第5話 アパートの大家さん。
二階建て木造建築のアパート、その二階の一番端の部屋が俺の住まいだ。
アパートには、俺とあずさちゃんともう一人の住人しか住んでいない。お店まで距離も近く近隣一帯も静かで、とても住みやすくて気に入っている。
「ふわぁぁぁ、……眠い」
あくびをかみ殺しながら布団から起き上り眼鏡をかけ、カーテンを開けて時計を見る。
「んー、もうこんな時間か。もう朝ごはん用意してもらっているかな」
このアパートでは大家さんが希望者に朝食と昼食のお弁当を用意してくれる。流石に、夜は時間が合わないことも多いので用意は無いが、一人暮らしにはとても助かる。
いろいろと身支度を整えて部屋から出ると、ちょうど隣の部屋からあずさちゃんも出てくるところだった。
「あっ、先輩おはようございます!」
「ん、おはよう」
あずさちゃんも制服を着てかばんを持ち、学校へ行く準備は整えている。あいさつも済まし、一緒に階段を降り一階の管理室へと向かう。
「今日の朝ごはんは何ですかね?私はお魚に一票です!」
「それはあずさちゃんの食べたいものの希望だよね。……んー、サンドウィッチがそろそろ来るんじゃないかなー。魚は一昨日も出してもらったしね」
「む、確かに。中々の推理力ですね。でも、サンドウィッチが朝ごはんで出てくるときって少なくないですか?」
「……昨日、大家さんに仕事から帰ってきて会ったときに聞いたからね」
「ずるですよっ!反則ですっ!」
あずさちゃんと楽しくお話をしている間に管理室に着いた。管理室はキッチンと1つの和室で一部屋になっている。五、六人は一緒に食べれるくらいのスペースもあって、俺とあずさちゃんは基本、朝食はここでお世話になっている。
「よぉ、二人とも起きたか。おはようさん」
「「おはようございます」」
ドアを開けると、大家さんがサンドウィッチとサラダが盛りつけられた皿をテーブルに載せていた。サンドウィッチに挟んである具もいくつかあるようで、とても美味しそうだ。
「ほら、今日はサンドウィッチだよ。さっさと食べな」
「やっぱりお魚じゃなかったです。先輩ずるいです!」
「ん?魚は一昨日も出したしな。てんが何か意地悪でもしたのか?」
あずさちゃんが朝ごはん何だろう論議でくいついてくる。大家さんにあられもない懐疑をもたれてしまった。
多数決でこのままでは負けてしまうことだろう。
「いやいや、何でもないですよ。昨日、明日の朝はサンドウィッチだなって大家さんから聞いてたじゃないですか。それをあずさちゃんに教えてあげただけですよ」
「いいえ、先輩はずるをしました!今日の朝ごはんは何かな、と楽しく語り合う時間を台無しにしたんです。朝ごはんを楽しみにしていた私を、答えを知っていた先輩は心の中であざ笑っていたんでしょう、意地悪です!」
「……そっか、楽しくなかったのか……。朝一番にあずさちゃんと会えて、おしゃべりできて楽しかったのは俺だけだったのか。ごめんね、朝の爽やかな時間を台無しにしちゃって……」
「はっ!?い、いえ、楽しくなかったわけではなくてですね!私も朝、先輩に会えて今日もいい一日になりそうだなーって思いましたよ!本当素敵な朝に、素敵なご飯に、毎日感謝感激あめあられですね!わー、サンドウィッチおいしそー!ほら、早く食べましょう、先輩!」
「毎日仲がいいな、お前らは」
大家さんにあきれられながらも、俺とあずさちゃんは並んで座布団に座る。
大家さんも対面に座って、一緒にごはんを食べる。
「「いただきます!」」
「あいよ、どうぞ」
一番近くにあったサンドウィッチを手に取る。やっぱりうまいなぁ、特にタマゴサンドが。うん、うまい。
あずさちゃんはシーチキンサンドがお気に召しているようだ。シーチキンってマグロやカツオを元に作られているのに全然魚っぽさ感じないよな。すごいよなぁ、シーチキンを考えた人は。
「ちゃんと客来てんのか、お前の店は」
「……まぁ、ぼちぼちですよ」
大家さんから目をそらしながら、応える俺。
じとーっと見つめてくる大家さん。
嘘は言ってないな。
「全然ですよ、閑古鳥も喉を痛めるぐらいお客さん来ませんから!」
「はぁ、相変わらずだな」
「本当に心配になるくらい来ないんですよ。ただお菓子を食べているだけの時間も多いですからね!!もー、私が将来養ってあげるしかないですね」
「……愛されてんな、将来年下ヒモ予定さんは」
あずさちゃんに裏切られた。
ヒモになる気もないぞ。こうみえても貯金はたくさんあるんだ。
本当だよ?
