十四話 敗北の後 中
マゾーガ、私、リョウジ、外に水を汲みに行っていたルーテシア嬢の順番で、長机に座らされており、その向かい側にはユーティライネン殿が小さな身体で腕組みをしていて、小さい子が張り切っているようで可愛らしい。
「……なによ?」
「いえ、なんでもありません」
長机には王国全域が描かれた地図があり、青で染められた王国領は歪んだ正方形をしている。
「まず現状確認してあげる」
ユーティライネン殿は金属製の細い棒を取り出し、王国領の右側で僅かに突き出していて、紫色に染められた魔王領と接している部分を指し示した。
「ここが城塞都市」
そういえば我が実家はどの辺りなのやら。
地図には現在の領主の名前や特産などが書き込まれていて、非常に細かい。
「あそこは三日前に陥落したわ」
城塞都市に大きなバツをつけ、ユーティライネン殿は話を続ける。
しかし、こうして見ると貴族というやつは沢山いるものだなあ。
まったく実家が見つからん。
「で、今の魔王軍だけど……クリス、何か適当に駒みたいな物を持ってきなさい!」
「駒ですか? ……これでいいですか」
「……なにこれ。 まぁいいわ」
ワインのコルク、待ち針、丸めた紙をユーティライネン殿は、地図の上に置く。
「魔王軍の半分が三方向に分かれて、略奪しながら侵攻中ね。 大体、一個十万から二十万行かない程度らしいわ」
む、大体、真ん中が王都か……。
なら城塞都市から王都を逆に辿れば……おお、あったあった。
あったからどうというわけではないが。
「で、王都から第二軍が出撃準備中。 わかった?」
「は、はい」
リョウジが真剣な表情で返事をするが、まったく勇者様というやつは大変だ。
私達は城塞都市で生かしてもらったが、かと言ってまた魔王と戦う理由は私にはない。
二対一で戦い、それでも敗れておきながら、どの面下げて戦いを挑めというのだ。
それは恥知らずと言われるべき行いだろう。
「あ、あのユーティライネン様は……」
「私は行かないわよ、面倒くさい」
ルーテシア嬢の言葉を半ばで打ち切り、ユーティライネン殿は言い切った。
そういえば貴族のご令嬢が、水くみとはどういう心境の変化なのやら。
少しばかり興味が湧いてきた。
ルーテシア嬢もだが魔王軍に兄がいるらしいマゾーガとも、後で話をしてみるべきか。
「で、この状況であんた達、一体どうするのよ!」
まぁ今やる事は一つだ。
「私は少し席を外します」
「……あんたねえ」
そもそも私に勇者御一行様をやれ、と言われても困る。
救国の志とやらは、私にはないのだから。
見知った誰かが無残に殺されそうになっていれば、助けたいとは思うが、十万という大軍を相手にしてまでやろうとは思えない。
心躍る決闘ならともかく、さすがに大軍相手は勘弁してもらいたいものだ。
「お、お嬢様にはお嬢様なりの考えがありまして……!」
「クリス、ああいうのは大抵、何も考えてないのよ。 庇うならもう少しマシな事を言いなさい!」
いやはや、まったくその通り。
外に出ると、そこは桃源郷だった。
色とりどりの花々が咲き誇り、小鳥たちが遊んでいる。
春の花、夏の花、秋の花、冬の花が乱れ咲いている空間は、本来であれば不自然な物になりそうだが、不思議と一つの景色として纏まっていた。
しかし、そんな桃源郷の景色も、奇妙なほどに静まり返っている私の心に、何の感銘も与えてはくれない。
私はゆっくりと歩を進めた。
不自然なまでに豊かな自然の恵みは、手を伸ばせば果実が取れるほど。
桃によく似た果実の皮には、鳥がかじった跡が残されているのを確認すると、私はそれを手に取った。
鳥が食えるなら、人が食えない道理もあるまい。
ずっしりとした重さを感じさせる果実を、適当に貪りながら、私は歩く。
口を開けば叫びだしたくなる。
だから、はしたないと思うほど、大口を開けて果実を貪る。
足元に落ちていた手頃な大きさの石を蹴り上げて手に取り、視線も向けずに投げつけた。
どさり、と空から落ちた小鳥を掴む。
桃源郷の鳥は狩られる事に慣れていないのか、戸惑ったように私を見つめ、動きを止めた。
ついでにあと三羽ほど、いただいておこう。
無意識に持ってきていた折れたチィルダで、小鳥の首を切り裂き、落ちていた枝に逆さに吊して手早く血抜き。
花の香りに血の臭いが混ざり合い、不愉快な臭気を生み出した辺りで、やっと小鳥共が逃げ出した。
何とも鈍い事よ。
適当に枯れ枝を集め、石と石をぶつけて火花を起こし、桃源郷のど真ん中で焚き火を起こす。
羽を毟り、腑を取り出し、尻に串代わりに枝を突き刺し、火にかける。
果実を貪りながら、じりじりとした気分で、それを見つめていると、がりっと果実の種を噛んでしまった。
種の内からは苦い汁が滲み出るが、何となくそのままかじりつく。
がりがりとした食感は不愉快以外の何物でもないが、知った事ではない。
「くそっ……!」
食べかけだった果実を投げ捨て、まだ生焼けの鳥に噛みつく。
吐き気を催すほどの生肉の臭み、ぶよぶよとした食感、塩のひとつまみも使っていない肉は、驚くほどに不味い。
「くそっ……!」
胸の内に、燠火のような熱がある。
血抜きに使ったチィルダを、私は手放せないでいた。
折れた刀など、何の意味がある。
そう思いながら、私の拳は彼女を握りしめている。
燠火は燃え上がり、熱に狂った私の魂はチィルダを握り締め、力を篭めすぎた私の拳は血の気を失っていた。
「くそっ……!」
負けたのは、仕方ない。
しかし、チィルダを殺された。
何も知らないまま、ただ私と分かり合いたいと語った少女を、殺させてしまった。
私が誘って、魔王が嵌り、結果として見れば完璧と言ってもいい。
だが、
「許してなるものか」
チィルダを殺した魔王が許せず、チィルダを死なせた自分が許せない。
二対一で戦い、それでも敗れておきながら、どの面下げて戦いを挑めというのだ。
それは恥知らずと言われるべき行いだろう。
「知った事か!」
言葉でこの怒りが鎮まるものか。
ただ魔王の血を見た時のみ、私の魂は鎮まるだろう。
救国の志などひとかけらもなく、ひどく身勝手な理由で魔王を斬ろう。
「八つ当たりのついでに、どいつもこいつも救ってやる」
私は鳥の頭を噛み砕きながら、そんな事を思った。
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