二十五話 恋焦がれるように 上下
腑抜けた動きが、変わった。
そよ風のように生温かった動きから、疾風の如き踏み込みへと切り替わる。
「やれば出来るじゃないか、リョウジ」
「褒めるより、どうせなら止めてくださいよ!」
「それは無理だ」
まだ未熟さを隠しきれない程度だが、その剣風はかすっただけで私の身体を根こそぎ吹き飛ばすと確信出来るほどだ。
思わず心に愉悦が浮かび、この身も軽く踊る。
リョウジの剛剣は確かに重い。
たが、重いということは次の動き出しまでに時間がかかるという事であり、更に上段から叩きつけてしまえば、次の動きは反動が増し、初手に持ってくるのは少しばかり覚悟がいる。
「まずはルーテシアだ。 止めてみせろよ」
故にリョウジの初手は下段。
振り抜いてしまえば、聖剣を捨ててからの再召喚で、重さに振り回されないのだから便利なものだ。
しかし、その重さゆえに初速が遅い。
私の顎を叩き割らんと地を削りながら、リョウジの剣が跳ね上がる。
だが腰から抜いた鞘で聖剣の腹をかつんと叩いてやれば、上を向いていた刃が僅かに横を向いた。
とん、と横を向いた切っ先に足をかける。
リョウジの顔に焦りが浮かぶが、速度の乗った大剣をいきなり止められるほどの力はない。
止める力はないが、そこに私を飛ばす力はある。
「くっ……!」
ここで聖剣を捨てれば私に斬られ、このまま私を跳ね上げれば無防備なルーテシアの元に私が行く。
まぁさすがにそんな二択を迫った程度で、どうにかなるはずもない。
「うりゃあ!」
力の向きを真上に変えられ、私の身体は天井に勢いよく叩きつけられようときている。
身を回し、天井に足をかけるがどれだけの馬鹿力で叩きつけられたのか、骨身にまでかかる衝撃が抜けず、足に痛みが走る。
だが、その痛みすら心地よく思い、真下に向かって踏み込む。
「楽しいなあ、リョウジ!」
「僕は嫌ですよ!」
そう言いながら勢いよく近付くリョウジの顔には、笑顔が浮かんでいた。
まぁ多分、恐怖にひきつっているだけだろうが。
「つれないなあ」
「そう言われても!」
リョウジは聖剣を手放し、私を避けるために後ろに下がった。
眼球が左右に動き回り、何やら考えているらしい。
着地、同時にリョウジはいつの間にやら拾っていたらしい石を投げ付けてきた。
子供の喧嘩のような遊びではなく、手首の振りだけで最短の動作で最大の威力を得る投げ方だ。
私の短刀投げでも見て覚えたのか、リョウジは目がやたらいい。
三度同じ動きをすれば、大抵の物は見切り始めるのだから得難い才だ。
しかも、ただ小細工に堕すだけではなく、聖剣を呼び出し、私が左右のどちらに避けても横薙ぎにする構えを見せている。
「だが、まだまだ届かん」
顔面と胴に投じられた二石を、左手に持った鞘で打ち返す。
一個はあらぬ方へと飛んでいったが、一個は真っ直ぐリョウジの肩口を打った。
「所詮は小細工」
「……っ!」
余分な動きをするから、付け込まれるのだ。
痛みに動きが止まったリョウジの懐に、あっさりと潜りこむ。
魔術の構成を始めながら、何度目かわからないが聖剣を手放し、リョウジは無手での迎撃を狙う。
振るわれた拳は悪くはないが、よくもない。
あっさりと手首を取られ、いつものように宙に舞った。
「狙い通り……!」
「む」
その瞬間、リョウジの全身が雷鳴轟き、激しい稲光を纏い、全方位に向けて稲妻が走る。
だが、
「小細工など通すものか」
投げ捨てられた聖剣を蹴り上げれば、雷がそちらに向かう。
「ここからです!」
投げられ慣れているリョウジは、僅かな時間を与えると器用に空中で体勢を立て直した。
聖剣を呼び出し、そしてその刀身はまだ雷を帯びている。
「断ち斬れ!」
雷の斬撃とでも言うべきか。
袈裟斬りの軌道で放たれた斬撃は、しっかりと私を捉えようとしている。
リョウジの進歩が、目に見えてわかる動きだ。
「もっとだ……!」
それでもまだ足りない。
まだ私の所まで、リョウジは届かない。
この瞬間しか全力を出したリョウジと戦う機会はないのだ。
普段の気が抜けたリョウジと戦った所で意味はなく、魔王という最大の賭け札を使うしか本気を引き出せない。
「お前の力をもっと見せてみろ!」
雷の斬撃は恐ろしいほど速く、余裕をもって避ける事を許してはくれず袖を掠める。
避けた動きのまま、真円を描くようにチィルダを縦に打ち込むが、リョウジは半身となり当たらず。
「僕なんかより、魔王の方が強いでしょうに!」
避けるだけではなく、即座の反撃が来る。
「お前を斬ったら、魔王を斬りにいくさ!」
「だったら!」
「だが、お前も強い! 私に剣の頂を見せてくれるかもしれない!」
そう、それ以外に望む物はない。
勇者を斬り、魔王を斬ればチィルダの名は千載に残るだろう。
それも望みだが、結局の所は私の我が儘以外の何物でもない。
私のような遣い手で申し訳ないが、それはもう人を見る目が無かったと諦めてもらおう。
「剣の頂なんて、僕にはわかりませんよ!」
そんな情けない事を叫びながら、返してくるリョウジの剣はどんどん鋭さを増す。
勇者の力は『信じる心が力になる』というものだ。
リョウジは他人からの信頼を得れば強くなる、と思っている節があるが、こうして見ればそれが間違いだとわかる。
他人からの信頼が元になっているなら、出力に大した差は生まれないだろうが、リョウジ自身の自らへの信頼次第で力が増減しているとしか思えない。
まぁだからどうした、という話ではあるが。
神に与えられた力でも、リョウジの才だろうと、そこにあり、まだまだ伸びていくのであれば何だろうと構わない。
勇者だろうと魔王だろうと、力自体に善悪があるわけではないのだ。
生物の極とも言うべき存在を二人斬れば、また何か違うものも見えて来よう。
悩みもしたが、私はこのくらいわかりやすいほうがやりやすい。
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