「別にいいんですよ。うちはそういう店なんですから。
それとあずさちゃんは口閉じててねー。先輩は後輩ちゃんがしっかり職につけるか心配だよ」
「ふっふっふっ、何も心配はいりません。眉目秀麗、成績優秀な私であれば、引く手あまたで逆に困ってしまうぐらいです。引っ張りだこです。供給過多に陥ることでしょう」
「…そのまま、値崩れしないといいけどねぇ」
たしかにこの後輩ちゃんは頭が良く勉強ができる。普段の行いからは想像できないが、おバカではない。
言動はよくぶっとんでるんだけどなぁ。
「まぁ、お前のことだから特に心配はしてないんだがな」
「はい、安心してください。家賃もしっかり納めますよ」
「だから、その辺の心配もしてないっつーの」
うん、シーザーサラダも美味しい。
何でシーザーサラダって言うんだろうな。
シーザーって呼び方に海の響きを感じるのは俺だけかな。
「大家さんこそ、もっと人を入れなくても大丈夫なんですか?俺たち含めて3人だけしか入ってませんけど、もっと募集したほうがいいんじゃないですか?」
そう、このアパートは特に住人募集のチラシとか呼びかけで人を集めてはいない。
俺もたまたま知っただけだったしな。人が増える分だけ稼ぎも増えるだろうに。
「いいんだよ、別に金が欲しくてやっているわけじゃないしな。お前で言うならここはそういうアパートなんだよ。気に入ったやつ以外、入れるつもりは無い」
「……気に入ってくれてるんですね」
「……うるせ、飯食え」
「はっ、何か大人の音がします!仲間はずれの匂いがします!やっぱりずるいです!!」
どうも大家さんは俺たちのことを気に入ってくれているらしい。
なんだかんだで面倒見がいい人だ。あずさちゃんにはたどり着けなさそうなカテゴリーにいるな。
……逆も然りか。
「ほれ、早く飯食い終わっちまえ。二人共、もうそろそろ時間だろ」
「はっ、いつの間にかこんな時間です!モシャモシャ……」
「あっ、最後まで取っておいたタマゴサンド!ちょっ、食べないでよ!」
「そんな余裕な食べ方してるからいけないんですよ。いつだって、これが最後の食事だと思って好きなものを欲張って食うべしです」
「じゃ、このシーチキンサンドは俺が……」
「あー!ダメです!私が最後まで取っておいたシーチキンサンドっ!食べないでくださいっ!」
「さっきの言葉は何処行ったっ!?」
「私は過去は振り返らない未来系女子なんです。だから、そのシーチキンは私のです!」
「ちょっ、中がはみ出るからっ!中身が飛び出しちゃうからっ!」
「私のですーっ!!」
「本当仲いいな、こいつら」
~~~~~~~~~
何とか朝ごはんを食べ終わったおれとあずさちゃんは、アパートを出る前からなぜか疲れきっていた。結局最後のシーチキンサンドはあずさちゃんのお腹におさまった。
今日、学校で身体測定だったりしないかな。太っていて欲しい。
「何ですか、先輩?」
「……ううん、何でもないよ」
俺とあずさちゃんは、すでに大家さんからお弁当を受け取りかばんに入れてある。今日のお弁当は朝食と同じくサンドウィッチらしい、楽しみだ。
昼はあずさちゃんに食べられる心配もないから、ゆっくり食べられるな。
「ほら、さっさと行ってきな」
「……っ、叩く力強くないですか……?」
「お前が眠そうな顔してたからだよ」
大家さんに、さっさと行って来いと背中を叩かれる。眠かったんじゃなくて、疲れてただけなんだけど……。
アパートの敷地を少し出てから、あずさちゃんと一緒に振り返り大家さんに手を上げる。
「「行ってきます!」」
「いってらっしゃい」
今日も昼の弁当が楽しみだ。
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「いや、私、そんな、うそ……、いやあぁぁぁぁぁーーーーー!!」
少し太ってましたまる
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