吸血姫は血がお嫌い!?

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第1話 吸血姫は箱入り娘!

光届かず怪しく揺らめく樹海の奥深く、木々を抜けたその先に曇天の空の下、そこに広大な土地を有した屋敷が建っている。


屋敷の周りには柵が張り巡らされ、柵にはツタの葉がびっしりと絡みついている。


端から見たらホーンテッドマンションとしか言いようのない凄惨な有様だ。


だが、中は外見とはとって変わって綺麗なものだ。


隅々まで掃除の手が行き渡り、窓の縁さえ埃が溜まっていない。


なら外装もしっかり掃除しろよと文句を言いたくなる。


そんな屋敷を右往左往して行く先、ある一室の扉の隙間から光が、微かに話し声、いや独り言ととも漏れ出ている。


そこは、食堂だった。


鮮やかな刺繍を施されたテーブルクロスを敷かれた縦長のテーブルが部屋の中央に置かれ、その周りに椅子が均等な距離で並べてある。


奥には、暖炉がメラメラと音をたて薪を焚いている。


その目の前の席に、紺色のローブに身を包み、黒髪をオールバックに決めた筋肉隆々の大男がどっしりと座っている。


迫力満点な容姿はヤクザやマフィアさえも恐れ慄く凄味を放っている。


そんな彼の座る椅子の足はもう耐え切れないと言いたげそうにギシギシと不安な音を発てへし折れそうな勢いである。


そして、その大男の両斜め前の席には、少女と青年が座っている。


少女はテーブルの上に両肘をつき、重ねた手の上に顎を乗せ、不機嫌そうな表情で沈黙している。


珍しい桜色のロングに桜色の瞳。


彼女の顔立ちにルックスは周囲を釘付けにさせ離させない圧倒的な存在感を醸し出している。


可愛いというよりは美しいという言葉が当てはまる美貌だ。


白のワンピースにベージュのカーディガンを羽織り、季節的には辛い服装である。


けれど、彼女は眉一つピクリともさせず平然いや不機嫌な顔をきっちり守っている。


とは言っても全くよくこんなセンターオブジアースからこれほどの宝石を掘り当てられたものだと驚嘆してしまう。


そして、もう一人の青年は少女とは対照的に背筋をきちっと伸ばし、独りでに明るく脳天気に無言の彼女にニコニコしながら、語りかけている。


「全くいつもそんな無愛想な顔してると幸せ逃げていっちゃうよ。ほらニコッとしてみて。」


彼女は無反応。


だが彼はめげるどころか、


「全くそんな君だから可愛いんだよね。もうお兄ちゃんは我慢できないよ!」


パシャパシャ…


手にカメラ握り、シャッターボタンを連打している。


瞬間移動を思わせる高速移動で、様々なアングルから撮影を始めた。


先程の貞操が嘘のようだ。


外見は気高く高貴な美青年であるのに、まさか内面がこんな残念なパパラッチまがいの変態さんだったとは、酷く裏切られた気分にもなる。


無許可で撮影されている彼女はそんなことを気にもとめず、それよりも大男を睨む方に気が気でないようだった。


そんな、複雑なムードの中へ扉を静かに開け、メイドの女性がこの雰囲気を気にもとめず、つかつかと入ってきた。


片手に赤々とした液体の入った三つのグラスをトレーに乗せている。


メイドは三人の席の前にグラスを丁寧に置くと大男の横に退いた。


少年も撮影衝動が治まったようで元居た席へと戻る。


男二人はグラスを手に取り掲げ乾杯といった形をとっているが、少女だけは全く乗り気ではない。


それどころか、


「シンクレア、こっちに来て私の代わりにこれを飲んでくれないかしら?」


と手招きをして、透き通るような美しい声で片付けるように促していく。


「それは、なりません!私程度の者が吸血姫(ドラキュリア)たる貴女様のお食事をいただくなど…」


「なら、捨てるわ。」


と腕を振りかぶり、グラスを弾き飛ばそうするが、


「ダメです!!」


とメイドが血相を変えて、止めにかかる。


「そのような、勿体のないことはさせられません!」


「なら、飲みなさい。」


メイドは、押し黙ってしまった。


(飲ませてはいただきたいけれど、この場でいただくのはかなり気まずい…)


そんなことをメイドは悩んでいた。


そんなメイドを気遣ってか、大男が口を開く。


「全くアリシア、お前というやつはもう少しは高貴な吸血鬼としての自覚を持て!」


図太い声が部屋中に響き、少女ーアリシアを威嚇する。


だが、アリシアには全く通用せず、それどころか…


「何が高貴な吸血鬼よ!都会の街中徘徊して、今苦しんでいる患者さんのために血液を提供してください、なんて医師装って献血詐欺などみっともないとは思わないの?恥を知ったら!」


