20.ステルの休日 その2

 最初にステルが案内されたのは、魔導具の部品や中古品が並ぶ通り。

 先ほどまでの商店が並ぶ通り沿いと違って、細い路地、そこに所狭しと店舗がおしこまれた雑多な場所だ。

 とりえあえず、ステルは感動していた。


「お、おおぉぉぉおお。すごい……」

「ステル君、本当に魔導具が好きなのね」


 見た事もないもの、用途すらわからない部品が並ぶその光景は、ステルにとってこれ以上ないご褒美だった。


「だって、ここにあるもののおかげで誰でも魔法が使えるんですよ。凄いじゃないですか」


 不便な山奥で暮らしていたステルにとって魔導具とは便利の象徴なのだ。

 それを作る人、研究する人はそれだけで敬意の対象で、扱う店舗は感謝の対象なのである。

 

「確かに凄いけれど、大げさに捉えすぎじゃないかなぁ……」


 一方のリリカは微妙な顔だ。彼女にとって魔導具とは物心ついたときから当たり前に身近にあるもので、魔導革命による文明の便利さも当たり前に享受してきた。

 その当たりの認識の違いは仕方ないと思いつつ、彼女は知り合いの店主に挨拶しながら細い道を先導する。

 慣れた様子に好奇心を抑えられなかったステルが質問する。 


「よく来るんですか?」

「一応魔導科だからね。実験とか個人製作とか趣味とかでちょっと」

「へぇー、そんなこともするんですね」

「基本は座学だけどね。魔導科は色々実験とかもするから」

「学院で学ぶなんて生き方もあるんですね。都会は面白いです」

「興味があるなら今度詳しく教えるわよ。あ、ここよ。ステル君の好きそうな店」

「あ、こ、これはっ」


 案内された店舗を見て、ステルは珍しく驚きの表情になった。

 他の店と同じく狭い店内、物は多いが、整然と整理された棚。

 所狭しと並ぶ魔導具はよく手入れが行き届いた店舗。

 そして、他と一線を画す価格。

 ここは高級な魔導具やその部品を扱う店舗なのだ。

 ステルが注目したのは棚の一画。中古品のコーナーだった。

 そこに並んでいたのはステル好みの商品。具体的に言うとアジムニー社のものがいくつも並んでいた。


「ア、アジムニー社の魔導具がこんなに。中古だけどちょっと高い、でも……」

「元が高いから安く見えるわよね。しかしこのメーカー、ホントに実用性よりデザイン重視なのよね」

「それがいいんじゃないですか。上質な無駄が生活を上向かせるとかそんな感じですよっ」

「……そ、そうかしら。意外よね。ステル君、もっと実用的なものが好きそうなのに」


 ステルらしくない勢いに押されるリリカ。

 どうやらこの店舗に連れてきて良かったらしいと心の中でちょっと安堵する。


「もちろん、実用性は大事です。でも、外見が優美なものが部屋にあるだけで、ちょっと雰囲気変わるじゃないですか。魔導具の大半は実用品ですから、デザインも画一的で」

「それはお母さんの好み?」


 悪戯っぽくリリカが問いかけた。

 彼の口から時たま出る母の名前。

 生まれてから成人するまでずっと一緒暮らしていたのだから仕方ない。

 とはいえ、この年齢でそこまで話題に出るのは珍しいので、からかってみたくなったのだ。

 対して意外にもステルは真面目な顔で考え込んでから返事を返した。


「……母の趣味ではないと思います。どちらかというと実用性で選ぶ人でしたから。はっきりと好みのメーカーが出来たのは都会に出てからですし、これは僕の好みですね」

「なるほどね。ステル君の趣味ってことね」


 どうやら、母の影響は多大ではあるが、独り立ちしていないわけでもないようだ。

 面白い子だわ。

 素直にそう思う。学生だらけの環境で生活していると、ステルのような人物は珍しい。


「せっかくだからお土産になりそうなものでも探したら? そのうち実家に帰る事もあるでしょ?」

「いいですね。その方向でも探してみます」

「ここ以外にもお店はあるから、慌てて買わずにゆっくり見るのがおすすめよ」

「はい。それでいきましょう」


 その後、二人は雑多な魔導具街を午前中一杯堪能した。

 変わった魔導具を見かければステルが吸い寄せられ、リリカがそれを説明する。

 歩くのに疲れたら適当なところで休憩し、また歩いた。

 

