第19話 病

 次の街へと向かうため、草原地帯を歩き続けたおれ達は、


 その街へたどり着いたかと思った矢先に、

街の魔法使いの女性と遭遇した。



 いやー凄いおっぱ、いや、魔法だった。



「ほ、本当にすみませんでした……」

「いや、まぁ謝ってもらったし凄いもの見せてもらったし、別にいいよ。」


 ペコペコと頭を下げる女性に、

おれはちょっと目をそらし気味にそう応えた。


 だって頭下げるたびにぼよんぼよんと揺れるんだもん。


 何がとは言わないけど。


 それにしても杖や魔法や体つきや胸に意識がいってたけど、

なんで髪をそんなに伸ばしてるんだろうね?


 前髪も伸びてて顔がまったく見えないし。


 パッと見 黒に近い紺の髪色だけど、

日の光で蒼く反射してて綺麗な青い色だった。


 服装は長袖長スカートの地味な恰好をしていたのが

ちょっともったいないくらい。



 けど、魔法か……魔法ねぇ……





 アルテナは激怒した。激怒というほどではないけど怒っていた。


 あの厚顔無恥でムチムチな巨乳は生かしてはおけぬ。

と言いたい気持ちであった。

 本当に厚顔無恥かどうかはわからないけれど。


 アルテナには巨乳の気持ちはわからぬ。


 同年代と比べるとちょっと……いや、それほど、

いや、微妙に、いやいや控えめであった。



 アルテナは剣を学んでいるため、胸は小さい方が良い事は、

それはもう重々承知していた。頭で理解し心でも納得しているのである。

 胸の小ささ故に揉め事を避けれたこともあるし、攻撃を避けれたこともある。


 けれど、こうも目の前でぼよんぼよんと揺れ動いているのを見てしまえば、

彼女の気持ちも揺れ動いてしまうのも無理はない。



 しかし、アルテナの本当の怒りの理由は、

彼女の不注意で ソーマが死んでいたかもしれなかったからだった。


 あの火の球は焚き火以上の熱を感じたし、

着弾地点を見れば地面がえぐれてくぼんでいるのも見てわかった。


 あれが彼に当たれば、

その衝撃や火の熱でどうなったことか考えなくてもわかる。


 彼はそれに気づいているのかいないのか、

いとも簡単に彼女を許してしまって、

これもアルテナにとってはおもしろくなかった。


 彼と彼女の問題であるのはアルテナもわかっているが、

彼女の気持ちが、収まりがつかないのである。



 それにソーマの、彼女を見る様子を見ているところから、

妙に胸が熱くなったり正常に考えられなかったりしているのだ。


 じぃっとアルテナがソーマの様子を見ている間に、


「シアン。あなたは勝手に……」

「あ、お、お師匠様!? 」


 同じく街のほうから現れた茶髪の男性に名前を呼ばれた彼女は、

今の状況を知られてバツが悪そうにしていた。


 シアンと呼ばれた彼女と同じく杖を持ち、

白のマントを羽織っているのが目立つが、

身なりは彼女よりも整えられていた。


 それだけではなく、


 近づいてくるまでの立ち振る舞い。

 苦悩さの染み付いた眉間や眼尻、

口端のしわがあることしか老いを感じさせない顔つき。

 穏やかそうな雰囲気の中に隠した鋭さに、

相当な力量を持ち合わせていることをアルテナは感じとった。



「……どうやら、彼女がとんだご迷惑をおかけしたみたいで……」


 お師匠様と呼ばれた男性は周囲を観察し、

状況を理解して そう言葉を――





「―― アルテナっ!? 」


 力が抜け、崩れ落ちそうに倒れかけていた彼女を慌てて抱き留めた。


 何か凄い怒ってるかと思うくらい顔を赤くして、

じっとして動く様子がなかったから気になっていたけど、

 やっぱり体調を崩してたのか……



「いかんっ、すぐ部屋に連れていこう! 」

「し、しっかりっ!? 」


 お師匠さんとシアンと呼ばれた彼女も心配してくれて、

 おれはアルテナを引きずるわけにもいかないし、

背中の荷物でおんぶもできないので、お姫様抱っこで彼女を運ぶことにした。



 脱力している人間って重いんだな……鎧や剣もあるし、

でも、ここでがんばらないとだぞ、おれ!!



 石壁の囲いの中に入り、人々の奇異な視線も無視して、

お師匠さんとやらの家にお邪魔させてもらって、

アルテナをベッドに寝かせた。


 サンバイザーもどきや肩鎧、剣の鞘と帯を外すと、

お師匠さんがすぐに彼女を診察しだした。


「お師匠様は医学にも通じているんですよ。」


 ベッドから軽く離れた位置で不安そうにしていたおれに、

彼女が安心させるように そう言った。


 少しでもおれを安心させようとしているのがわかった。



 けど……アルテナ……どうしたんだよ……



 熱に浮かされているかのように顔を赤くして寝ているアルテナの様子を、

診察の様子を、おれはただ見ていることしかできなかった……



「彼女の様子から察するに『魔力病』かもしれませんな。」

「魔力病? 」


 診察を終えたお師匠さんの口から出た、

今まで聞いたことのない病名に思わず首を傾げてしまう。


「ただの熱や過労など……だけではなさそうなのでね。

 まぁしばらく安静にして、様子を診てから判断し直すしかないがね……

……君たちはどうやら旅の途中のようだが……」


 とりあえず、命に別状はなさそうってことなのかな?


「……彼女がおれの依頼主なんで、治るまでここにいますよ。

それに急ぐわけでもないですし……」


 アルテナが体調を崩して旅が続けられないなら、

おれだってそうだし。



「親子か兄妹かと思ったが、そういう関係だったか……」


 お師匠さんは何を勘繰っているのかと思ったけど、

傍からみたら、そう見えるかもしれない。


 けどおれとアルテナの関係は、

チカバの街で一度終わる契約関係だしね。



「けど、宿はどうしようかな……」


 アルテナを静養させるためにも宿を借りないといけないけど、

おれが原因で宿を借りれないことが多々あったんだよなぁ……


 借りれるにしても文字の読み書きもおれはできないし……面倒な……


「ふむ、お困りのようですな。」

「……ええ、まぁ……」

「ここで出会ったことですし、このまま家を使って良いですよ。」

「えっ? い、いいんですか? 」


 どうするかばかり考えてて話半分だったけど、

耳に飛び込んできた言葉に思わずお師匠さんの顔を見た。


 おれにとっては願ってもないことだったから。



「病に伏している彼女とお困りのあなたを、

このブラウ・マディソンが放っておくわけにもいかないのでね。」


 軽く自らの胸を叩いてお師匠さん――ブラウさんは快くそう言ってくれた。


 そうしてくれて、おれはなんだか救われたような気がした。


 アルテナが倒れた時、おれは彼女なしでどうすればいいのかと思った。


 いずれチカバの街で別れた後おれはどう生きれば良いのかを、

 もしも彼女がおれの前から居なくなってしまった時のことなんて、

わかっている振りをして先延ばしにして考えないようにしていたんだ。


 先延ばしにしていても、必ず問題が直面することを考えもせずに……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る