と説教の返り討ちにあう。


大男は、ぐうの音も出ない。


青年は顔を背けて、笑いを堪えているようで肩がピクピク動いている。


大男はそんな青年を睨みつけるが、チラッと大男と目を合わせたと思ったら、直ぐに顔を背けククク…と口から笑が漏れてしまうほど受けてしまった。


そして、アリシアは大男に追い討ちをかける。


「本当に情けない。そんな見っともない羞恥をさらすくらいなら、いっそのこと人を襲って捕まってくれないかしら?私は喜んで見送るわ!ブラド公…。」


と大男ーブラドを突き放すように告げる。



この一言が決めてとなったのか、ブラドは先ほどの堂々とした態度が形をなくし、肩を竦めて、人差し指同士でつつき合い始めた。


「何でそんなこと言うの?パパ悲しいよ…。そんな娘に育てようとした覚えはないのに!」


と図体に似合わない拗ね方をする2人の父親ブラドにおぇ~と青年は吐きそうな素振りを見せる。


「シャール兄様、あまりそういうことはしないで欲しいものだわ。私、かなり我慢していて辛いんだから。」




「あっそれは悪かったね!いや流石に堪えきれなくてさ。全くこんな素直な子に産まれちゃってお詫びの言葉しか浮かばないよ。」


青年ーシャーロックは罪悪感の一つも感じてない様に清々しい笑顔をあえてブラドに見せ付ける。


「何故だ!何故お前達は、父である私を精神的に追い詰めようとする?」


ブラドは、机を叩き立ち上がった。


シャーロックとアリシアは、ブラドの激昂に心底あきれ返り、目を丸くしてしまう。


二人は、ブラドから目を逸らし、兄妹の丸くした目を見つめ合い、意思疎通を行ったのか顔近づけ合い、耳打ちを行う。


「あれ、やばくない?どうネジを弛めたらあれだけスクラップなガラクタに様変わりするのかな?」


「ええ、まずいですね。流石に私としても、あれの相手をこれからも続けていくのは、虫酸が走ってしょうがありません。のでここは現実的な一言で、突き放しましょう。」


シャーロック、アリシアはそんな台詞言われずとも理解してると言うように微笑み合い、ブラドに顔を向け直す。


2人は、一呼吸いれ今日一番の笑顔を創り出す。


そして、


『目障りだから!』


と口を揃えて言い放った。


2人はその言葉を最後に席を立ち、扉の外へと姿を消した。


残されたブラドはというと、椅子に腰をおろし、今までに浴びせられた罵詈雑言に精神が耐えきれなくなったようで…白く燃え尽きてしまった。


翌日、屋敷内は慌ただしかった。


メイド達は、混乱を抱えながら走り叫んだ。


「お嬢様?」


この日、お嬢様たるアリシアは、家出をした。


これを最初に気づいたのは、シンクレアだった。


毎朝起床の手伝いをする事をアリシアから義務づけられていたシンクレアは、いつも通りにドアをノックし、入室許可を確認し、返答はないのでそのまま部屋に入る。


ここまでは何も変わらないいつも通りの流れだった。


しかし、ベッドに誰もいない…。


シンクレアは思案した。


通常、お嬢様は自分お一人で起きるということは断固としてあり得ないこと。


そのため、私がいつも起こしにきているのである。


ならば、これは一体…


誰かがお嬢様を起こしにきた?


でも、それは私に任せられた義務だ。


他の者が手を出すはずはない。


ならば、結論は一つだ。


お嬢様自ら寝ずに今日の朝まで起きていた…


そして、気づく。


ベットの横に置かれた丸テーブルに書置きがあるのを。


「私がこの屋敷を勝手に出て行く事を許して下さい。あなた達には感謝してもしきれないほどに私のわがままに付き合って貰ったわ。それも、もう終わり。文句を言うなら、ブラド公にぶつけて下さい。追伸、銀の弾丸でも構いませんよ。」


と、感謝の言葉とお嬢様の本音が綴られていた。


シンクレアはこれを読むなり顔を青くし、卒倒しそうになるが、なんとか踏みとどまり急いでメイド達に事を知らせた。


そして、今に至る。


だがこんな状況の中、シャーロックだけは涼しげな顔に笑みを浮かべ廊下を進んでいく。



寒空の下、朝露に濡れる樹海を1人の少女は疾駆していく。


高揚した気持ちは抑えが効かず、口元には笑みが零れ、身体には重力が働いていないのではないかと疑えてしまうほど身軽に感じられた。


自分を縛る父親という枷から離れ、まだ見ぬ未知の世界への好奇心が彼女の脚を前へ前へと押しやって行く。


これで、晴れて私は自由よ。


この想いを胸に、少女ーアリシアは暗い樹海を切り裂く眩い希望への光明に飛び込んで行った。

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