水居菊乃という名のアルバイト
「うちの計画に協力してみいひん?」
言葉ではそう言ってるがこれは決して任意ではない
なぜなら、片平颯芽(この人)は
『頷かへんかったらどないなるか判ってるやろな~?女子生徒にこの事バラすで~』
『自分、16やろ?なあ?せやのに18禁買(こ)うて見てる?おかしいな~』
と、こうくるのが見えてるからだ
ニヤニヤニヘヘとした顔から伺えるはそんな所だろうか。まったく、なんてひどい大人だ
実の姉にしたことを棚上げしつつ、将来は大人の女性に騙されないようにしなければと心に刻み、応じることにした
「で、何をすればいいんですか」
「お?乗ってくれるん?悪いなあ」
どの口が言うか
「いやあ何?うちのちょっとした部活設立に助太刀すればそれでええねん」
「部活?」
おかしいなあ。部活ときましたか
養護教諭が?部活?なぜ?
「ここに部活設立の内容書いてきたさかい、あと5人集めてきてや」
言いつつ先生は白衣の左胸の内ポケットに手を入れてA4サイズの紙を手渡してきた
―――――――――――――。
「中身見ろや。匂い嗅ぐなや」
その頭部への拳撃は熊をも倒せるほどだったそうな
先生は顔を真っ赤にして眉をつり上げていた。
しかし俺は知っている。この先生は初心(うぶ)で恥ずかしがっていることを
桃の香りがした事に思春期メーターがガン上がりしたのを感じつつ肝心の中身はというと
『スレンダー同好会』
確かにそのように書かれていた
間違いなくそうであると、部活名欄に
他には顧問の欄に胸から桃の香りをさせた教諭の名前があった
「ぺった・・・先生。これは一体」
「色々言いたい事は置いとくして、せやなあ。うちはその・・・鍛えるグッズを学校にも置いてあんねん」
何が?とは言わない。それをより一層赤くした顔を見ては、『これ以上聞いたら駄目だな』って気にさせるから
「何大人が公私混同してるんですか」
「やかましい。アパート6畳間暮らしには狭すぎたんや」
「そんだけ買う方がおかしいでしょ」
「何や、自分らはそういうビデオ見れば簡単にでかい胸した姉ちゃん見れるから楽なように思うかもしれへんけど、実際なろう思たら難しいんやで?やってみ」
「俺男なんですけど。なっても嬉しくないです」
「じゃあ自分やったらどっちが」
「大きい方」
ゲシッ!!
この理不尽に蹴られるの何とかなりませんかねえ!?絶対こっち悪くないんですけど
「あ。でも、女の人からしても大きい方が」
「黙れ」
保健の先生がこういう質問に免疫がないのはどうかと思うんだけど
上目遣いにキッと睨まれても顔を赤くしてぷるぷる震えてたら兎みたいでかわいいなとしか思えない
というより抱きたい
でも今したら絶対問題児扱いされるんだろうなあと思われるからしないけど
え?とっくに問題児?大丈夫
これくらいはOKにできる。要は相手を見極めることが大事なのだ
そこで先生はまだ顔が赤いまま咳払いしつつ
「ええか?説明すんで~。部活名『スレンダー同好会』。胸が小さい事がコンプレックスな女の子が集まりその中でコミュニケーションとっていく。それが目的の部活や。せやからここに入る部員はカップがA以下が条件や」
以上、解散。言うことは言った。さあやれとばかりに大量な資料が積まれた机の前に背もたれつき回転椅子を回して向かった
流石に時刻は18時を過ぎていたためそのまま帰る事にした
「失礼します」
「おう、大丈夫か?送ったろか?」
「いえ、結構です」
脅しはしてもやはり先生。優しいんだな
「家すぐそこの喫茶店なんで」
「喫茶店って、あのここから北へ5分くらいの。『秋空』いう」
「はい、そこです」
関西の先生だから知らないかなと思ったら存外知ってる事に軽く驚いた
「でも先生よく知ってましたね」
「あの南北の道使てそん先の米屋に寄んねん。家学校から南やけど」
「車でですよね」
「せやなかったら米運べへんっちゅうねん」
「狭いですよあそこ」
「せやなあ。せやけど安さと質やったらあそこにすんねん。で、確か20時までやな」
「何がですか」
「店や店。一度行ってみたかったんや」
あ。なんか嫌な予感してきた
「よし、決めた。自分まだ貧血で倒れるかもしれへんから残っとき、うちが送ったる」
「いやいや、いいですいいです!」
本当はまだ少し頭が痛いけど、これ以上頭の痛みを抑えるためにはこの人を連れていかせる訳にはいかない
「まあ、そう言うなや。よし、まあ事務はこれでええやろ。ほな行くで」
そこの書類の束はさっき見たときは右側に座ってた先生の肩辺りまであったのが胸の辺りまで減っていた
仕事速いんだなという感想と共に、ここまで公私混同する先生も凄いなという事の方にも意識を傾けていた
先生の運転する赤色が印象的なデミオに乗り、進むこと2分足らず、無事我が家兼喫茶店に帰ってきた
時刻は18時15分前、当然お店は空いてる訳で
車から降りた俺と先生は一緒に西向きになってる客用の入り口から入る
本当は俺は真反対の裏口から入るべきだが
先生が強引に引っ張った
「もしかしたら安ぅなるかもしれへんやろ?」
さすがというのか、そこは関西人らしく安さの為に手段を選ばなかった
喫茶店特有のベルの音を鳴らしつつ、中へ入ると
「いらっしゃいませ~。あ」
中から母親が声を掛けてくる
俺の母親であることは言うまでもない
その母親が俺達に近づくや即行
「どうも家の子がとんだご迷惑を」
と、母親ならさも当然とばかりに俺に頭を下げさせつつ自分も頭を下げて先生に謝罪の言葉を投げる
「いえいえ、 ちょっと学校で貧血で倒れてましたので心配で」
ニコニコと大人の対応をしてますが、母さん気をつけてよー。この人、俺をダシにして安くしようと考えてますよー
「まあまあ、それはそれはどうもすみません。ちょっと時泰、先生に珈琲入れて頂いてメニューも・・・あの、先生。パスタで宜しかったでしょうか?」
ちょっと母さーん。それ結構原価とるやつ
せめて珈琲だけにしておいて
「お代は結構ですので」
ほら来た。あなた、この間売上げが微々たるもんだから俺の小遣い減らしたの忘れてませんかー!!
