8.王立学院で依頼を聞こう
王立学院アコーラ校。
アコーラ市東部の外れに位置し、内部に多数の校舎や研究施設、森に小山といった広大な敷地を持つ学院だ。
聞くところによると王都にある本校よりも規模が大きく、今も森を切り開いて拡張中らしい。
朝一で冒険者協会の受付で依頼を確認したステルは、乗合馬車ですぐに学院に向かった。
各所に設けられた門とその向こうに見える規模に呆然とした後、守衛や学生に道を聞きながら目的地に向かう。
向かう先は薬草科。研究棟が学院の敷地の端っこにあり、そこに植物園や実験農場などの広いスペースを持つ名物学科だ。
ステルはもの珍しげに周囲をキョロキョロしながら歩く。
「こっちで合ってるはずだけれど」
入り口で貰った地図のおかげで何とか目的地の方向はわかったが、見慣れない場所なので不安なステルである。
今いるところは練武場と呼ばれる訓練をする施設の集まる場所だった。
冒険者協会の訓練場のような空間がいくつも区切られており、授業中らしい学生が武器を振り回す姿が見える。
「やっぱり都会だなぁ……」
学生たちの武器がときおり魔力の光を放つのを見て、そう呟く。
授業で扱う装備まで何らかの魔導具なのだ。田舎とは違う。
そのうち自分も魔導具の武器でも用意しようかな。
そんなことを思いながら、授業風景を眺めていると、後ろから叫び声が聞こえた。
「あ、そこの黒い服の人! 危ないからちょっとどいてくださーい!!」
声は後ろの上方。つまり、空中からだった。
「はい? って、ええぇっ!!」
空から白銀の鎧を来た金髪少女が、ステル目掛けて飛んできていた。
「うわああっ」
慌てて避ける。
少女の方はステルの居た場所に一旦着地、
「ごめん! ちょっと制御難しくって!」
一言謝ると、再び空高く舞い上がっていった。
明るい金髪をたなびかせつつ、鎧の各所から緑の魔力光の軌跡を残して少女は練武場の方へと飛び去っていく。
「な、なんだったんだ……?」
驚くステルに答える者は誰もいない。
もしかしたらこの学院では珍しい光景ではないのかもしれない。
そう納得し、ステルは依頼主のいる薬草科へ向かい、再び歩みを進めた。
◯◯◯
入り口で「見ればわかるよ。お嬢さん」と言われたとおり、薬草科の建物はすぐにわかった。
全面に硝子をはめ込まれた大きな植物園。
その隣にある慎ましい建物。
それが薬草科の研究棟だった。
茶色い石造りの三階建てで、歴史を感じさせる外観だ。
中も見た目と同様で、茶色を基調とした色彩の内装。
高そうな木材をふんだんに使われた廊下や階段では、かつてはランプや蝋燭が灯っていた場所で灯りの魔導具が淡く輝き、静かで落ちついた空間を演出している。
ステルの目的地は薬草園に一番近い、一階の端の部屋だった。
依頼主の部屋の扉には流麗な字体で『ベルフ研究室』と書かれている。
ノックをすると。「どうぞ」と返事が来た。
少し緊張しながら、ドアを開く。
「失礼します。冒険者協会から来たステルと申します。ベルフ教授からの依頼の受託致しました」
ドアを開け。昨日読んだ教本にあった「丁寧な喋り方」そのままに挨拶をした。
室内では、老婦人が目を見開いていた。
老婦人の近くにはステルより少し年上らしい女学生が二名おり、両者とも手で口元を押さえて目だけで驚きを表現している。
「あの? 間違えましたか?」
そう口にすると、女学生が高速で首を横に振った。
良かった、間違えではないらしい。
ステルは気づいていないが、部屋の住人はいきなり美少女に見える冒険者が来てびっくりしたのだ。
なにせ依頼は山中の薬草採取である。基本的に野外活動に長けた山男が来るのが通例だったのだ。
「まあまあ、貴方が冒険者さん? 想像より大分若くて驚いてしまったわ。さ、お座りになって……お茶の用意をっ」
老婦人の鋭い指示によって我に返った女学生が忙しく動き出す。
すぐにお茶が用意され、室内のテーブルで打ち合わせが始まった。
女学生二人は打ち合わせに参加できないらしく、少し離れた場所で作業中だ。しっかり聞き耳をたてているのをステルの感覚が捉えていたが。
「では、改めまして。ベルフ・マンヘイムです。一応、薬草科の教授をしているわ」
「は、はい。ステルです。新人ですが、頑張ります」
ベルフ教授は上品な老婦人だった。年の頃は六十になるかどうかだろうか。
品の良い良質な衣服、白髪を綺麗にまとめた穏やかな佇まいは、知性と優しさと強さをステルに感じさせた。
「新人? 私からの依頼、結構危険なのだけれど、一人で大丈夫かしら?」
それまでの穏やかな笑みを消し、目を細めるベルフ。