 そして、あっという間に昼になった。

 昼食はリリカおすすめの食事処となった。新しめの明るく清潔な店で、値段は普通よりちょっと高いのが特徴だ。

 二人は肉料理を食べながら雑談中である。味も量も悪くないので、高めの価格にステルも納得であった。

 話題は勿論、午前の買い物についてになる。


「結局何も買わなかったのね。まあ、もともと店を見て回るだけの予定だったけれど」

「いやその、目移りしてしまったのと……その、値段が」

「ステル君はいいセンスしてると思うわよ。目を付けたのが全部高額商品なんだもの」


 ステルが主に選んだのは調度系の魔導具で、造形的な評価や魔導具としての価値が高く、おかげで価格が非常に高いものばかりだった。

 正直、先日の『見えざる刃』の報酬があるので買えなくもないだが、実用品で無い点を鑑みるとちょっと購入を躊躇う価格帯だったのである。


「……あれを買えるくらいお金を貯めるのを目標にします」

「そうね。ステル君ならすぐだと思うわ」


 リリカはお世辞抜きでそう言った。十級とは思えない実力を持つこの少年なら、すぐに然るべき水準の報酬を受け取るだろう。素人とは言え共に戦えば、そのくらい一度でわかる。


「そうだといいですけど。そうだ、午後はどうするんですか?」

「朝話した通り、ステル君の服を買うわ。そんなに高くないのをね」

「こちらの懐具合まで気をつかって頂き、感謝です」

「せっかくだから、似合う奴を……あ、そうだ。大事なことを忘れてたわ」

「どうしたんです?」


 リリカの声のトーンがいきなり変わった。

 これは真剣な話だ。

 それを察してステルも真面目な顔をする。


「……ステル君って……男の子で、合ってるわよ……ね?」

「………………」


 沈黙がその場に舞い降りた。

 実は出会った時からリリカもまた、他の人々と同じようにステルの性別について悩んでいたのである。

 言動や所作から多分男だと思うのだが、外見が女性的すぎるのだ。主に顔とか。

 

「……………………」


 もしかして、女の子だったのかしら?

