剣術小町・佐々木累の悩み

 さて、ある日のことだ。


 以前、旗本奴に嫌がらせをされた時に、たまたま居合わせて用心棒になってくれた美人女剣士の佐々木累が万国食堂にやってきた。


「楼主、少し相談がしたいのだが良いだろうか?」


 さて、一体何のようだろうな、まあ、あまりいい状態じゃなさそうなのは表情からわかるが。


「ああ、いいぜ。

 まあ立ち話も何だ、万国食堂の奥座敷でなんか食いながら話そうじゃないか」


 彼女は俺の言葉に頷いた。


「ふむ、かたじけない」


 俺は万国食堂の奥座敷に佐々木累と一緒に上がった。


 この時代には21世紀現代の蕎麦屋や居酒屋などのような椅子や机は基本ない。


 普通は畳の上にそのまま盆ごと食事や酒が置かれて椀や丼などの容器を持って食べたりする。


 また、この時代一般的には家族が同じ食卓につくという習慣はなく、普通は膳と呼ばれる小さなテーブルに一人分の食事を載せて食べるのが普通だ。


 21世紀現代でも旅館なんかの宴会場だと膳で食べるのがまだ普通だったりするな。


 これは家中でも上下の序列が厳しく定められてるからだな。


 この時代基本的には先に生まれた人間のほうが基本は身分が上とされる。


 なので上座下座の区別とかがきっちりあるわけだ。


 ちなみに江戸時代でも座卓はあり、例えばお経を読むときに経典を載せる経机(きょうづくえ)や読み書きのなどの手習いの勉強に使う文机(ふづくえ)、冬の暖房であるこたつなどはあるが現代のダイニングテーブルのような高くて長いテーブルはない。


 これ等は小さいので通常は納戸などに片付けてあるから、部屋そのものが狭くても案外広々と使えたりしたんだ。


 西洋だとベッド、机、椅子、書棚などやたらと家具が多くて部屋が圧迫されるが、日本の場合は狭いなりに便利に使えるように家具も工夫されているんだな。


 まあ、長崎の洋風料理の店などにはターフル台と呼ばれる座って囲んで食べられるちゃぶ台の元となった座卓やダイニングテーブルに椅子の組み合わせに近い店もあるらしいけどな。


 で、俺の万国食堂も畳に四角いちゃぶ台という組み合わせにしている。


 まあ、武士の場合は膳を用意したりもするけどな。


「おーい、何か適当に持ってきてくれ」


「はーい」


 俺は佐々木塁に向き直って聞いた。


「で、相談ってのはなんだ?」


 彼女は深刻な表情で言った。


「はい、私をまた雇っていただきたいのです?」


 俺は首をひねった。


「雇ってって、お前さん祝言をあげたばかりじゃなかったかい?」


 彼女はコクリと頷いた。


「はい、そうなのですが、私が祝言をあげた後私達の武道諸芸指南所に通うものが少なくなってしまい道場の月謝が殆ど入ってこなくなったのです……」


 ふむと俺は考える。

 そして思いついたことを言ってみた。


「まあ、お前さんの道場に通ってたのはお前さんが目当てだったやつが多かったんだろうな」


 この江戸時代に剣術は大きく発展したが、戦国時代までは戦場での甲冑着用での集団戦が前提の甲冑組手や介者剣術であったものが、この時代では平服の偶発的な個人戦を前提とする剣術へと変わり、死傷者の生じる真剣や木刀での立ち合いは幕府によって禁止されている。


 特に槍や薙刀は幕府によってそういったものの所持を禁止されたことも有って槍、薙刀は武家の藩校での教育には取り入れられていたが、剣術は農民や町人にも開かれたのと違い衰退していった。


 長柄武器だとどうじても実戦技術になってしまうのも有ったので江戸期で意図的に失伝させたのもあるな。


「はい、そうかもしれません。

 それと私の道場は一刀流剣術と関口新心流柔術(せきぐちしんしんりゅうじゅうじゅつ)をあわせてますので剣術、小太刀術、槍術、柔術、居合術など武芸全般全てを教えていましたが、門弟にもう時代遅れだとも言われました」