一瞬だが、場に緊張が走った。戦士でも無いのに凄い気迫だ。
なるほど。この面接は曲者らしい。
とはいえ、ステルに交渉の技術など無い。
出来る事は正直に話すことだけだ。
「あ、僕は北部のスケリー村という所の出身で。違うな、えっと。わかりやすくいうと、北部の山奥から来た元狩人です。都会よりも山の中で生きる方が慣れてるくらいですから……」
上目遣いにそういうと、どういうわけか覗いている二人の助手が赤面した。
そして、ベルフ教授は何故か驚いていた。
「スケリー村……。私、行ったことがあるわ。もう40年も前だけれど」
「ほ、ほんとですか!?」
今度はステルが驚く番だ。
大都市の学校の偉い先生が山奥の村を訪れたことがあるなんて、事件である。
「ええ、当時の私はまだ駆け出しで、同僚や他の教授から嫌がらせを受けてね。研究の名目でスケリー村に一人で行くことになったの」
お茶の入ったカップを手に、教授の思い話が始まった。
軽く目を閉じ、過去を懐かしみながらの穏やかな語り口調だ。
嫌がらせにしても危険すぎないと思ったステルだが、話は続きそうなので指摘しない。
「仕事は魔物が蔓延る山中での採取。まだ魔導具も今ほど多くなかったから、正直、死を覚悟したのだけれど、スケリー村には親切な狩人さんがいたの」
「狩人ですか」
「ええ、とても美しい方でね。困っている私を手助けして、一緒に薬草を集めてくれたのよ。私そそっかしいから、名前を聞くのを忘れていてね。随分後悔したものだわ」
それは親切な人がいたものだ。四十年前というと誰だろう。多分、ステルの知る人間ではないだろう。
「僕はその狩人さんほど優秀じゃないと思いますけど、あの辺りの山の中で生きてきました」
「なら。十分ね。あそこと比べれば、この辺りの山なんて温いものよ」
「じゃあ、僕が仕事を受けることを承諾してくださるんですね」
ベルフ教授は笑顔で頷く。
ステルは心中で名も知らない故郷の狩人に感謝した。世の中、有り難い偶然もあるものだ。
「勿論。私が御世話になった村の方ですもの。あの時、無事に帰った私を見た同僚達の顔ったら最高だったわ。その後に、徹底的に全部を叩いたのも含めて……」
ふと気づくと、教授がなんか恐い顔で笑っていた。二人の助手も震えている。
「あ、あの……」
「あら、ごめんなさい。懐かしさに血がたぎってしまったわ。みんな、あれを持って来てちょうだい」
苦笑いを浮かべ、教授が指示を出すと二人の助手が荷物を持ってきた。
ステルの前に置かれたのは頑丈そうな箱だった。背中に背負えるよう加工までされている。
観察すると蓋の部分に魔導具らしき機械がはまっているのに気づいた。
「これは、魔導具ですか?」
「そうよ。保管の魔法がかけられているわ。魔力は充填済み。ここに指定されていた植物を入れてきて欲しいの」
言いながら教授が箱を空けた。
中は二つに区切られており、何も無いスペースと鉢がいくつか固定されている所にわかれていた。
「ここの植物園で育てるサンプルも欲しいから、鉢の中に根と土ごと入れてきてくれると嬉しいわ。空いてる方も根ごと採取したものをいれてくださいね」
「わかりました。数は全部同じで良いですか?」
「ええ、できればでいいわ。量まではこだわらないの。はい、それと地図ね」
次に渡されたのは二枚の地図だった。
一枚はアコーラ市から採取地である山までの行き方。
もう一枚は山中の群生地を記した地図だ。
どちらも詳細でわかりやすく書かれており、ステルでも一目で理解できた。
「アコーラ市から馬車で二日かかる村から山に入ってもらいます。例年どおり群生していれば、七日くらいで仕事は終わるはずよ」
どうやら移動に四日、山中に三日という計算らしい。
なるほど、敬遠されるのもちょっとわかる依頼である。
ただ、ステルにとっては特別問題を感じる類の内容では無かった。
山の中で過ごすのは得意だ。上手くすれば依頼を早く達成できるだろう。
「これだけ準備して頂いていれば、何とかなります」
「良い知らせを待っています。私の思い出の村から来た冒険者さん。そうだ。あと一つ、確認なのだけれど」
「なんでしょうか?」
申し訳なさそうに、教授が言う。
「貴方、男の子で合っているわよね。ごめんなさい、最初にちょっと間違えちゃったわ」
「平気です、よくあることですから……」
最初に驚いていたのはそれでしたか。
口を開けて驚いている二人の助手を見て、軽くうな垂れながらステルは答えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます