ハッピーな世界は優しいエンドで。

ありがとう。

第1話 後輩ちゃんのお仕事。



今からちょうど一年前、とある国に魔王が現れた。彼は魔王城を一夜にして築城し、世界中に宣言した。


『我の元までたどり着き、我を打ち倒したものには我の金銀財宝を与えてやろう!!……全てではないが……』


この世界に平和に住んでいた普人族や森人族、土人族、海人族など各種族の者達は絶望に叩き落された……。


ということもなく、相も変わらずに平和に住んでいました。






「いらっしゃいませー!」


俺は、とあるお店の店主をやっていて、たまに商品も調合している。


もう何だかかんだで長いことやっているが、惰性的にならないように心掛けている。たとえ冒険者だろうが商店だろうが、そこにお客さんが存在する以上プロ意識を持って立っているべきだろう。


そんな真面目な人ばかりじゃないのは分かってる。なんとなくバイトだ仕事だってやってる人もいるだろうさ。でもなぁ……。


「……あずさちゃん。お客さんも来るからお菓子はしまったほうがいいんじゃないかなーって思うんだけど」


「えぇー、もうお客さんいなくなっちゃいましたよ? 別にお菓子食べてても良いじゃないですかー。…………ふふふー、先輩も一緒にお菓子食べますか? 今なら特別に私があーん、をしてあげましょう。現役女子学生のあーん、ですよ?」


「それは魅力的だけど遠慮しとくよ。あと、会計台の上に足を置かないでほしいなー」


「でも、あまり用事も果たせてないんですから、役目を与えてあげてる分感謝してほしいぐらいですよ?」


……靴は脱いで可愛らしい靴下で寛いでいる分、まだ良識が垣間見える。


不平不満を申しながらも時折可愛らしい誘惑をしてくる愛くるしい後輩は、近くの学校に通っているバイトのあずさちゃん。


流石に口に手をつっこまれるのはやめてほしいな。確かに可愛い女の子のあーん、はとても魅力的だけど。


「確かに中々人は来ないね。今日は商品の前出し一回しかやってないなって思うときもあるよ。

でも、やっぱり売り物を載せてお客様との誠実な売買をする場所だから、いくら可愛い女子学生の足だとしても会計台に置いちゃうのは不味いでしょ。

全然OKバッチこい!って人だっているかもしれないけど、そういうのは特別審査枠だから、店のお客様リストには入ってないから」



「……はぁ、分かりました。──── 先輩のえっち」


あずさちゃんは仕方ないなぁ、という顔をしながらもとりあえず足は下ろしてくれた。

……なんでえっち扱いされるのかは分からない。危険意識が足らない後輩ちゃんだ。


「いつものことですけど、本当にお客さん来ないですよね。……少し外に散歩でも行ってきていいですか」


仕事放棄の宣言を堂々と隠す気もなく告げてくる。


そして隠す気も無く、相変わらずお菓子を食べている。


「ダメだって。確かにお客さんはなかなか来ないけど、……商品の整理とか、掃除とか、ほら、いろいろやることあるでしょ」


なぜか不敵な笑みを浮かべる後輩ちゃんことあずさちゃん。


フッフッフッと、事件解明前に得意げな探偵のような笑い声が聞こえてきそうだ


「語るに落ちましたね先輩。つい二分ほど前の自分の言葉も忘れましたか」


……何だとっ!?……二分前、俺がそんなミスをするはずが、─── ハッ、まさか!!


「気づいたようですね、そう!確かに言っていたはずです。

『今日は商品の前出し一回しかやってないなって思うときもあるよ』と。

つまり商品の整理をする必要など、この店にとって滅多にありません!そして、そこまでお客さんが来ないというのなら、そもそも店が数時間で汚くなる事など無い。つまり掃除をするのも仕事終わり前の数十分で事足りるということです!」


こちらに指を指し、ただ一つの真実を証明したり、と大いに調子に乗られている。


なんとなく微笑ましい。


「……くっ、全てこの瞬間のための布石だったということか。俺としたことがまんまとはめられてしまうとは」


そして俺は、なんとなく膝を着き拳を握り締め付き合ってあげる。


「それでは、先輩の気掛かりを解決し心労を軽くしてあげた私は少し散歩に……」


イスから立ち上がり、外に向かおうとする女子学生。


その女子学生の腕をとって引き止める店主。


「………………………」


「………………………」


「まだ何か問題がありましたか。それとも愛の告白でも始まるのでしょうか」


「それはそれ、これはこれ。それと、そんなこっ恥ずかしいイベントは起きないよ」


「…………………はぁ」


あずさちゃんはため息を吐きながら、再びイスへ腰を下ろし、上体をレジにだらけさせる。


「真面目ですよねぇ、先輩は。あまり真面目すぎるのも異性にもてないですよ。

私みたいなのにしか、かまってもらえないんですからもっと私に優しくするべきだと思います」


「これ以上の優しさはお客さんに捧げるためのものだからね。優しさは有限なんだよ。あずさちゃんには愛とムチをもって接するようにしてるからね」


「ムチが足りません、愛に飢えてます、私。一緒の部屋にでも住みましょうか。

愛も囁き放題、ムチも打ち放題ですよ?」


そんなドメスティックでパッシブでヴァイオレンスな同居人はいらないよ。


「それならまずは、大家さんの了承を得ないといけないね。……でも、大家さんにそんな報告を俺はしたくないからね。それ相応の覚悟が必要だね」


「………………ま、まだその時じゃありませんから、勘弁してあげましょう」


強がりながらも、震え声でびびっているのが隠しきれてない。


ある程度の冗談は流してくれるだろうけど、実際に『一緒の部屋に住みます!』なんて言ったら真面目な人生相談になるだろう。怒られるのか心配されるのか、何にせよ神経が磨り減る展開になるのは間違いない。




~~~~~~




「あずさちゃん、明日からまた学校だったよね?」


一般的に長期休暇は今日で終わり、また学生は学校が始まるはずだ。


「はい、そうですね。勉学に励み、級友達と汗を流し、青春を謳歌する日々が始まりますね」


「何か言葉に含みを感じるんだけど……、だったら今日は帰りにどこか外で食べていこうか?ここしばらく、ずっと働いてもらっていたしね」


「………何ですか、時間差攻撃ですか。それなら、プレゼントでもいいですよ?先輩が身につけているネックレスや眼鏡でもいいですよ?しかし、急にそんな優しさを見せられても、私はフラッと靡くようなチョロいヒロイン的女子ではありませんからね」


「それじゃやめとく?」


「……………やめない」


ウチの素直な後輩ちゃんはカワイイ。


「それじゃあ、時間まで頑張って仕事しようか」


「仕方がありません。最後まで付き合ってあげましょう」


いや、仕事中だから当たり前なんだけどね。





「あっ、お客さん来ましたよ!」


あずさちゃんが真面目な仕事モードに戻った。いつもこうだと良いんだけど。


……よし、じゃあ今日も精一杯元気と誠意を込めていこうか。


「「いらっしゃいませー!!」


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