 あまりの沈黙に、リリカは自分が間違えたのではないかと判断しつつあった。

 流石に失礼すぎる、謝らないと。

 そう思った時、ステルが嬉しそうな顔をして身を乗り出して来た。


「あ、ありがとうございますっ。この街に来て、最初から僕を男扱いしてくれたのは多分リリカさんが初めてです!」


 物凄く嬉しそうなステルを見て、リリカは色々と察した。

 きっと、彼なりに凄く思うところあったのだろう。しかし、ステルがどうしようもなく可愛い外見をしているのも事実なのだ。

 少年の心中を察し、リリカは優しくしようと胸の内で思うのだった。


「じゃ、じゃあ、かっこよく見える服を探さないとね」


 実は最初は女だと思っていたが、教授との会話から類推しただけだとは、とても言えなかった。



     ○○○



 午後三時までひたらすら服の店を回らされた。

 いつの間にか、ステルだけでなくリリカの服も選ぶ事になり、大きな店でひたすら着替えだった。

 女性ならともかく、ファッションに疎いステルにとってはなかなか辛い体験だった。 


 しかし、成果はあった。

 大量に自分の服を買い込んだリリカに対してステルは一着のみの購入だったが、地味すぎず、かといって主張過ぎないデザインの服を手に入れる事が出来た。

 新しい服というのはステル的にも嬉しい物で、満足いく買い物だった。


「今日はありがとうね、ステル君」


 乗合馬車で学院の近くで降りるとリリカは溌剌とした笑顔で言った。

 彼女の住居は親が用意したもので、使用人もいて一応の門限がある。

 そのため、午後三時になった段階でおでかけは終了となったのだ。

 リリカの荷物を持って、隣を歩きながら、ステルは笑顔で会話に応じる。


「お礼を言うのは僕の方です。色々とありがとうございました」

「いいの。本当はね、どこかで冒険者になるべきかを相談したかったの。楽しくって忘れてたわ」


 実に気楽に、それでいて重要なことをリリカは言ってきた。


「そういえば、御両親の事情で冒険者になれないんでしたっけ?」

「そう。私の両親は元冒険者なの。冒険に成功してお金持ちになったのね。私は父様と母様の冒険譚を聞いて育ったようなものよ」

「それは、冒険者に憧れちゃいますね」


 ステルが魔法使いの物語を読み聞かされて憧れたようなものだ。

 自分の場合は素質がなくて不可能だったが、リリカにはそんな根本的な問題はない。


「そう。でも、両親とも私を学院に通わせて、そのままどこかの企業か王宮にでも務めさせる気なの。冒険者は危険だからって」

「僕は子供はいないけれど、その気持ちはわかります」


 今、ステルの着ている服は母からの最大限の贈り物だ。

 この非常に強力な防具は、息子に何とか無事でいて欲しいという、願いの結晶と言ってもいい。

 冒険者というのは危険な仕事なのだ。

 リリカがどんな言葉を求めているか、想像はついたが、ステルにその気はなかった。


「言っておきますけど。僕は『自分の思うとおりにした方がいい。冒険者をやってみたら』なんて言いませんよ。命がけの仕事を勧めるほど、無責任じゃありませんから」

「……………」


 はっきりと言い放つと、リリカは笑みを消して黙り込んだ。

 しばらく考え込んで、それからため息を一つついてから、


「そっかー、冒険者のステル君なら、わたしの背中を押してくれると思ったんだけどなー」


 諦めと、どこか安堵の混じったような複雑な笑みを浮かべてそう言った。


「リリカさんは僕みたいに冒険者くらいしかやれそうにない人間じゃないですからね」


 リリカ・スワチカは学院で飛び級する程の秀才だ。

 都会に出てきた取り柄の無い元狩人とは立場が全然違う。

 選べる道も沢山あろうだろう。せっかくだから、もっと悩んでから決めるべきだ。

 それが、ステルなりの考えだった。


「僕は会ってから日が浅いのでリリカさんの詳しい事情は知りません。でも、これは沢山悩んでいい問題だと思います」

「そっか。それもそうね。もう少し、思い悩んでみることにする」


 そう言ってリリカは神妙な顔で頷いた。


「ええ、それがいいと思います。御両親ともよく話し合ってください」

「そういうところ、学生と違って大人っぽいわね。ステル君、わたしより歳下なのに」


 感心した様子で言われたが、ステルとしてはそんな自覚は無い。

 そもそも『お前はもう大人だ』といって都会に旅立ったことからして唐突なのだ。


「そうですか? 今ひとつわかりませんが」

「そうよ。わたしみたいな学生との大きな違いだと思うわ。うん、そうね」


 何度目かの頷きと共に、リリカは立ち止まる。

 気づけば、彼女の屋敷の前だった。

 大きな屋敷だ。彼女の両親の力の象徴といってもいい。


「まだ半人前よね……」


 リリカは目の前の少年を見て思う。同い年の彼はなんだかんだで自分一人で身を立てている。

 親の庇護下にある自分とは大きく立場が違う。

 先ほどの彼なりの責任感から出たものだ。

 いきなり社会に出て、自分に彼と同じような生き方ができるだろうか。

 これは、一考の余地のある議題だ。


「……せっかくだから、学生のうちに色々と考えてみる事にしたわ」

「そうしてください」


 二人が門の前に立ってしばらくすると、使用人がやってきた。

 荷物を渡し、ステルは一礼する。

 

「今日はありがとうございました。楽しかったです」

「私も楽しかったわ。本当にありがとう」

「面白い魔導具があったら、是非教えてください」

「約束するわ。またね。帰り道、気をつけて」

「はい、また」


 そんなやりとりの後、門の向こう、屋敷の入り口に消えるリリカを見送ってから、ステルは家路についた。

 手には今日買った新しい服。

 そして、それ以上の収穫があった。

 

 新しい友人、知らない商店、知らない生き方。

 今日は新しいものを沢山知る事が出来た。

 良い休日だった。

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