2 巨乳の魔法使いと出会って

第18話 魔法

 アルテナに先導される形で、おれは野道を歩いていた。


 道と言っても朝も早いこの時間、

おそらく人が通ったであろう道を―― だけども。


 というのも、街を出てしばらくは

人の行き来のあったところを歩いていたけど、

 昨日の雨で土に残されていた足跡が消えて、

代わりに雑草が点々と生えていた。


 人の行き来で踏み慣らされ 車輪に轢かれて、

草も生えないような地面だと思ってたけど、

 雑草って、すぐに くるぶしあたりにまで生えてくるんだったかなぁ……?



 そして何気なく歩きすぎていて、

いつの間にか道から外れたのか、草原地帯を歩いていたんだよね。



 草原地帯は、まるで緑色の海と言えるような情景だった。


 芝生のような短い植物の海底に、

ひまわりのような背の高い植物があちこちに群生して、

赤青黄色とヒトデのような花が風に撫でられ揺れていた。


 景色は良いんだけど虫が出てきたら嫌だなぁ、って そう思いながらも、

花の香りがまた柔らかく漂ってきて、それが心地良く匂っていた。


 芳香剤とかって、甘さがキツかったりするしね。



 それより、あの街にどう戻れば良いか

わからなくなってるんだよね……


 まぁ先導しているアルテナが迷いなく歩いてるみたいだし、

別にあの街に戻らなくても良いんだけどね。


 もしかしたら、また賊や魔物とかに遭遇してしまうんだろうか……

なんてことも考えてしまうけど、特に遭遇することなく過ごしていた。


 ずんずんと歩くアルテナの様子は……後ろからじゃわからないか……





 あの街から歩き続け、歩き続けてようやく、アルテナは理解した。


(道に迷った……)


 ―― と。


 彼女のおぼろげな記憶が役に立ったのは、

山を越えたあの街まででしかなく、

 ここから先には一切の役にも立ちそうになかった。


 元来た道に戻ることも叶わない。


(あの街には戻らなくても構わないけどね。)


 しかし現状では、

当面の目的地であるチカバの街へ行くこともできなくなっている。


(せめてあの街で、地図だけでも買っておくべきだったかしら……)


 内心、アルテナは後悔もしていた。



 ―― 山の向こうの街の、更に奥に行った先にある。


 そう聞かされていた彼女は、


(そのうち辿り着くでしょう。)


 高をくくっていたのが裏目に出てしまっていた。



「……どうしたの? 」

「なんでもないわ。」


 立ち止まり、周囲を見回したアルテナに

ソーマが声を掛けてきた。


 アルテナは返事をしつつ、

彼が落ち着いている様子を見て内心ほっとしていた。


 彼の目や態度に昏い影は見えず、

何も言わず聞かずに同行してくれていたからだった。


 正直に迷ったことを告げようかとも思ったアルテナだったが、

それは彼女の自尊心が邪魔をしていたのだけれども。



 背が高く花の香り漂う植物の群生地を抜け、

アルテナは改めて周囲を観察した。


 穏やかな風が、一面に咲いた小さな草花を揺らし、

視線の先の未だ遠くには、建物の影も形も見えそうにはなかった。


 一方では あの山の穴道を越えたところから見えた巨大な山が遠く

まるですべてを見渡すかのようにそびえたっていた。


 なんてこともない風景であるが、

今の彼女には、見ていて不安や焦燥感をも優しく静めてくれる

穏やかな風景であった。


「ちょっとここで休みましょうか。」


 だからこその彼女の提案に、

ソーマは当然のごとく、それに乗った。





 あ~落ち着くわ~


 草原に身を投げ出し、

寝そべりながら体の緊張をほぐすように のびをした。


 本当は荷物のカバンに上半身を預けたかったけど、

いろいろ物が入ってるからね。



 横になってぼんやり空を見上げて、たまにアルテナの様子をチラッと見て、

心地良く風に吹かれながらのんびりしていたら、居眠りしてしまいそうだ。


 アルテナもなんだか落ち着いたみたいだし、

ここは見晴らしが良いみたいだから、しばらく大丈夫そうだな。


 風に吹かれて後ろ髪をなびかせ、穏やかな表情をしているアルテナからは、

魔物や賊を相手に斬った張ったをしているとは思えないくらいなんだよね。


 サンバイザーもどきをしているし、服装からビーチバレーの選手ですか?

