが良い。


 油を拭き取った後、肌が気持ち良いくらいにスースーするけど

顔の汚れがキレイに取れたんじゃないだろうか。

 皮張のベッドで横になった時から今もずっと、

目を瞑ってるからわからないけど。


 今、ドレスを脱いで裸になっているわけなんだけども、

なんとか身振り手振りで腰をタオルで隠させてもらうことはできた。


 この世界、バスタオルみたいなフカフカなタオルってないみたい。


 まぁとにかく、ぱっと見て警戒してたけど、

いざ受けてみると凄い気持ち良い。この油も浸りたいくらい好きだ。


 もちろん、按摩師の女性たちの技術が良いわけで……


 あぁ……さっきまで、退屈で眠かったけど……


 ……今は……これで……眠りそ……ぅ……


 ……、……、――

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