二十二話 rock'n'roll 上

 人類は敗北した。

 全ての軍が跡形もなく消滅し、あとは魔王という強大な存在に蹂躙されるだけだ。

 人類は絶望と諦めに包まれ、このまま黄昏の時を待つだけとなっていた。


「と、いうわけで、今回はお前も着替えるのだ、リョウジ」


「なんでですか」


 ソフィアさんが何かおかしな事を言い始める。

 辺りの情報を得るため、今日の行軍は休みだと決まったから暇なんだろう。

 いや、暇なら隊長らしく何か仕事があると思うんだけど。

 ドワイト男爵みたいに、兵隊さん達を盛り上げるとかさ。

 そんなこんなで僕達は天幕の中にいた。


「ルーテシア、お前も何か言ってやれ」


 やれやれ、と馬鹿を見る目でソフィアさんは頭を振った。

 これは僕が悪いのか。


「え、何を言えばいいんですの」


「これは参った。 お前もか、ルーテシア」


 額をぴしゃり、と叩くとソフィアさんの謎の猫耳が揺れる。

 テンションが上がっているらしく、ぴこぴこと動いていて非常にときめく。

 ……今日は殺気もなくて、こんな時だけど普通に楽しそうだし。


「まず見ろ」


 そう言うと、ソフィアさんは僕を指さした。


「みすぼらし過ぎる」


「え、何か悪いですか?」


 道を歩けば、すぐに溶け込むような普通の布の服だと思うんだけど。

 だけど、それがまたソフィアさんは気にいらないらしい。


「悪いに決まっている。 古来より人は戦場での装いを華美にしてきた。 何故だかわかるか?」


 例えば戦国時代の武将の鎧兜とか、本物の鹿の角が刺さっていたり確かに凄い。

 兜の前立てとか、背中にパラシュートのような母衣を背負ったりとか、本気で戦うなら動きにくくて仕方ないだろう。

 母衣は元は矢避けだったらしいけど、背中に余計な物をつけたら動きにくくて仕方ないと思うし、矢避けになっている気がしない。

 それはともかく、


「えーと、目立つためですよね? 自分の功績をアピールしたり、士気を鼓舞するためとか」


 やれやれ、とソフィアさんは肩をすくめ、猫耳をぺたんと倒した。


「はあ……わかってないな。 次、ルーテシア」


「え、違うんですの?」


「まさかルーテシアもわからないとはな、これは困ったものだ」


 やたら大仰に、舞台にでも立っているかのようにソフィアさんは大きな身振りを交えて話し始める。

 動きの一つ一つがきびきびしていて、見ていて小気味いい。

 言ってる内容は、煽り以外の何物でもないけれど。


「戦う者は美々しくなければいけない。 何故なら倒した相手が最後に見るのは、お前だからだ。 その最後に見る者が貧乏くさく、安っぽい冴えない男だったらどう思う?」


 まぁ気分的には、そんな貧乏くさい男よりは……って、


「ひょっとして貧乏くさくて安っぽい冴えない男って」


「お前だ、リョウジ」


「ひどい!?」


 まさかそこまでひどくはないはずだ!

 そう思って、ルーに視線を送ってみれば、


「今日は暑いですわねえ……」


「ルー!? どうして視線を背けるのさ!?」


 まさか最愛の人に裏切られるだなんて……いや、むしろ、そんな貧乏くさい相手に付き合ってくれてるだけ心が広いんだろう。

 そう思わないと真剣に泣けてくる。


「ところで僕、服なんて持ってないんですけど」


 着たきりすずめではないけど、どれも代わり映えのしない服ばかりだ。

 むしろ、それが普通で旅の最中に色々と着飾るソフィアさんと、何故かいつも執事服のクリスさんがおかしいと思う。


「安心しろ、ヨアヒムの服を借りる」


 ぱちん、とソフィアさんが指を鳴らすと、天幕の外からヨアヒムくんとクリスさんが入ってきた。

 ヨアヒムくんは露骨に嫌そうな、クリスさんはいつもの通り平然とした表情で、かなりの数の服を抱えている。


「姉様、さすがにお戯れが過ぎるのでは?」


 入ってくるなり、ヨアヒムくんは僕に視線を向け、言い放つ。


「こんな男が着飾ったところで、大した代わり映えもしますまい。 そんな相手に僕の服を貸すなど不愉快ですね」


「ははは、まあ我慢しろ」


「あれ、まったく否定してくれないのは、どういうわけなんですか」


「それにお前は負けたのだ。 少しくらいケチケチせずに二、三着貸しておけ」


「負けてません」


 ソフィアさんの言葉に、ヨアヒムくんは即答。


「え、いやだって、最後は僕の方が先に立ったしさ」


「え? まだ続いてたら、弓で射てましたし」


「もし撃たれても華麗に避けてましたし。 え? それに僕まだ本気じゃなかったし?」


「奇遇ですね、僕は五割も力を出してませんでした」


「僕は三割くらいかな」


「間違えました、二割も出してませんでした」


「子供か、お前達は……。 まぁいい、それよりルーテシア」


 負けたのに絡んでくるヨアヒムくんとにらみあっている僕を無視して、ソフィアさん達は何か話し始めた。


「たまには旦那のいい所を見たいとは思わないか?」


「旦那なんてそんな……でも、どうせなら白銀に輝く鎧を纏い、光輝く聖剣を掲げる勇者アカツキ!みたいな……」


「……リョウジが勇者らしくないのを、意外と気にしてたのか。 それに今からそんな鎧を用意出来ん」


 先に目を逸らしたら負け。

 ヨアヒムくんはそんな気分らしく、おでこをぶつけてくる。

 僕は大人ですからね、仕方なく付き合ってあげてるだけですけど。


「あそこで年下とじゃれあってるのが、お前の旦那だ。 現実を見ろ」


「たまには格好よく決めてくれますわ! わたくし、信じてますもの!」


「そうだな、信じるのは大事な事だな」


「優しくしないでくださいまし!? それなら信じてください」


「さて、どんなのを着せようか」


「無視ですの!?」


「私だって言わない優しさというものがあるんだ」

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