slavish lives
氷山 優
おいでませケアリナへ
ようこそ。いらっしゃい。
飛行機に十数時間乗った後にこんな歓迎の看板を数枚見れば、旅行地に訪れた実感を得られると思うが今回はそれでは足らない。
ここはケアリナ。
太平洋に位置し、気候はどの地域でも基本的に温帯湿潤。概形はおよそ豪州と一緒だが、島の右端から中央にかけて陸が抉れており、島全体を空から見てみると獣が右を向いて口を開けている様な形をしている。
この国は主に観光業と奴隷産業を収入源としていて、奴隷産業の経済規模は世界一であり奴隷の質も他国とは一線を画す。
歴史的に奴隷というものは紀元前四千年にはもう確認されている。
人が人の権利を奪い、物として扱う。
この至極単純で明快なシステムは現在に至るまで受け継がれている。
しかし、それももう終わりなのかもしれない。近年世界中で全人類はみな平等である、奴隷制度は問題であるというムーブメントが起こりつつあるのだ。
これより奴隷産業は衰退を始めるだろう。
原始の時代より続いてきた営みが途絶えてしまう。
だから僕はケアリナを訪れた。この歴史的な動きの影響で奴隷産業が盛んなケアリナでは今何が起こっているのか、この目で確かめたい。
とりあえず、奴隷の主人から話を聞きたいのだが空港周辺を一通り歩き回ってみても奴隷を連れている人は見当たらない。
仕方ない、予定通り正攻法でいくとしよう。
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空港から徒歩で十五分、娯楽に満ち溢れた街並みの中でシンプルな外装が逆に目を惹く奴隷管理局本部。
まだ昼前だというのに人が頻繁に出入りしている。
中には奴隷らしき人を連れている人物もいたが、アポの時間が迫っていたので声がかけられないのが残念だ。
一階の受付に名前と用件を言うと、奥の部屋へ通された。
「管理局へようこそ。私は広報の者です」
部屋で先に待っていたであろう女性が、いやにわざとらしい笑顔で僕を迎えた。
切れ長の目が印象的で、銀縁のメガネが役人らしさを際立たせている。
「取材がしたい・・確かそういうお話でしたよね?」
「はい、今の奴隷事情について色々と聞きたいことがありまして」
「そうですか。ではご質問をいただければ、答えられる範囲でのみ回答いたします」
予想より好意的。もっと嫌がられるものだと思ったが、もしかしたら色々と答えてくれるかもしれない。
「では、まずこの国の近況を聞きたいのですが」
「近況、ですか?特に変わったことはありませんが・・・」
「は?」
思わず声が出ていた。ありえない。
世界中で奴隷反対のデモや暴動が起きているというのに変わったことがないだと?
「他国ではどうだか知りませんが、この国は至って平和ですよ」
心を見透かされたようにそう言われた。確かにケアリナで奴隷反対運動が起きたというニュースは聞いたことが無いが・・・
「奴隷の皆さんはどう思っているんです?最近の奴隷反対の風潮について」
「特定の誰かに聞いたことはありませんが、これといった不満は上がっていません。
市井出身の奴隷の方は一部騒いでいるようですが」
市井出身の奴隷。ということは市井出身でない奴隷がいるということ。
そう、そのもう一方の奴隷がケアリナの奴隷市場を支えているのだ。
ケアリナの奴隷制度は他国のそれとは大きく異なる。
中でも最も特徴的なのは奴隷の教育法だ。詳しくは知られていないが、なんでも乳児の頃から十二才までに奴隷としての基礎を学び、そこで条件を満たした者のみがさらなる教育を受け、社会に流通するそうだ。
「では箱入りで育った奴隷たちは一切不満を漏らしていないと?この国は情報規制でもしてるんですか?」
「そんなことしませんよ。不満さえ感じないのが我々のやり方です」
世間話でもしているかのように微笑んでそう言った。
その教育手腕は称えられるべきなのか、恐れられるべきなのか。
いずれにせよ、とんでもないことをしているに違いない。
「その教育法を教えていただくというのは・・・」
「無理ですね。
メソッドが他に漏れてしまえば、この国の奴隷産業の優位性が損なわれてしまいますので。
というか、実は私もどのような教育をしているかは知らないのです」
この人がよほど下っ端なのか、それとも管理局のなかでも最重要の秘匿事項ってことなのか。
恐らく後者だろう。
「他になにかご質問はありますか?」
「質問というかお願いなんですけど、僕はこれから奴隷の購入者の方を取材しようと思っているのですが・・・」
「その仲介をしてほしい、と?」
「はい、出来れば」
賃借ならば割と低価格であり、旅行者も利用することも多いが、購入するとなったらそうはいかない。
まず値段が段違いに高額で、例え最安値でも高級車が買える値段だ。
そして購入した奴隷には何をしても良い。奴隷なのだから当たり前と言われれば当たり前だが、他人に迷惑をかけない範囲ならば購入した奴隷に何をしても罪に問われない。
仮に殺したとしても不法に遺棄しなければ問題はないのだ。
