21.山中にて
アコーラ市は都会だが、北側の街道だけは早くから山中になる。
馬車で一日行けば山地に入り、二日行けば小さな村が点在するばかりの山奥だ。
そんな緑豊かな山々の一画に、二人の冒険者がいた。
「あった……あれだな」
「ちょっと、気をつけなさいよっ」
斧使いと魔導士である。
少し前に冒険者協会第十三支部でステルと会った後、二人はこの周辺で探索を行っていた
協会が野外探索能力の高い冒険者に声をかけまくる程重要な案件があったためだ。
その案件の正体が、二人の視界の先にあった。
「オークの砦だ……。でかいな」
「元はこの辺りの領主が作った砦だからね。百年以上前のだけど」
木々の間から覗き見えるのは山肌に造られた古い山城だ。
片側が崖になっていて、もう片方は急峻な山肌。
古いがまだ頑健そうな城壁を持ち、出入り出来そうなのは城門一つのみ。
かつて、この周辺で領主達が小競り合いをしていた名残の山城で、今となっては無人の廃墟のはずだ。
しかし、今は最悪の存在の住処となってしまっていた。
山城を見つけて二時間ほど偵察した二人だが、出入りするオークやゴブリンを幾度も見かけていた。
「砦を見つけたのは、運がいいのか悪いのか……」
「見つからないよりはいいでしょ。これ以上の被害を防げるんだから」
この地域では、すでに村が一つ滅んでいる。
オーク達は生活手段は基本的に略奪だ。
魔物に襲われた村は悲惨な状況で生き残りはわずかだった。
そして、そのわずかな生き残りからの情報が、アコーラ市を動かした。
都市の近辺にオークが出現するのは一大事である。
適正のある冒険者に調査の依頼が一斉に出され、斧使い達もその流れに乗った。
しかし、まさか当たりを引くとは思わなかった。
これが幸運か不運か計りかねつつ、二人は仕事にかかる。
斧使いが懐から望遠鏡を取り出す。魔法でもないのに魔法のように遠くを見渡す素晴らしい発明品だ。
焦点を合わせつつ、無言で観察を続ける斧使い。日が落ちきるまでまだ数時間ある。偵察の余裕くらいはまだ十分にあった。
「どう? オークの数とかわかる?」
「とりあえず一体。見張りのゴブリンのまわりをうろついてんな」
「結構大きい砦よ。もう何体かいるんじゃない?」
「だな。もう少し時間をかけて観察するか」
無言で頷き。魔導士が小さな缶状の魔導具に丸い球を入れる。
気配隠しの魔導具である。魔力を充填した魔集石を入れる事で、かなり長いこと隠れる事のできる優れものだ。
魔導具で気配を隠せばこの距離でも大丈夫。
二人はこれまでの経験からそう思っていた。
だが、それがいけなかった。
望遠鏡のレンズの光は反射する。
更に、魔導具による姿隠しの魔法を見破る魔物も存在するのだ。
一時間後、その存在の姿を山城の城壁の上に見た瞬間、斧使いは全身が総毛立つのを感じた。
「ヤベェ……ダークエルフだ」
「……嘘でしょ?」
魔導士の声が緊張にこわばる。
ダークエルフとは肌が黒く、耳が長く、細身で、魔法と知恵と俊敏性に優れるエルフのような種族だ。
しかしながら、エルフとこれといった関係のある種族ではない、純然たる知恵ある魔物の一種とされる。
ダークエルフは知恵持つ魔物の中でも最も手強い存在の一つであり、その上位には竜か巨人といった伝説上の存在がいるくらい。
現実的に遭遇する障害としては最上級の存在といってもいい。
実力を上げているとはいえ五級冒険者の二人の手に負える存在では無い。
何より、あれがダークエルフの砦ということはオークとゴブリンの数がかなりのものだと想定される。
アコーラ市の判断は正しかった。これは都市の危機だ。
しかし、それ以上の問題が二人にはあった。
間違いなく、向こうはこちらに気づいている。
ダークエルフが現れるなり、オークとゴブリンが慌ただしく動き始めたのだ。
「気づかれた。逃げるぞ」
「……わかったわ」
二人の決断は早かった。
それが絶望的な逃走になるとわかっていても、最善を尽くすのが冒険者だ。
○○○
「ちっくしょう! 大分前に気づいてやがったな!」
「でしょうね。油断した」
走りづらい山道を器用に下りながら、魔導士の少女は目の前に現れたゴブリンに魔導杖から放った魔法の一撃を放った。
威力の低い衝撃波の魔法。
ゴブリンの動きを止めるには十分だ。
怯んだところに戦士が斧を叩き込む。
ダークエルフはいつの間にか二人の周囲に部下を配置していた。
魔法か何かによるものだろうが、検証する暇はなかった。
登ってきたルートは使えない。
二人は勘を頼りに山中を逃げていた。
双方の距離があったおかげか、まだダークエルフとは遭遇していない。
それでも、時折現れるゴブリンとオークが神経を削る。
二人は強い。既にオークを二と十以上のゴブリンを倒した。
そして、その戦闘は確実に二人の気力と体力を削いでいた。
二人は荒い息を吐きながら会話する。
「…………まだ行けるか?」
「何とかね。でも……」
「ああ、ダークエルフが近づいてる気がするぜ」
物語に出てくる達人のように気配を感じられるわけではない。
殆ど錯覚みたいなものかもしれない。
しかし、何となく二人ともダークエルフの接近を予感していた。
あの手の魔物は確実に目の前に現れるはずだ。
山道を外れ、木々の間、藪の乗り越える。
土と木と草と虫と疲労、全てが不快だった。
だからといって止まるわけにはいかない。
「なあ、川の音が聞こえるの、気づいてるか?」
「えぇ……。この辺りの山には川が合流して大きくなってるところがあったわね」
二人は闇雲に山中を走っていたわけではない。
自分達の得た情報は何としても持ち帰らなければならない。
何とかそれが出来そうな場所、川を目指していたのだ。
「お前、一か八か、飛び込んで逃げろ」
「………二人一緒じゃだめなの?」
「待ち伏せてるだろうからな……」
奴らがやっているのは狩りだ。
川の音が聞こえてきた当たりから、魔物があまり接近してこなくなっている。
これは誘導だ。川の近くで木々が切れれば、姿を現す。
斧使いはの武器は魔導具。その能力を全力で使えば、一時であれ足止めは可能なはずだ。
そんな斧使いの覚悟を察したのか、魔導士の女は頷いた。
「わかったわ……」
「助かるぜ。この情報は絶対に伝えなきゃなんねぇ」
ダークエルフの軍勢は大きな脅威だ。
この情報が伝わるかどうかは大きい。
「まさか、アコーラ市の近くで死ぬことになるとはな」
わからないものだ。もっと、どこかの遠くの場所が最後の地だと思っていたのに。
「縁起でも無い事いわないでよ……」
魔導杖の膨らんだ箇所に鉄製の薄い札を差し込みながら魔導士の女が言った。
薄い札は緻密な魔法陣になっており、何を組み込んだかで魔導杖から出る魔法が変わるのだ。
彼女もまた、ダークエルフと戦うため、普段は使わないような大魔法を組み上げていた。
二人は木々を抜けた。
その先にあったのは少しの平地と、死なない程度の高さの崖。その向こうから水音が聞こえてくる。
そして予想通り、ダークエルフが居た。
二人に会わせるように、少し離れた森からオークとゴブリンを引き連れて、黒いエルフが現れた。
ゴブリンとオークの数は合計二十。
絶望的な戦力差だ。
「……ずっと近くで追ってやがったか」
悪態が聞こえたのか、ニヤリと笑うダークエルフ。
黒い肌に白髪。こちらを威圧するような凶悪な目つき。
黒い衣服に身を包んだ典型的なダークエルフだが、右手に包帯のように黒い布を巻いているのが目についた。
「なかなか楽しめた。良い獲物だったぞ貴様達」
「そいつは良かったな、糞野郎」
戦士は斧を構え、一瞬だけ魔導士に視線を送る。
「良い目だ。この場で殺すのが惜しくなってきた」
「こっちも死ぬ気なんざねぇよ」
戦士の答えに、オークとゴブリンが武器を構えた。
オークは棍棒、ゴブリンは弓矢。
統制の取れた動きに、小細工はできそうにないことを戦士は察した。
「男は不要だ。殺せ」
その言葉を聞き、殺気立った魔物達が動いた。
「そう簡単に―――」
敵に合わせて戦士が魔導具の力を解放しようとした時だった。
「風よ! 爆ぜなさい!」
唐突に、魔導士が魔道杖を掲げた。
杖が魔力の輝きを放ち、目標に向かって魔法を発動させる。
その魔法の標的は、斧使いだった。
避ける間もなく、斧使いの全身を、すくい上げるような暴風が襲った。
爆発するかのような暴力的な風が、鎧を着た男を吹き飛ばす。
「ぐっ。おまえっ」
「悪いわね。私、泳げないのよ」
そんなやりとりをするので精一杯だった。
最後に見えたのは、魔導杖を手に、気丈に笑みを浮かべる相棒の女性。
風に攫われ、すぐにそれすら見えなくなった。
相棒は自分を追いかけて、川に飛び込むそぶりすらなかった。
囮になる気だ。
ちくしょう。やられたぜ。
やるせない気持ちで、斧を手放す。
彼女の意志を無下にできない。
川を下り、情報を伝えるのは自分の役目だ。
頼む。何とか無事でいてくれ。
その思いが言葉になる前に、男の全身は川へと叩き込まれた。
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