最終話 世界の全てを敵に回してでも 中上

「ありえねえ! もっとこう……何かあるだろう、勇者様よ!」


 荒れる魔王の叫びを、僕はうずくまりながら聞いていた。

 やっぱり僕なんかよりソフィア さんの方がよかったんだ、格好つけて上手くいった試しがない、僕は駄目だ、これじゃ駄目だ。


「動けよ、てめえ」


 あと二呼吸欲しい。


「なあ、おい」


 一呼吸。

 苛立ちがはっきりとわかる足音が近付いてくる。


「立てって言ってんだろうが!」


「ま、待ってください……」


 演技するまでもないけど、なるべく弱々しく聞こえるように声を出した。


「命乞いなら」


 声は頭のすぐ上、距離は数歩もない。


「今、回復するから」 


「お、おおっ!?」


 草をまとめて刈るように、魔王の足を薙いだ。

 足を切り落としてやったのに、どうして嬉しそうな声なんだろう、と思いながら距離を離した。  

 ソフィアさんに投げられ慣れて、このくらいのダメージならこのくらいで動ける、と何となくわかるようになってしまった自分が何だか悲しい。


「汚ねえな、さすが勇者か!」


「何がさすがなんだかわからない!」


 やっぱり僕なんかよりソフィア さんの方がよかったんだ、格好つけて上手くいった試しがない、僕は駄目だ、これじゃ駄目だ。

 そんな事は今さら過ぎる。


「僕のやる事が上手くいった試しなんてあるもんか!」


「なんだ、その切ない叫び」


 ソフィアさんみたいに待ち受けて、綺麗に切り返すなんて、そもそも僕に出来るはずがなかった。

 空けた距離を使って、全力で魔王に向かって踏み込む。


「来るのか、勇者!」


「行くはずあるか、魔王!来い! 」


 聖剣は斬られてこそいるけど、まだちゃんと召喚に反応してくれた。

 本当に無理させてるな、ごめんな、と胸中で祈る。

 そして、


「うりゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 祈って、投げた。

 全力疾走から全力で投げつけた聖剣は、唸りを上ながら魔王の首めがけて飛んでいく。


「投げんのかよ!」


 魔王は聖剣を殴って撃墜し、僕はその隙に背後に回る。


「汚ねえ……!」


「正々堂々戦って、僕が勝てると思うなよ!」


 そもそも最近、やたらと正面から戦ってた気がする。

 元々、僕は弱いんだ。

 弱いなら、弱いなりの戦い方をするしかないじゃないか。

 背後に回った僕に、魔王は身体を回しての裏拳を放ってくる。

 伸びきった腕を刀で、


「もう一回、来い!」


 無防備な背中に聖剣を叩き込む。


「カカカ、らしくなってきたじゃねえの!」


 刃が魔王の背に食い込み、背骨を断ち斬る。

 しかし、すぐに再生するはずだ。


「ソフィアさんにはなれないんだ……」


 正々堂々、正面から戦ったら僕は魔王に絶対、負ける。

 なら、こういうチャンスは逃すもんか。

 背骨を斬られれば、さすがに動きは止まるらしく、足をかければ魔王はあっさりとうつ伏せに転んだ。

 突き立てた聖剣にしっかりと力を籠めなかまら、深く息を吸い込む。


「落ちろよ、魔王!」


 全力で構成した魔術を、聖剣を通して魔王にぶちこんでやる!

 さすがに身体の中を直接、焼かれれば少しくらいはダメージになるはずだ。


「落ちるかよ!」


 肺が焼かれているせいか、ひどく聞き取りにくい声。

 しかし、力一杯元気一杯で魔王は両腕を地面に叩きつけた。

 魔王の身体を切り裂く手応えが、はっきりと聖剣から伝わってくる。


「正気じゃない……!」


「正気で魔王なんざ、やってられっか! 」


 無理矢理、聖剣を自分の身体に押し込んで、体勢を立て直すなんてイカれてるとしか思えない狂気の沙汰だ。

 狂気の沙汰だけど、


「予想はしてた!」


 魔王といえど、人体の稼働域を超えているわけではないんだ。

 背中に聖剣を刺し、立ち上がった状態では攻撃しようがなく、次の動作は前に進んで聖剣を抜く以外ない。

 刀を納め、魔王の後頭部を掴み、足をひっかける。

 そうすれば地面に顔面から叩きつけられる事になり、それはきっちりと成功した。

 痛みを感じているのかいないのかはわからないけど、やれるだけはぶちこんでやる。


「爆ぜろ!」


 腕の下で、魔王の身体がもがく。

 自分の腕にまで電撃が逆流して、反射的に筋肉が収縮して魔王の頭を離してしまいそう

になるのを必死に押さえ込む。

 自分の手の平が焼けているのか、魔王の身体が焼けているのか。

 辺りにタンパク質が焼ける臭いが漂い、胃液が逆流しそうになる。

 それに気を取られたのか、魔王の手が動くのに気付けなかった。


「っ!」


 見えてはいないのだろう、適当に後ろ手に回した手の平に黒い光が発現した。

 光はみるみるうちに大きさを増し、僕の身体を巻き込もうと引力を発する。

 飛び退くのが遅れ、右足の太ももが抉られ、着地をした瞬間に血が吹き出し、地面を赤く染めた。


「本気で化け物じみてるなあ……」


 聖剣を抜こうと、じたばたともがいていた魔王だったけど、どうやら手が届かないとわかると、腕立て伏せの要領で自分の身を切り裂きながら立ち上がる。


「化け物の王様だからな」


 魔王は胸を貫いていた聖剣を抜くと、そのまま投げ捨てた。

 次の瞬間にはすでに胸の傷が埋まり、だけど地面に叩きつけて出来た顔面の傷は治らない。


「生まれてこの方、ここまで屈辱的な扱いを受けたのは初めてだ」


 鼻血は止まっておらず、やっとダメージらしいダメージを与えられたらしい。


「ここまでキレると、一周回って冷静になるんだな。 よーくわかったぜ」


 その代償は青い炎のように静かに燃え盛り、熱量を秘めた怒りと、足の怪我。

 鼻血と引き換えでこれって、さすがに釣り合い取れてないんじゃ……。

 そんな事を考えながら、僕は構えた。

 これから来るのは、魔王の全力全開だ。

 油断をしていなくても、着いていけるかわからない。


「勇者なんてやるもんじゃないなあ、ほんと……」


 逃げ出したいよ、もう。

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