チェンバロは寺からの評判もいいんで権兵衛親方につくってもらおうか。
さて、西方寺の道哲さんの協力をえて仏様の教えを音楽に乗せて子どもたちみんなで、お歌を歌うというのはなかなか良いことだと思う。
あとチェンバロって名前だと俺はともかく今の日本では明らかに浮くので”撥弦鍵盤”という名前で呼ぶことにした。
で、ある日道哲さんが揚屋でのお歌に加わってその後説法をしてくれた後で俺に言ってきたんだ。
「三河屋さんのやることは非常に面白いですな。
我が寺の中でも同じようなことをしたいのですが、撥弦鍵盤を貸していただくことは出来ませんか?
5のつく日だけでもかまいませぬので」
「ええ、それは全然構いませんよ。
道哲さんの協力がなかったら上手く行かなかったでしょうしね」
「うむ、これも仏様のお導きというものでしょう」
日本堤は日光街道の途中でもあり意外と人通りは多い。
そして浅草の中でも吉原遊郭はその認定から外れたが、本来の浅草は寺院街かつ非人街でもあって、道哲さんはそういった穢多や非人の子どもたちにも仏の教えを広めているようなんだ。
本当にいい人だよな。
もともと浄土宗は真言宗や天台宗のような多額の布施をしなければ救われないとか、決まった戒律を守らなければ救われないと言った旧来の仏教の教えでは多くの民衆は救われないことから、それは正しいことではないと考え、南無阿弥陀仏と真摯にとなえることで、誰でも救われるとし貧乏なものや生活のために獣を殺したり皮を細工するものでも救われるとしたものであるから、浄土宗は遊女や飯盛り女を供養することも熱心に行ってくれる。
だから俺の父さんや桃香の母親の墓を作ることを拒絶しないで普通に作ってくれた道哲さんにはとても感謝しているのだ。
その道哲さんがチェンバロを使って仏の教えを子どもたちが楽しく覚えられるようにしたいというならもちろん協力するぜ。
ただ毎回毎回大八車に乗せて吉原から寺まで運ぶのはとても大変だしどうせなら同じものを作りたいものだよな。
ただ三味線や琴を作ってる楽器職人にたのんでもつくらせるのは難しいかもしれないな、なにせ大きさがだいぶ違うし。
「じゃあ、こういうときの権兵衛親方だな」
というわけで俺は権兵衛親方と楽器職人に協力してチェンバロを見よう見まねでつくってもらうことにするのだった。
「というわけでこれと同じものを二人で協力して作ってほしい」
権兵衛親方が頷く。
「ふむ、俺は外側の箱や足を作ればいいんだな」
楽器職人も頷いた。
「私の方はその中にはられている弦やそれを弾く鍵盤をつくって張ればよいのですな」
俺は二人の言葉に頷いた。
「ああ、お願いできるかな?」
「おう、任せておけ」
「了解しました。やってみましょう」
こうしてチェンバロを見様見真似で作ってもらうことになった。
まあ、現物があればなんとかなるだろう。
一方、西方寺の仏のお歌会に結構人が集まるようになったことを聞きつけた浅草寺も俺にチェンバロを貸してほしいと言ってきたのだ。
「ぜひとも当寺にても撥弦鍵盤の演奏ともに歌にて仏の教えを広めさせてほしいのだが」
「ええ、かまいません、協力させていただきますよ」
江戸時代の浅草寺は天台宗で浅草寺は檀家を持たない祈祷寺だから人を集める方法としてなにか目新しい方法を求めていたのかもしれない。
俺は浅草寺にも月に3回チェンバロを貸し出すことにして、西方寺における子供向けの楽しそうなお歌ではなく、鐘や笙、琵琶などと合わせた荘厳な宗教賛歌のような曲と歌を一緒に提供した。
「うむ、協力に感謝する」
そして浅草寺での仏教讃歌も参拝客にはかなり好評なようだ。
音楽というのは心に響くものだからな。
そしてチェンバロのコピー楽器も出来た。
本来のような装飾はまだ施されてないけど寺に置くものには必要ない気もする。
「どうだ、同じように作ってみたぞ」
「どれどれ?」
試しに鍵盤を叩いてみたがちゃんと音も出るし問題なさそうだ。
「ああ、ちゃんと出来ているな。二人とも報酬を受け取ってくれ。
で、もっと同じものを作ってほしいんだが」
「おう、わかったぞ。
鈴蘭ちゃんや茉莉花ちゃんのためにもがんばらんとな」
「ええ、良いですよ、儲ける良い機会です」
俺は彼等に報酬を手渡し、出来上がったものを西方寺と浅草寺にそれぞれ寄進した。
道哲さんは笑顔で受け取ってくれた。
「うむ、わざわざつくって寄進してくださるとはありがたいことですな。
これで子どもたちももっと喜んでくれるでしょう」
「そうなれば俺としても嬉しいですよ」
一方の浅草寺も結構喜んでくれた。
「うむ、これにて御仏の教えはいっそう広まるであろう」
「ええ、これからも宜しくお願いします」
浅草寺は一番最初に遊女の参拝のきっかけを作っれくれた寺でもあるし、浅草で最も影響力の強い寺でもあるし、仲良くしておいて損はないよな。
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