幽霊の存在が肯定された今、僕達はどう生きるのか。

サカナ先輩

プロローグ オワリノハジマリ

 五月三日。

 規則正しく並ぶ月日という絶対的な順番を間違えずにやってくるこの日は、人間によって世界の至る所に存在する幽霊に関しての新しい発見や実験などが発表され知識が開拓されていく。

 ただ毎年毎年この日は同時に、発見の代償のようにして惨事が起こっていた。


 そしてそのジンクスは今日の日付である2028年五月三日も、例外にはならない。



「あぁ、愚かしいっ!!」


 目の前でうごめくSランク女型の怨霊は、蝶のような可憐な舞いと、蜂のような猛功で人々を、町を火の渦へと葬った。


 狐のようにつり上がった目。

 完璧なまでに整っていたはずの容貌も、自分の手によって町を混乱に陥れたことに対する満足感故の笑顔と皺で台無しに。

 貞子のような長髪にして量。

 しかしそのオーラは貞子、と言うよりメデューサに近しいおぞましさを帯びている。


 街灯に反射し特有の光沢をもった赤黒い血だらけのドレスは、ところどころ破れていたり剥がれていたりと、ボロ雑巾のようだ。

 破れ落ちた布片すらも怨霊と共に揺らめいている。


 何よりも目を引くのは、白い右手に握られている無光の、暗黒で染まった幅広な剣。

 数々の建物群を、たったの一振りで簡単に崩壊させててしまうほどの威力を誇る。


 長く、太く、そして丈夫。

 右に出る剣の存在を真っ二つに否定してしまう。無敵の二文字がよく当てはまる、豪快な形を持ち合わせている。

 その丈夫さをもってして、いかなる攻撃をも簡単にねじ伏せ、いかなる盾も問答無用に一刀両断してきたであろう。


 怨霊の後ろに続く、火だるまと化した赤い街。

 細く清げなる右手一本で、自分の体の一部みたくいとも簡単に剣を振るい目の前のものを破壊していく。

 そして何より、眼前の怨霊が持つ肩書きの『視界コロシデッドヴィジョン』から、すべての運命を悟った。


 ——勝ち目なんて、なかったんだ。


「おにいぃぃさぁぁぁぁん」


 向かい風ではためく黒髪は、漆黒の夜空に溶け込み、

 ひらひらと舞っていた怨霊は、そこらかしこに飛び交う火の粉を従えて急降下してきた。


「ふふふふふふふふふふふふふふ!!!!」


 不敵な笑みは、見るもの聞くものすべてを恐怖のどん底へ落とす。

 脚がすくみ、口が全く動かない。

 幽霊から放たれる脅威的ですさまじいオーラによって。


 そうか。

 ランクの高い怨霊は、いとも簡単にオーラで金縛りをかけられるのか。


「これで、、、お・わ・り」


 耳元に囁かれた、トラウマを植え付ける声と同時に、見動きをとれない健二けんじの腹には一つの大きな刺し傷が生まれた。

 腹を貫いた剣は、隣町に届くのではないかというほど伸びに伸びる。


「うっふふふふふふふふふふふふ」


 怨霊は勢いよく大剣を腹から抜きとり、健二そっちのけで力任せにコンクリートへ叩きつけた。


 ズドンっっ!!


 恐怖と混乱であふれる夜を駆ける鈍い轟音は、相応の威力で地を揺るがす。

 数十メートルにも及ぶヒビは、コンクリートだけでなく、空気意外の何もない虚空にすら入ってしまった。


 健二の腹にできた穴。

 それはまさに剣相応の深さと、彼にしては大きすぎた激痛を味わわせるものとなった。

 噴水と化した健二の腸から噴き出す血しぶきを眺め、怨霊は狂気じみた笑顔を手向ける。


「はぁ、ざぁんねぇん。こんな簡単に、人って死ぬのねぇ……」


 健二の口から吐き出された血の塊。

 夜空を迂回する悪霊と人魂ども。

 人々のわめき声と炎で埋まった四月四日の夜。


 魑魅魍魎の蔓延る世界で怯え暮らしていた内田健二の人生に、大きな幕が下ろされた。

 齢十六歳。

 その小さくも抗おうとした彼の命は、こうしてはかなく消えた。



 という不謹慎な夢を、健二は腹を出して見ていたのだった。

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