立つ鳥のあとに
音崎 琳
1.
明るい光の中で、ぼんやりと目を開けた。ゆっくりと、瞬きを一回。
視界がほんのり、金に染まっている。目を閉じると、陽だまりの温かさが瞼の上に乗っかる。鼻の先に、微かに甘いような布団の匂いが浮かんでいた。
寝返りを打つと、タオル地で出来たシーツが心地よい。頬の下の枕カバーも、小さめのバスタオル。上に薄手の羽毛布団を重ねたタオルケットを被りなおして、もう一度目を
今は何時だろう。日の高さから、お昼前くらい、と大雑把に見当をつける。家の中は眠りこけたように静かだ。
瞼の裏に、光に沈んだ部屋の景色を思い浮かべる。きっと、レースのカーテン越しに照らされて、床の近くできらきらと塵が舞っている。台所の流しは乾いているだろう。そのわきには、やはり乾いた水切り籠があって、たぶんまだ、昨日の夜中に二人で紅茶を飲んだマグカップが置いてある。さすがに、日奈はマグカップまでは持っていかなかっただろうから。
布団の匂いに満たされながら、温かい波に身を任せる。しんと音の絶えた室内と同じように、頭を空っぽにする。
二人用の布団の中で、羽奈の手足は迷子になってしまう。ぐうっと、音もなく眠りに引きこまれていく。鼻腔に広がる柔らかな匂いに、日奈の体温が紛れこんでいるような気がした。
まだ夜が明けないで、ただ夜明けの気配だけが空の色を薄めている時間だった。寝ている間はめったなことでは浮上してこない羽奈の意識が、ふっと細く瞼を開けさせた。隣で寝ていたはずの、日奈の横顔がなかった。
寝ぼけた頭は、瞳に映る景色を思考に結びつけることができない。五感だけが周囲を見渡していて、掛け布団から出ている頬が少し寒かった。かた、がた、ごとん。控えめで、でも隠すことのできない物音が、家のどこかでひっきりなしにしていた。ぱたぱたぱた、と急いた足音は日奈のもので、ほとんど動いていない脳みそが、日奈だから大丈夫、安心しておやすみなさいと目を閉じさせる。
再び落ちていく羽奈の耳に、小さな日奈の声が引っかかった。
――ばいばい、羽奈。
これは、昨日の夜のこと。
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