三河屋女中・木曽屋の妙の一日

 私は材木問屋木曽屋の娘の妙と申します。


 現在は吉原の大見世の三河屋さんにて女中仕事をしております。


 女中といっても行っているのは三河屋の楼主である戒斗さんの書類仕事の手伝い、戒斗さんが持っている他の店への書類を持っていったりして連絡をすることです。


 私の実家はそれなりに大きな材木問屋です。


 江戸の材木問屋は神君権現様が江戸に入り江戸城を建設する時に集められた材木商人が主で、私の家もそのような材木問屋の一つです。


 私の家は屋号の通り信濃は木曽の山方(山を持っていて木を切り倒して売る生産地の地主)から材木を産地買付を行い、材木としての平均的な大きさに加工し、川をくだらせた後に船で引いて江戸まで運び、販売を行います。


 明暦の大火前には日本橋材木町にあった店ですが、現在では隅田川河口対岸の永代島の木場に店は移っています。


 その後、木場から建材を施工現場に移動させますが、柱や板などへの加工は大工さんが最終的に行います。


 しかし、明暦の大火のおりに、江戸に家をもっていた私たちは木材の買い付けが遅れて高い状態で買わざるをえなくなり、その後幕府は天領の山より木材を調達するとの噂が流れ、高く買った材木を売ることも出来ずに商いに困っておりました。


 資金の工面もままならず私が吉原に身を売るしか無いと思っておりましたが私の18という歳では年齢がたかすぎて雇えないと断られてしまい困っていた時に私を雇ってくれたのが戒斗さんでした。


 戒斗さんは遊郭の大見世三河屋の楼主であるだけでなく切見世の抱主でもあり、吉原をまとめる惣名主でもあり、美人楼という髪洗いと按摩と湯屋と小間物と絵や本を扱う店や、万国食堂という日の本料理だけでなく唐大陸や南蛮の料理もあつかう食堂、兎などを触りながら茶を飲めるもふもふ茶屋を吉原の中と大門の外に持ち、吉原劇場の歌劇の座長でもあり、最近完成した養育院、養生院、犬猫屋敷、遊女手習い所の管理者でもあるという手広く事業を行っている人です。


 そして私の実家の木曽屋は戒斗さんの指示で次々に建てられる建築の材木を主に扱い、付き合いがあってうちと同じように困っていた材木問屋にも仕事を回すことで家の建て直しもでき、むしろ以前よりも繁盛しています。


 商人は基本明五ツ(午前8時)頃に店を開け暮れ六ツ(午後6時)頃には店を閉めます。


 休日は基本的には盆、暮正月と祭礼の日と5節句と毎月1日15日25が休日でした。


 大体全部合わせると休みは5日に1日くらいですね。


 私は今のところ住み込み女中扱いで決まった俸禄は特にありません。


 置屋の楼主側の部屋に住んでおり食べるものは広間で戒斗さんや働いている遊女の皆さんと同じものを食べています。


 衣服は必要であれば買ってもらえますし、この間新しいものを送ってもらえました。


「んふふ、新しい衣服はいいですね」


 まあ、店の女性は皆もらっているのですけど、それでも嬉しいです。


 しかし、今は決まった休みはないのです。


 雨が降ったりした時は外に使いに出ることはありませんが。


 戒斗さん自身が休んで無いのでなんともいえませんけど正直働きすぎなのではないかと思いますね。


 私自身は衣食と住む場所に困らぬのはありがたいし、必要であれば実家からお金は用意できますから困ることはないのですけどね、遊女になったとすれば休みはもらえなかったはずですし。


 とは言え基本的に私の一日の過ごし方はそんなに大変なわけではないですよ。


 今の私は昼見世を主にしている太夫さんなどと同じ頃の朝四ツの巳の刻(おおよそ朝10時)に起きます。


 起きたらまずは、口をすすぎ、顔を洗い手水を使います。


 昼店の遊女の皆さんの内湯が終わったら私も内湯に入浴します。


 湯殿からお湯をすくってかけ湯をして、たらいに湯をすくうと、液体のシャボンで肌をあらいます。


 体を隅々まで洗ったら湯で流し垢と石鹸を落としたら湯船に入ります。


「ふう、湯殿の湯に入れる内湯と言うのは本当に良いものですね」


 湯から上がったら化粧をして昼食です。


「皆さんおはようございます」


 昼見世の時間は予約のみなので現役の遊女の方は少なく、禿や水揚げ前の見習い新造の女の子が多いです。


「あい、おはようでやんす」


 今日の献立は麦飯、苦瓜の味噌炒め、納豆の味噌汁、刺身こんにゃくの酢味噌あえ、きゅうりの浅漬、アジの開きの焼き物ですね。


「ん、おいしいですね」


 お昼ごはんが終わったら仕事開始です。


 今は養生院で患者が症状を書き込む書類を木版にしてもらうということで菱川師宣さんに木版師を紹介してもらっているところです。


「しかしまあ、ここまで忙しいとは思ってませんでしたね」


 そんなことを思い返していたら戒斗さんから声がかかりました


「おーい、妙、すまねえがこれを美人楼に持っていってくれ」


 戒斗さんは私に書類を手渡しました。


「はい、竜胆さんに渡せばいいですか?」


「ああ、すまないが頼むぜ」


「ではいってきますね」


「おう、気をつけていってきな」


 私は三河屋の置屋から仲通りを歩いて大門を出て門外店へむかいました。


「すみません、戒斗さんの使いの妙ですが竜胆さんはいますか?」


 私が声をかけると奥から美人楼の責任者である竜胆さんが笑顔で出てきました。


「はいはい、いるよ。

 あ、戒斗さんに頼んどいた書類だね。

 持ってきてもらえて助かるよ」


「いえ、お仕事がんばってくださいね」


「ああ、そっちこそ体に気をつけなよ」


「はい」


 そんな世間話をちょっと交わしたりしながら、お使いに出たり、書類の点検などをしているのがいまの私です。


 暮れ六つ(18:00)までは使いに出たり書類と格闘しながら仕事をして、夕食を取り、その後太夫様から芸事をきっちり習います。


「うーん、まだまだだね、そんなんじゃ若旦那のお内儀になんてなれないよ」


「はい、頑張ります」


 内儀さんというのは特に優秀な見習いの禿に芸などをキチンと教えられないといけないのです。


「結構厳しいですよね」


 商家の娘として読み書き算盤は習いましたし三味線なども習ってまいりましたのでそこそこ自信はあったのですが太夫様に比べると私はまだまだだったようです。


 そして夜四ツの亥の刻(午後10時)にもなれば布団を敷いて寝るのです。


「はあ、今日も書類が片付きませんでしたね」


 戒斗さんは落ち着いたら祝言をあげようと行ってくれていますが、落ち着くのはそして私が太夫様に認められるのはいつの日になることでしょう。


 それでも頑張るしかありませんが。

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