在原紅葉の秘密
在原紅葉。透とは小学校の頃からの十年近い付き合いであり、幼馴染と言える間柄である。
家も近く、小中高と二人は一緒の学校に通っていたが、高校入学後すぐに変化は訪れた。
透がゴロゴロ文庫新人賞に入賞したのだ。
プロ作家になって以降、執筆のために学校はまともに行かなくなり、実家を出て編集部の近くのアパートに住むようになった。
それから二年間、紅葉は週に二、三回ほど透の部屋を訪れて、学校に来るよう説得しているのだが、結果は芳しくない。
今の透は執筆こそが第一であり、学校はどうでもいいのだ。
そして現在、日が沈み始めた夕暮れの中、紅葉は一人帰路についていた。
「……バレてないよね?」
『JSは最高だぜ!』の四巻を片手に不安げな声音で呟いた。
実は紅葉には、透に知らせていない秘密がある。それは、
「ん……?」
そこで、カバンの中のスマホが微かに震えていることに気付いた。
取り出してみると、メールが来ていた。早速スマホを開いて内容を確認する。
『件名:お疲れ様です』
『今回の仕事もお疲れ様です。相変わらず見事なお仕事でした。次回もお願いします、プリティーガールさん。
「はあ……」
紅葉――ペンネーム、プリティーガールは、メールの内容に目を通して溜め息を吐く。
彼女がプリティーガールの名前で絵師を始めたのは二年前。丁度、透がラノベ作家としてデビューし始めたばかりの頃だ。
紅葉は元々絵を描くことが好きで、中学の頃は美術部に所属していた。
美術部では人体模写に始まり、銅像やリンゴなど、身近にあるものを描いていた。
しかしある日、透がラノベ作家を目指していることを知り、気になった紅葉はラノベについて調べた。
そうしてラノベを調べる過程で、紅葉自身もラノベの魅力に取り込まれていった。
中でも紅葉を惹き付けたのは、ラノベの挿し絵だ。
作品毎に、違う絵師が描いたキャラたちは、美術部で描くものとは違った魅力を紅葉に与えた。
ラノベの挿し絵に魅了された紅葉は、こっそりと二次元のキャラを描くことを始めた。
最初の内は、今まで描いていた絵と勝手が違い苦戦したが、それも短い間のこと。すぐに慣れた。
だが、調子に乗ってネットに投稿したのは失敗だった。
紅葉の描いた作品に目を付けたゴロゴロ文庫の人間が、紅葉に電子メールを送ってきたのだ。
内容は、とある新人作家の作画の依頼。
元々趣味でやっていたため断ろうとしたが、作家がJS太郎――つまりは透であることを知り、躊躇した。
そこから数日の間、頭を悩ませながらも結論を出し、現在に至るというわけだ。
「いつまでこんなことをしてれば……」
弱々しい声が紅葉の口から洩れる。
描くのは全く苦ではない。しかも、お金までもらえるのだから喜ばしい限りだ。
ただ問題は、透がプリティーガールの絵を褒めちぎること。
目の前で自分のことをこれでもか、というくらい褒められるのは、頭を抱えたくなるほど恥ずかしい。
そのため、未だにプリティーガールの正体が自分であることを明かせないでいる。
何とかならないものかと思うが、
「それにしても、透ってば……ふふふ」
何だかんだ思いながらも、褒められるのは嬉しいので笑みを浮かべるのだった。
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