「いえ!そういう訳には」
「まあそう言わずに」
「でもそれじゃあ商売に」
「じゃあ、半値でいいんで」
「そ、そうですか」
ホットコーヒー&クリームパスタ 350円が175円でやり取りされる瞬間の先生の俺にだけ向けた『やったぜ』の顔を俺はいつまでも忘れない
親父が厨房にいることは判っているのでカバンを入り口から左奥隅に進み、居住スペースに繋がる階段に置きつつ、その階段を降り左へ進んだフロアの真ん中に陣取ったスペースに声を掛ける
「親父、クリームパスタ1つ」
「おう」
親父はあまり話をするタイプじゃない為、こういう時出てくる言葉は基本『おう』と『できた』しかない
ただ、親父はイタリアまで行って本格的に修行してきたみたいでその実力は折り紙つきだ
俺は10畳程と思われるその厨房から入るとすぐ左の壁に掛けてあるエプロンを手に取り着替え、そのすぐ前にある手洗い場で手を洗った
頼まれた珈琲を入れつつ、何とはなしに周りを見るとエプロンを着た見慣れない顔があった
やけに珍しい、そもそもうちは家族3人で切り盛りしてきた店。確かにアルバイト募集のポスターは貼っていたが、まさか来るとは思わなかった
何せ貼ってから約3年は経っていたから
すると
「できた」
親父の低い声で珈琲に気づきつつ、出来上がりのパスタと珈琲をトレイに載せ、先生の元まで移動する
しかし、しまったな。こういうのは先に席に着いてもらってからオーダーをとるもの
普段はそうするのだが、いかんせん。値引き(例外)を起こしたが為に席がどこだか分からない
店内はレトロな落ち着いた雰囲気を出すために照明がそこまで明るくない。これが1つ
そして、席の数。中央付近に四人席で12。南北に面した窓際のカウンター席で16。
なので64人は確保できる。この2つ
先生の黒髪だと探すのにこれだと少し難しいのだ
癖っ毛と関西弁が特徴でも他にも話してるお客さんがいるこの中では掴みようがない
せめて、白衣を着てくれれば良かったが仕事が終わるとすぐ脱いでしまうためそれも難しい
「4番テーブル」
すると、耳元で声がしたから見てみると先ほど見てたアルバイトの子だった
うん。うちのエプロン着てるしアルバイトだよね
でないと、勝手にエプロン持っていって着てる窃盗犯だ
「片平先生に持っていくんでしょ?」
「うん。ありがとう」
なにはともあれ、あれでもお客さんだし待たせる訳にはいかないからすぐさま4番テーブルである入り口から右寄りの真ん中あたりにあるテーブルに向かう
「ありがと」
例の片平先生は店にあるファッション雑誌を読んでいた
てっきり母親と話をしてるかと思ったがこの時間は忙しいからできなかったか
「先生、あのエプロンの子誰だか分かります?」
「ん~?」
先生にさっき話していた女の子を指差してみせたが
「ここ暗いし、顔はっきり見えんで分からへん」
「ですよね」
「おい。聞くだけ聞いてどこ行くんねん」
「仕事です」
そう。別に先生に聞きたいのは答えじゃない
薄暗い。その再認識
それをあの特徴がここでは分かりづらい片平先生を特定したというあの女の子
一体どんな目してるんだ
「私、目がおかしいからね」
「うわっ!!びっくりしたぁ!!」
また近くにその女の子がいたと思ったら話し出して、仕事に戻っていく
その女の子の身長が俺より高い。190はある事以外この場では分かりようがなかったが
とりあえず、あの子のクスクス笑った顔に美人➕小悪魔要素のかわいい子という事で脳内データに入れておくとしよう
そうして仕事も閉店となった
「あ~。疲れた~」
「あんた、学校あっただろ?あたしゃ、1日だよ」
学校は学校で大変なんだよと言ったところでどうにもならないから、「すいませんでした」と言いつつ、ずっと気になってた女の子の所に行く
女の子は椅子に座って伸びをしていた
「同じ高校だよね?」
「そうだよ。水居菊乃ね。渓匠高校1年普通科。よろしく」
敬礼ポーズでそう言われたのはかわいいから許すが、しかし、はて?俺も普通科である
それも、同じ学年
まあ、2クラスあるからそれなんだろうけど
「えーと、君の名前聞いてもいい」
どうでもいい事に思考を巡らせていたら件の子が聞いてきた
「金切安時泰」
「そう」
名前を聞き、視線を一度下げぎみにした後、再度俺の方を見て
「ちょっと私と付き合ってくれない?もちろん男女の意味で」
へ・・・・・・・・?
いや、あなた。何言ってるんですか
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