十話 世の中が変わっても、変わらない物は案外ある 下

「さて、この辺りなら迷惑もかかるまい」


「そうだな」


 私の言葉にマゾーガは頷くと荷物を下ろした。


「へ?」


「な、何が始まるんですか、お嬢様!?」


 何が何やらわかっていない勇者と爺を無視し、私は振り向いた。

 場は街道を少し外れ、それなりに見通しのよい林。

 足元は木々の根ででこぼことしているが、これくらいを問題にするなら武芸者を名乗れまい。


「出てきたらどうだ」


 特に隠す気も無かったようで、素直に木々の影から現れた数は四人、茶屋で休んでいた旅人達だ。

 使い込まれた旅装は茶屋から敵意を送ってきていなければ、私も気付かなかったであろう違和感の無さ。

 しかし、五人いたはずだが、あと一人足りない。


「目的を話す気はあるか?」


 まぁそんな物があるはずもなく、旅人達は木々の間をジグザグに走り始めた。

 ナイフ、ショートソード、短い手槍と、林の中でも取り回ししやすい武器を持った彼らの動きに遅滞はない。


「速い!?」


 勇者の言う通り木々の根があろうと平地を走ると変わらない速度で、私に三人、マゾーガに一人走り寄ってくる。


「名乗る暇さえなしとは、何とも慌ただしい事だな」


 鈴の音に似た鍔鳴りは、どれだけ気をつけようと鳴ってしまう。

 まったく自己主張の強い事である。

 だが、チィルダの刃は突き込まれた手槍を切り落とすのに、不足のない切れ味だ。


「そうだ、勇者。 いい物を見せてやろう」


「い、いい物?」


 手槍ごと切り落とした腕が、地面に落ちるよりも早く次の一人が向かってくる。

 身体ごとぶつかるようにして、ショートソードを突き入れてくる男の表情には、どんな色も浮かんではいなかった。

 その能面のような顔面を返す刀で両断。

 前の二人が作った時間を生かしたのだろう。

 最後の一人までの距離は間合いまで半歩もなく、重く長い刀を振るよりも軽く短いナイフの方が有利だ。


「受け太刀の基本だ、一度しかやらんぞ」


 振り下ろし、切り上げ、がら空きになった私のほっそりとした胴体へと、ナイフを突き刺そうとする男へと私は手指を伸ばした。

 そっと彼に触れて、足を引き、ダンスでも踊るように流す。

 それだけで勢いをつけた男の身体は、流れる自分の身体を止められず、地面に顔面を打ちつける。

 ぎぃっと弦を引き絞る音の元に、袂に入れていた短刀を投げ込む。

 手応えを感じてから、心の臓が二拍ほどした所で少し離れた木の影より弓を持った男がどさりと倒れた。

 五人が四人になった時点で見え透いている。


「こうしてやられる前にやれ」


「……いや、無理です」


「そして、だ」


 視界の端に光が見えた。

 唸りを上げて飛翔する何かは、人の知覚の外にある速度で私の頭を吹き飛ばそうと向かってくる。

 しかし、必死に消そうとし、消し切れなかった殺意の線は見えていた。

 身体は私の命令がなくとも勝手に動き、チィルダをその場に合わせる。

 手元に重さを感じた瞬間、僅かに刃先の角度を変えてやれば真っ直ぐに進んでいた速度はあらぬ方向に流れ、一本の若木の幹を抉り、その半ばまでをへし折った。


「こうして受けたら流すようにしろ。 簡単だろう?」


「……いや、無理です」


 たまに教えてやろうと気紛れを起こしてみれば、この有り様だ。

 化け物でも見るような目で私を見る勇者に、あとで鉄槌を下してやろうと私は誓った。


「追うか?」


 すでに相手を蹴散らしたマゾーガが問いかけてくるが、


「いや、やめておこう」


 背中を見せて逃げて行く六人目は、長い魔術師の杖を担いでいる。

 杖先には見た事がない何かが取り付けられているが、あまり興味はないし、放置してもいいだろう。

 それに四人と見せかけて五人、五人と見せかけて六人いたという罠をかけてくる相手だ。

 私に気配を掴ませない七人目がいたとしたら、さすがに爺と勇者が不味い。


「さて、話を聞かせてもらおうか」


 人間、腕を切り落としたくらいではなかなか死なない。

 それに手槍を持っていた男が駄目でも、投げ落とした相手がいる……と思っていたのだが、


「死んでるな」


 うつ伏せに倒れた身体をひっくり返してみれば、どちらも苦悶の表情を浮かべ生気のひとかけらも見当たらない。


「……これは」


「知っているのか、マゾーガ」


「カイセイア王国の暗殺部隊だ。 おで達、オークの部族長がこれまでに何人も殺されている」


「あ、あれって御伽噺じゃなかったんですか!?」


 爺の言う通り話だけなら私も聞いた事はある。

 敵対するオークを狙う暗殺集団であり、その鉄の統率は生半可な騎士団よりも固く、王国に敵対する相手には如何なる悪辣な手段を使う事を躊躇わないらしい。

 その証拠に死んだ二人の額には、赤黒い円の刻印が浮かび上がっていた。


「呪殺か……」


 呪いという魔術は非常に使い勝手が悪い。

 相手が健康であれば、意識せずとも弾けるほどだが、自分から呪いを受け入れれば、こうして秘密を漏らす事なく口封じが出来てしまう。

 しかも、自らの命をあっさり囮と出来る戦いぶりは、あまりの恐ろしさに私の背中に冷や汗を流させる。


「お嬢様どうしたんですか、にやにやして」


「おっと」


「え、えっと……つまりはどういう事?」


 話にいまいち着いてきていなかった勇者が、口を挟んできた。

 この世界で常識とされる知識すらないしな、こいつは。


「そうだな……」


 一言で纏めるのは難しい。

 しかし、それでも一言で纏めるのであれば、


「楽しくなってきたな」


「それはお嬢様だけですよ!?」


「ゾフィアだけだ」


「つまり、危ないのか!?」


 まぁ正しく伝わったようなのでよしとしておこう。

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