十七話 戦うな、マゾーガ 中上
「この街の徴税権はあくまでドワイト男爵にあり、その神聖な権利をただちに返還すべし。 もし、この訴えが受け入れられない場合、無慈悲な報復が待っているだろう」
仕立てのよい、ドワイト男爵とは比べ物にならないほど、金がかかった装いの大商人は言った。
「でしたら、お貸ししたこれだけの金貨をお返しいただけますかな」
「帰ります」
「駄目だったな」
「そりゃ駄目でしょう」
商人に追い出された私と爺は正直、途方に暮れていた。
金貨何枚で数えるより、重さで言われた方が理解が容易いほどの金貨を返せ、と言われた所でどうしようもない。
一年の税収を全て借金の返済にあてても、まったく足りないだろうし、有り得ない話だが私の実家が肩代わりした場合、確実に破産する金額だ。
ドワイト男爵は命の恩人ではあるが無理難題過ぎるぞ、これは。
かなりの金貨を取られたが、命の恩人には変わりがない。
よほど腕のいい治癒魔術師を呼んでくれたに違いなく、困窮しているドワイト男爵に、金銭で負担をかけられん。
「しかし、いつあいつら全員叩き斬ってくれる!って言い出すのか、冷や冷やしながら見てましたよ」
「……まさか」
それも考えはしたが調べた所によると、他の街にも出店している大商人や街の顔役など合わせて二十四の集まりが、分割して徴税権を持っているらしい。
その全てを叩き斬ったら、どんな愉快な事になるか、わかったものではないだろう。
あの男爵が私達を守ってくれるとは思えない以上、そんな事やってられん。
「ところでお嬢様、どうしてここまで」
「あら……」
「おや、ルーテシア嬢……」
道端で出会ったルーテシア嬢は街娘がよく着ていそうな、地味なエプロンドレスを纏っていた。
そして、私はいまだにルーテシア嬢と何を話せばいいか、わからないでいる。
ルーテシア嬢に勇者リョウジ・アカツキを攫った犯罪者と糾弾されたが、それは紛れもない事実だ。
だが、リョウジがほいほい私達にくっ付いてきているせいで、ルーテシア嬢も怒りを持続させるには辛いものがあるのだろう。
そのせいで私とルーテシア嬢は、いまいち距離の取り方を掴めないでいた。
「お一人ですか。 リョウジは?」
微妙な沈黙を恐れるように、私は口を開く。
「お友達の方とばったり会って、飲みに行くそうです……」
「……お送りしましょう」
着ている物こそ粗末だが、滲み出る品の良さはどこぞの令嬢にしか見えず、ふらふらと独りで出歩いていれば攫われてしまいそうだ。
あいつは何をしているんだ、一体。
「ありがとうございます」
どうしたものか、何を話せばいいかさっぱりわからん。
謝る気はないが、ルーテシア嬢も謝罪もなしに許してはくれないだろう。
今の生こそ女の身だが、麗しいご婦人に嫌われる事を是とする価値観はない。
何とかしたいものだ。
「あの……ソフィア様」
「ソフィアで構いませんよ、ルーテシア嬢」
「ならわたくしもルーテシアで」
「わかりました」
それだけを言うとルーテシアの視線が、右に左にさまよい始める。
迷いを見せるルーテシアは十歩ほど歩いた所で、ようやく口を開いた。
「あ、あの……怪我のお加減はよろしいのですか?」
「ええ、問題ありませんよ」
僅かな引きつりこそ残っているが、動くのに支障はない。
そう言うとルーテシアは、ほっとしたように微笑みを浮かべた。
「わたくし、内臓に回復魔術をかけたのは初めてでしたの。 何事もなくて安心しました」
「……ありがとう、ルーテシア。 貴方のお陰で生きているのだな」
「え、ちょっと待ってください。 どうして僕を睨むんですか!?」
「爺……お前、ルーテシアが私を助けてくれたのを知っていたのか」
「は、はあ、知ってましたよ? だから、どうしてドワイト男爵のために、あそこまでするのかな、と思っていました」
よくよく考えれば、私はルーテシアがどの程度の魔術師かを知らない。
重傷を治せるだけの回復魔術を使える魔術師は、相当高い位階にある。
そんな相手を呼んだからこそ、ドワイト男爵は私のような小娘に徴税権を取り戻せと無理難題を言ったのだとばかり考えていたのだが……まさか私が恩ある相手と思っているとも知らず、とりあえず言っていただけなのか。
ドワイト男爵へ最高級の宿に三月は泊まれるだけの金を払った。
あのボロ屋敷で、私の執事を勝手に使った上で、だ。
これはなかなか許し難い話ではないか。
「え、お嬢様……ひょっとしてルーテシア様が回復魔術使えるのを、知ら」
「ルーテシア、君は私の命の恩人だ。 出来る事があるなら、何でもしよう」
ドワイト男爵への復讐は後で考えるとしよう。
今はルーテシアへの恩を返さなければならない。
「ならリョウジを鍛えてあげてくださいませ」
今度は躊躇いも見せず、ルーテシアは言った。
「ふむ?」
「リョウジは魔王と戦うつもりですわ。 そのための力は、いくら有っても足りません」
「わかりました」
私にも否はない提案だ。
リョウジが強くなるのは、悪くない。
それどころか望む所だ。
「リョウジを鍛えましょう、私を斬れるようになるまで」
私は気障ったらしく、帽子を外して一礼した。
「お願いしま……なんで猫の耳が生えてますの!?」
「朝起きたら生えていました」
「これ……呪われてますわよ!?」
無遠慮に猫耳を撫で回すルーテシアの手に、思わずびくんと腰が引ける。
「さ、触るなら、もっと優しく……」
「あ、ごめんなさい……」
「……っ」
優しく触られるのも、なかなか辛い。
漏れそうになる声を、下唇を噛んで必死に堪える。
「あ、あのお二人とも……」
「な、なんだ? ひゃっ!」
「ソフィアさん、変な声を出さないでくださいまし……」
「しかし、これは……んっ」
「とりあえず場所を移しましょう! 注目されまくってますよ!」
辺りを見渡してみれば、若い男達がギラギラとした目でこちらを見ていた。
道端で私のように美しい乙女が甘い声を出していれば、そうもなろう。
「……走りますよ、ルーテシア」
「は、はい! うう、もうこの街を歩けませんわ!」
走りながら嘆くルーテシアを何と慰めるべきか、私は悩む。
「女は見られて美しくなるのです」
「あ、あんな破廉恥な視線は嫌ですわ!」
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