って感じだけど。



 にしても、チカバの街ってどこらへんなのかな?


 山のトンネルを越えたところから見えた景色の中になかったのか?

巨大な山の向こうとか?

 そもそもそっちの方向じゃないのかもしれないけど。



「ソーマ。」

「ん? そろそろ行く? 」


 地べたに座っていた彼女に声を掛けられて、おれは上体を起こした。


「それはまだ良いんだけど……」

「このまま横になってたら寝ちゃいそうだよ。」

「……それもそうね。行きましょう。」


 というわけで立ち上がり、旅を再開することになった。



 今度はどちらが先にというのもなく、並んで歩いていた。



「これ、思った以上に使えるわね。」

「そう? 」


 おれが木工の親父さんのところで作ったサンバイザーもどき。

たしかに日差しから視界が守れて便利なんだよね。


 帽子みたいに被るわけじゃなく ハチマキみたいに巻くから、

時々締め直さないといけないのが難点だったけども。



 そうして更にしばらく歩いていると草原地帯を抜けたみたいで、

地平線の向こうの方に街のようなものが見えた。


 実際はどうかわからないけど石壁で囲われてるから、

街だとおれは思った。


 あの二つの村も あの街もそうだったしね。



「どこもかしこも壁に囲われて、そんなに魔物って出るのかな? 」


 思わず口に出てしまった。


「出たんじゃないかしら? 今は冒険者たちがいるから。」


 そんなおれの呟きに、アルテナはそう返した。



 冒険者ねぇ……マルゼダさんみたいな人達かな?

でもあの賊もどき、元々は冒険者なんだっけ?



 なんてことを考えながら街の方を見ていると――



 火の球が―― おれ目掛けて飛んできた!?



「っぶねぇ!? 」


 目で追えて反応できる速さだったから避けることができたけど、

通り過ぎた時の焼けるような熱さは、間違いなく火だった。


 一時期、野球ゲームやってて良かったよ。


 ……これは関係ないか。



「ご、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!! 」


 飛んできた方向から、杖を持った女性が走り寄ってきて、

走り疲れて呼吸が荒くなってうつむき加減になっていた。


 こ、これは……かなり体つきの良いお嬢さんみたいで……


 比較対象がアルテナになってしまったのは彼女に申し訳ないが、

衣服で隠せないほどの御胸をお持ちのようでした。



「そういや、あの火の球は……燃えてるーーっ!? 」


 眼のやり場を確保するため 一旦振り向いてみると、

火の球の着弾地点を中心に、草原に燃え移っていた。


「あぁっ!? ど、どうしましょう!? そ、そうだわっ!

み、水! 水の魔法、水の魔法……――」


 水の魔法っ!?


 おろおろしている女性の口から出た『水の魔法』という言葉に、

おれは驚いて彼女の様子を見ていた。


「雨よ風よ川よ水よ、火を消したるは清らかな水の魔法よ! 」


 おれがそうこうしている間に、

杖を片手に呪文を唱え始める彼女の周囲に、

緑色の粒子のようなものが つむじ風に乗るかのように舞い上がり、


「魔力よ、我に力を与えたまえ! ―― 水の球!! 」


 杖の先端の空間に粒子が集まると、渦巻く水の球体が膨張して形成され、

火の球の着弾地点へと飛んでいった。


 彼女の水の魔法は 火の球のと同じ地点に着弾し、

球体が弾けるときちんと消火された痕だけが残っていた。



 魔法って本当にあるんだ!? ってか、魔法使いがいたんだ!?


 おれが実在することに驚きと興奮と 感動を感じている傍ら、


「……」


 なんかアルテナが凄く彼女を睨んでるんですけど、

いったい どうしたんだろう……?

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