「まあ、幕府も旗本奴共を壊滅させたみたいだしな」


「やっとお家再興がかない、父より受け継いだ武術を広められると思ったのですが……。

 それはともかく、そういった状況でしてもう一度用心棒として雇っていただけませんか?」


 俺を腕を組んで考えた。


「うーん、最近は嫌がらせをしてくるやつも居なくなったんで店の用心棒は特にいらないんだよな」


 まあ、水戸の若様が関わってる店に嫌がらせを続けられるやつはそう居ないからな。


「そうですか、それは困りましたね」


 ちなみに秘書として雇った元浪人の高坂伊右衛門の妻は夜鷹をしていたらしいので、俺の店で切見世女郎として働いてもらっている。


 まあ、夜鷹よりは大分ましな環境だろう。


「用心棒そのものとしてはあんまり必要じゃ無いんだができればやってもらいたいことはあるんだが」


 彼女は警戒したような声で言った。


「私に体を売れというのか?」


 俺は苦笑していった。


「いやいや、そうじゃねえ。

 俺が持ってる吉原歌劇団の役者の斬り合いの時の演技指導をしてもらえないかとおもうんだよ。

 なんせ俺は剣に関しては全くの素人だからな。

 その点あんたは玄人だ。

 あんたが指導してくれれば多分見栄えも良くなると思うんだ。

 名目としては用心棒でかまわないんだがどうだろうか?」


 彼女は少し考えたようだ。


「つまりそちらの遊女に剣の型を教えればよいということか?」


「まあ、そう考えてもらってもかまわない。

 どうだ?」


 彼女は頷いた。


「分かった、それであればまあ名目もたつ。

 やらせてもらおう」


「まあ、遊女は普段体を動かすことはあまりないからな。

 運動不足の解消にもいいだろう」


「ふむ、そうかもしれないな」


 そんなところに頼んで居た食事が来たので俺と佐々木累は一緒に飯を食った。


 出てきたのは八宝菜と麦飯だな。


 八宝菜の「八」は「8種類」という意味ではなく単なる「多くの」の意味なんだが、儒教における八種の徳、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の八つになぞえられて結構人気がある。


 実際うまいしな。


「うむ、美味いな。

 唐料理というのもなかなか侮れぬのものだ」


「ああ、大陸料理というのもなかなか悪くないだろ」


「そうだな、悪くない」 


 そんなわけで佐々木塁による遊女の芝居劇に対しての剣や薙刀への技術指導が始まった。


「違う違う、持ち方はこうだ!」


「なんだそのへっぴり腰は!」


 佐々木塁の指導は随分と厳しいが、これで運動不足解消にもなるだろうし、劇の迫力もかなり変わるだろう。


 ま、女が体を売らずに済むならそれに越したこともないしな。


 それと俺は佐々木塁の道場でより実践的な稽古を行えるように竹刀と防具の改良を行うことにした。


 この時代すでに袋竹刀と呼ばれる稽古用の竹刀はあるのだが、剣術はあくまでも型の稽古が主で稽古も寸止めで、実践的ではなかったようだが、俺も学生時代に学校で剣道の授業は有ったから、其れを思い出して分厚い布や竹で防具を作ってみたんだな。


 俺は其れを佐々木累に見せてみた。


「打ち込み稽古に竹刀と防具を作ってみたがどうだ?」


 それらを見て彼女は目を輝かせた。


「ふむ、喉元への突きや小手打ちにも対処できる防具か。

 素晴らしいと思うぞ」


「じゃあ、其れを持っていってくれ。

 見れば作り方はわかるだろう」


「うむ、ありがたい。

 この恩はいずれ返そう」


「そうしてくれると助かるぜ」


 その後に伝え聞いた話だと、佐々木累の道場は実践的な打ち込みをしても怪我や痛みがかなり少ないと評判になったようだぜ。

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