第29話 後輩ちゃんのお給料。


「はい、お疲れ様。これ、今月のお給料だよ」


「わぁーい!!ありがとうございます!!」


「いつも言ってるけど、大事に使わないとダメだからね」


「わかってますよ!ちゃんと計画して、一月後にちょうど無くなる様に使っていきますから!!」


「……計画から間違ってるよ?」


計画倒れしてくれないかな。


少しはお金を溜める努力をして欲しいんだけど。まぁ、そのときそのときで生きているような子だしな。


「そんなに何に使うのさ。お金の使い道なんて友達と遊びに行ってちょっとショッピングするぐらいでしょ?」


「はぁー、先輩は全然女の子のことが分かってませんね」


「…………」


そりゃ、あんまり分かってないかもしれないけどさ……。


現役女子学生から言われると、何か情けない気分になってくるな。


「いいですか、その遊びに行くという行為がまず先輩の思う遊びに行く、とは意味が違っているんです」


「どういうこと?」


「男性だったら食事をして、せいぜい適当に街のお店を冷やかして終わりでしょう」


「まぁ、そうだね」


勇者さんと二人で遊びに行ってもシスターさん関係の悩みを食事しながら聞いて、帰りにご機嫌取りにお菓子やスイーツを買うぐらいだ。


最近はヴァンさんから悩みを聞くことも増えたな……。


「女性の場合だと全く変わってくるんですよ。食事が本命なのではありません、お店でショッピングをして、皆で楽しむことが本命なんです!」


「……別に男と変わらなくない?」


男でも買い物を楽しむ人ぐらいいるだろう。俺や勇者さんは当て嵌まらないかもしれないけどさ。


勇者さんの場合は鎧の中でお洒落をすることになるだけだからなぁ。


「いえ、まず滞在時間が違います。女性の買い物は平気で二,三時間かかることも珍しくはありませんよ?」


「そんなにお店にいるの?」


「はい。そして、お互いに見比べたりしているうちに自然といくつもの衣服を手に取ってしまっているものなんです!」


「……商品に触れている時間が長いから、余計に購買欲が大きくなるってこと?」


「その通りです、よくできました! そして、その時間はお金では買えない人付き合いにもなるんです。なので一石二鳥というわけですね」


ほめられてしまった。


それに、納得せざるを得ないぐらいに大人なことを言われてしまった。


ただの方便のような気もするけど。


「貯金しないと不安になったりしないの? いざ欲しいものが出来たときにお金がないなんてこともあるんじゃない?」


「まずはそこから間違えてます。貯金をしないから不安になるのではありません、貯金をするから不安になるんです!」


……この子は何を乗り越えてきたんだろうな。


学生の考えとは思えないぐらいに達観しているぞ。


「でも、趣味は貯金です、って言う人もいるでしょ?」


「趣味を貯金にしたところで得られるものなんか何もありません!」


「いや、将来のこととかを考えてさ……」


「将来のために今を犠牲にすることは最も愚かなことだ、と先生が授業で教えてくれました」


……それは、誰か偉い人が残したものを引用したもので、一つの考え方を示しただけじゃないのかな。


流石に先生自身の言葉じゃないよな?


ウチの子に余計なことを教えないでくれよ……。





チャリンチャリン



「「いらっしゃいませー!」」


「こんにちは、店主様、あずさ様」



あずさちゃんにどうにか考え直してもらえないかと話していたところにシスターさんがやってきた。


勇者さんとヴァンさんはおらず、シスターさん一人みたいだ。二人は修行でもしているのかな。


「店主様、またポーションを頂けますか」


「これだけで……五千ゴールドですね」


「はい、ありがとうございます」


今日はポーションを買いに来てくれただけみたいだな。


シスターさんは回復薬の自分がいるからと言って、ポーションを用意しない人じゃないからな。しっかり準備を整えて依頼に臨む、冒険者のお手本のような人だ。


「シスターさん!! 女の子はお金の使い道が多いので貯金なんてできませんよね!!」


だが、ポーションを受け取るシスターさんに、さっきまでの話題を持ち出して仲間に引き入れようと声をかけるあずさちゃん。


でも、シスターさんに聞くのは間違いなんじゃないかな。


「えっ? え、えーと、私は普段から修道服で過ごしていますし、料理もできるだけお店で食材を纏め買いして家で作るようにしていますので……」


「…………そ、そうです、よね……」


シスターさんは勇者業のお財布を預かる人だからな。そうそう無駄遣いなどもしないんだろう。


その分勇者さんがいろいろ買ってきてあげているみたいだけど。


「……で、ですが、私みたいな方は珍しいと思いますので、あずさ様のような方のほうが多いと思いますよ……?」


「あ、ありがとう、ございます……」


あずさちゃんも思い知ったことだろう。大人の女性の余裕と女子力の差を。


シスターさんに気遣われて、少し小さくなっているように見える。


「あ、あの……」


「大丈夫ですよ、シスターさん。今、あずさちゃんはとても大切なことを勉強させてもらえましたから」


「は、はぁ……。それなら、いいのですが………」


そして、シスターさんは帰っていかれた。


あずさちゃんはぼーっと考え事をしているように、自分の足元を見ている。


「先輩……、私、決めました」


「……何を?」


「しっかりとお金を溜めて、料理が出来る女性になってみせます!!シスターさんみたいに!!」


……目指す目標としては視線が高いかもしれないけど、良い方向に向き直ってくれたみたいで良かった。流石シスターさんだ。迷える子羊の道しるべになってくれたようだ。


迷ってはいなかったか。一直線だったな。


「……頑張ってね」


「はい!!」





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「おい、てん!! あずさが料理教えてくれ教えてくれって付きまとって来るんだがっ!!お前何か吹き込みやがったな!?」


「大家さん、どうか私に料理のいろはをご教授くださいっ!! 大人の女性に近づきたいんですーーーっ!!!」


「私は人に教えるのは苦手なんだよ!! どっか料理教室でも行ってこいっ!!」



…………すみません、大家さん。



その日からしばらく、あずさちゃんに追いかけられる大家さんの姿がありました。






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「私も、もっとお洒落したほうがいいのでしょうか……」

「……シスター、一緒に買い物行こうか?」


「勇者様…………はいっ!!」

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