この時代のマグロは下魚だがマグロとマヨが合わさると最強に見える

 さて、江戸時代には冷凍保存技術が基本的にはない。

東北や北陸などでは氷室が普通にあって夏にかき氷なども食えたという話もあるが、基本氷室は大金持ちしか持てないものだ。

まあ、うちにはあるけどな、なんせ大名様相手の商売だし。


 で、マグロは江戸時代中期まではシビと呼ばれ、カツオと一緒に取れるが縁起の悪い魚として嫌われていた。

「宍魚」と書いて「シビ」と読むんだが、「宍」という漢字は「獣の肉」を意味し、マグロの赤身が獣の肉に似ていることからよばれたらしい。


 鎌倉時代以降は「シビと呼ぷ声の死日と聞えて不吉なり」と言われ、権力が武士に代わると、シビという言葉が「死日」につながり、戦の際に命を落とすと武士には、験担(げんかつぎ)から敬遠され、一方で、「勝魚」につながるカツオが珍重されるようになった。

またマグロは主に銚子沖で取れていたが、それを江戸までは船で運び、あとは荷車に乗せて、筵で隠し水をかけながら江戸の市中を運んでいた、マグロは大きくそれが水死体である土左衛門(ドザエモン)に見かけがそっくり出会ったのも有ったのも嫌われる原因だ。


 とにかく江戸時代の大都市圏の人間にとっては、マグロは下魚(げざかな)「下級な魚」「不味い魚」で、現在では庶民的な魚の代名詞である鰯(イワシ)、鯵(アジ)、鯖(サバ)、秋刀魚(サンマ)などとおなじく、下等とされ「マグロなんてネコも嫌って食べずに、またいで通る」から、通称「ネコまたぎ」といわれるほど評価の低い魚だ。


 この時代では鯉(こい)や鮒(ふな)、鮎(あゆ)、鱒(ます)のような淡水魚や鯛(たい)、鮃(ヒラメ)、鰆(さわら)、細魚(さより)、鱚(きす)、鮟鱇(あんこう)、鮭(さけ)などの白身魚が高級魚とされた、ちなみに鮭は鱒と同じ種類で白身魚だぜ。

厳密には魚ではないがクジラの肉も高級とされている。

現代では結構高級な河豚(フグ)や鰤(ブリ)、鰻(うなぎ)、泥鰌(どじょう)などはマグロと同じく低級魚扱いだ。


 マグロを売っている多くの魚売りは、客の要望に応じて、マグロをナタでたたき切って売っていて、人気がなく価格も安かったので、たまに大漁で獲れ過ぎたりすると、マグロが大量に売れ残ってしまい、畑に投げ捨てて肥料などにするしかなかった。

鰯(いわし)と同じような扱いだったわけだな。

ただ、低級魚とは言え、マグロは、非常にありふれた食材でもあった。


 マグロの価値がなぜ、そこまで低くなったのか……というと江戸で食べるマグロは味が悪かったからだ。

なんせすぐに腐る、干すと身が固くなる、塩漬けにすると食感がかなり落ちると、いいとこがない。

多くの魚は塩漬けにして日持ちさせ、味を良くすることができるんだが、マグロは塩に漬けてしまうと味が悪くなってしまう「凡そ士以上の人は食べないもの」とされ、「まぐろなどは、はなはだ下品にて、町人も表店住まいの者は食することは恥ずる体なり」とすらいわれ、江戸時代では魚を売って売れ残ったので仕方なく漁師が食べるとか貧乏長屋暮らしの人々や、貧しい漁村の余り物の位置づけの食べ物だったんだな。


「ま、安く買えるならそれに越したことはないけどな」


 そんなことを考えていたら魚屋がマグロを荷車に乗せて売りに来た。


「おはようごぜえます、旦那。

 まだとれてそんなたってねえシビでやす。

 旦那の所でこいつを引き取ってくだせえませんか?」


「うむ、いいだろうそのシビを売ってくれ」


「へえ、助かりますわ」


 魚屋がナタでマグロを解体していくのを見つつ、俺は買い上げたそれを、まずマグロを火が通りやすい大きさに切り、軽く水で洗って血を流した後、若い衆に氷室に運び込ませた。

なるべく、傷みを遅くするには温度の低い場所のほうがいいからな。


「さて、長期保存できるようにするには油で煮て、

 油漬け保存するのが良かろうな」


 そのマグロの切り身に塩を擦りこみ、少し置いておき、水分は和紙に吸わせる。

そのマグロを台所へ持っていって、切り身を大きな鍋に入れ、大豆油に刻んだにんにくをくわえて、ごく低温でじっくり時間をかけ加熱していく。

低温ならお湯で煮てもいいんじゃと思うかもしれないが、旨味を逃さないためにも油を使うのだ。

アクが出たら、それを取り除きながらじっくり加熱し、マグロの中まで火が通ったら、火からおろして、瓶に切り身を移し、油は布でこして同じく瓶に入れる、口は和紙で塞ぎ埃や空気が入らないようにする。

これでマグロの油煮の油漬けができるわけだ。

油で煮てやれば身が柔らかくなり、消化酵素は熱で破壊されるので自己消化も止まる。

さらに油の中では腐敗菌が活動できないので生物的腐敗も止まる。


 早速昼飯に出してみようか。

鮪油漬けのサクを酒とみりんと醤油と砂糖を混ぜたタレにつけ、鍋で軽く両面を焼いて照り焼きにしたものと、油漬けにしたマグロの切り身を箸で丁寧にほぐし、マヨネーズであえたものを出そう。

広間に集まってきた遊女たちに言う。


「おーい、お前ら、今日はマグロだぞ」


「ええー、マグロでやんすかぁ?」


 ああ、そういやマグロは不味いという認識だったか。


「そう言うな、絶対うまいから」


 膳の上に並ぶはマグロの照り焼き、たけのことわかめの味噌汁、納豆、ウドの酢味噌和え、白飯にツナマヨを載せたものだ。


 桃香が目を輝かせる。


「うわ、白飯でやんす、その上に乗ってるのはいったい何でやんすか?」


「おう、マグロを油で煮て、ほぐしてマヨで和えたもんだ。

 本当に美味いから、まず食ってみてくれ」


「マヨってなんでやんすかね?」


「まあ、南蛮のタレだ」


 桃香がツナマヨと白飯を口に運ぶ。


「これがマグロでやんすか?

 すごく柔らかくて美味いでやんすな」


「おう、マグロのマヨはうまいんだぜ」


 続けて照り焼きを口にする桃香。


「あ、甘くて美味しいでやんす。

 ちっとも生臭くないでやんすな」


「な、言ったろ、絶対うまいって」


「あい、さすが戒斗様でありんすな」


 うむ、まあ、流石と言われるほどのものでもないが。

鰯でやればオイルサーディンだが、まあ余ったのでも。なければ、新鮮なうちに焼いて醤油で食べるのが一番だけどな。

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