第26話 独りの夜

 実際、ブラウさんがどういった目的を持って

魔力の研究をしているのかなんて おれは知らないし、


 シアンさんが本当に なんで何年も引き籠ったのかなんて、

おれにはわからない。


 というか、え? 引きこもってたんだ? って感じだけどね。



 でも数日間とはいえ、

 ブラウさんが屋敷にいる時、買い出しや食事の時以外は

研究に没頭しているのをおれは知っているし、

 シアンさんのあの様子も見ているおれにとって、

あの発言は到底許せるものではなかったわけで……


 おれ、怒りのあまりに人をぶん殴っちゃったなぁ……


 殴られた左の頬もジンジンと痛むし、殴った右手も痛かった。


 慣れてないからさぁ……



 最後に人をぶん殴ったのって、いつだったっけ……



 アルテナと一緒に買い物から帰ってきて、

おれとアルテナは先ほどのことを、二人には内緒にすることにした。


 変に話して心配させる必要もないわけだし。



「ど、どうしたんですか、その頬は!? 」


 これは隠せなくて、シアンさんに思いっきり心配させてしまったけどね。


 まぁなんとか誤魔化したけどさ。



「ところで、君たちは明日には ホルマの街を出るつもりなのかな? 」


 夕食の時、料理を食べながらブラウさんが聞いてきた。


 アルテナも体調が回復したことだし、

初めて4人一緒に食事をとっていた。


 おれの隣にアルテナ、ブラウさんとシアンさんが並び、

おれの対面にシアンさんがいた。



「そのつもりですけど……」


 一応アルテナとアイコンタクトで確認をとりつつ、おれが答えた。


 アルテナは会話より食事を優先させるから、

おれが返事することに。


「ふむ……」

「……」


 それを聞いてブラウさんは何かを考えているみたいだし、


 表情がよく見えるようになったシアンさんは、

少し気分が沈んでいるように見えた。


 おれの目の前で泣いたあの時以降から、

シアンさんは常に髪を後ろでくくるようになった。


 やっぱり不便だったんだろうね、でも前髪を切ることはしてないみたいだ。



「君達の旅に同行しても良いだろうか? 」

「……」


 ブラウさんはアルテナを見つめ、

アルテナは口の中の物を飲み込んでから、


「何が目的なの? 」


 と聞いた。


 おれはブラウさんやシアンさんと親しくなったつもりだけど、

アルテナから見れば、まだ二人を警戒しないといけないのかもしれないのかな?



「そうだね、ちょっと研究のための材料や資料を集めないといけなくなってね。」

「研究って魔力の? 」

「そうだね。この街に流れてくるものだけでは足りなくてね。」

「それだけじゃないんでしょう? 」

「もちろんさ――」


 二人の淡々としたやりとりを聞きながら、シアンさんの様子を見る。


 ブラウさんやおれ達がいなくなるから、

食事の進みもかなり遅くなっていた。



「―― シアンに君達と旅をさせたくてね。」

「――っ!? 」


 ブラウさんの言葉を聞いてブーッ! と、

シアンさんが口に含んでいたものを吹き出した。



 さて問題、彼女の正面にいたのは だぁれ?



 ―― おれだよ(泣)



「きゃぁっ!? ご、ごめんなさいソーマさんっ!? 」

「そ、ソーマっ!? 」

「おっと、これはすまなかった……」


 そっかー、二人も同行するなら、これからの旅は楽しくなりそうだ。


 ――なんてことを、慌ただしく動く三人の様子を見ながら、

おれはそう思っていた。





 月が丸く照らす夜、自室のベッドの上で

シアンは中々寝付けずにいた。


(明日から、二人の旅に私もついていくんだ……)


 ごろんと横へ寝がえりをうちながらも

彼女の頭の中では、いろいろなイメージが浮かび上がっていた。


 主に本で得て脚色された冒険の話と、

ブラウの過去の経験をかいつまんで聞いた話が、

彼女の都合の良いように練られていっている。


 険しい道や平坦な道を歩く時も、突然魔物や族に襲われた時も、

宿を借りたり野宿する時も、何にしてもこれからは彼と一緒なんだ……


 そんなイメージが浮かんで、ハッとシアンは目を見開いた。



「そ、ソーマさんのことばっかり……」


 いつの間にか、彼と二人で旅をしているような空想ばかりが広がっていて、

シアンは顔が赤くなった。


 二人が街から帰ってきた時には うやむやに誤魔化されたが、

食事が終わった後で彼女は、ブラウから街で起きたことを又聞きしていた。


 ブラウは二人の旅についていくことをすでに決めていたようで、

 二人が街に出ている時には別で外出し、野次馬をしていた人達から聞いたそうだ。


「家の外には出辛くても、この街の外のもっと遠いところなら、と思ってね。

勝手に決めて悪かったと思っているが……望むならこのままでも良いんだが……」


 事の経緯を伝えた後にそう言ったブラウに対してシアンは、


「いえ、行きます! 」


 と、はっきりと返事をしていた。



 シアンはベッドの上で、枕を胸に抱いて頬を埋めて座り、

自室に置いてある書物の背表紙のタイトルを次々と目で追っていった。


 魔力の研究を手伝うようになってから、その手の本も並べてあるが、

彼女の部屋に多く並んであるのは、どれも創作物や絵本の類ばかりであった。


 本ばかり読んでいるような女の子が、突然 異なる世界へ行ってしまい、

そこで冒険をして活躍する話のものばかり。


 家に引きこもりっきりになったばかりの頃から、

ブラウに買い与えてもらった本ばかりであった。


「でも、私は違う。もう違う……」


 シアンは目をつむり、笑みを浮かべていた。


(明日から家を、街を出て旅に出るんだから。彼と、みんなと……)


 改めて横に寝転がったものの、再び空想がとめどなく広がり、

シアンは寝付くのにかなりの時間がかかった。


 そんな彼女を優しく見守るかのように夜空では満月が浮かんでいた。


 翌朝 彼女は寝過ごし、

遅めの朝食を一人寂しく食べたのであった。

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