殺される、となれば他国の奴隷は必死になって抵抗するが、ケアリナの奴隷は抵抗も何もしないと言われている。かなり異常だ。
ケアリナへ来る前、購入者と思われる何人かの人物に取材の交渉を試みたが全員に断られてしまった。
こうなったら現地で直に交渉しよう。と心に決めていたが、せっかく管理局にまで来たのだから頼めるだけ頼んでおこう。
「良いですよ。今から何人かリストアップしますので少々お待ちください」
「ありがとうございます」
案外すんなりと受け入れられてしまった。
ううむ、ケアリナ取材の旅。すこぶる幸先が良いぞ。
ーーーーーーーーーーーーーー
管理局でリストアップしてもらったのは二人。正直少し物足りないが、今からいきなり行って取材させてもらえるのだから文句は言えない。
「ここか・・・」
早速一人目の家の前に来た。
とてつもなく家がでかい。奴隷の購入を可能とするその経済力はやはり桁違いなのか。
管理局の人の話によると、この家の家主は年配の未亡人で、数年前に亡くなった旦那さんがカジノ経営で稼いだ財産で暮らしているらしい。
呼び鈴を鳴らすと、やけに清潔感溢れる若者がやって来た。
「どうぞお入り下さい、話は聞いておりますので」
促されるままについて行くと庭に到着した。
綺麗に剪定された花畑の中心にはティーセットが乗った机に椅子、そして老婦人が傍らに佇んでいる。
「ようこそいらっしゃいました」
ここまで優雅な感じに迎えられるとは思っていなかったので正直反応に困る。
今この瞬間だけ切り取ると、中世の宮殿のような趣きすら感じられる。
「こちらで取材が出来ると聞いて伺ったんですが・・・」
「ええ、ええ。何でも聞いて下さい」
「そ、そうですか。では早速聞きたいんですけど、そちらの男性は・・」
「私の奴隷です」
想像通りの発言だが、ここまでストレートに、そしてにこやかに言われるとも思っていなかった。
支配欲と顕示欲から発せられる言葉ではない。しかも、引け目や後ろ暗さなど一つも感じさせない響きをもっていた。
さらに驚くべきなのは男性の反応である。面と向かって奴隷と宣言されたにも関わらず穏やかな微笑みをたたえたまま、強制されたとも思えないほどの自然体。
これがケアリナを世界一の奴隷産業国たらしめている箱入り奴隷・・・どんな教育をしたらこうなるのかますます気になってきた。
「あなたは・・奴隷であることにどう思っていますか?」
「僕に質問ですか?えーと、そうですね・・難しい質問だなぁ。とりあえず個人的にはどうとも思っていませんよ。人に奉仕することを第一に育てられたので、そのように生きている。ただそれだけです」
「不満はないんですか?自由に生きている人を羨ましく思ったりはしないんですか?」
「んー・・・特に不満はないですし、羨ましいとも思いませんね」
僕は今まで様々な国の奴隷から話を聞いて来た。工場や農場で朝から晩まで働く人、主人から性欲をぶつけられる人、主人の世話や子供の世話を見させれる人。
大小はあるにしろ、みな苦痛を押し付けられていることには違いなかった。
仕事にある種のやり甲斐を持っていた人や、楽な仕事に割り当てられて他の奴隷のよりマシだと笑う人はいたが、呑気に頭を掻きながら不満も羨望も無いと話す奴隷は今まで見たことが無い。
これはある種の洗脳術を使っているということか?教育の一環にもしかしたらそのような項目があるのかもしれない。
この国は奴隷育成にどれだけの手間をかけているのか・・
「ねえ、私には何か質問はないのかしら?」
しまった、思わず長考してしまっていた。
「ああすいません、ちょっと考え事をしていまして。
では主人であるあなたにお聞きします。あなたはどういった理由で奴隷を購入したんですか?」
「大した理由は無いわよ。夫が数年前に死んで、それから遺産やらなんやらが舞い込んで来てねえ。こんなにあっても困ると思ったのよ。
私は元々西側で育って奴隷には馴染みがなかったんだけど、一人だと寂しいし、身の回りのことをしてくれる人が欲しかったのもあってねえ。つい、買ってしまったのよ」
・・・つい、で買えるような金額ではないと思うのだが。
「なるほど。では、購入した奴隷の働きについてどう思ってます?満足していますか?」
「ええ大満足よ。庭の手入れもとても丁寧にやってくれているし、買い物にだって付いてきてくれるの。
主人は恥ずかしがり屋で、そんなことしてくれなかったから、とても新鮮で楽しいわ」
話を聞く限り、この人は奴隷を奴隷として扱ってはいない。今まで取材した中でいなかった訳ではないが、少数派のタイプだ。
もしかしたら、このような人が主人になるケースが多いから反抗が起きていないのかも・・いや、だからといって他人に従事することを不満に思わない理由にはならないのでは・・・・
「もしもし?大丈夫かしら?」
おっと、また考え込んでしまっていたか。
「外から来た人にとって、やっぱりここは考えるところが多いのかしら?しばらく滞在して色々見ていくといいわ」
「そうですね、このあとも色んな場所を取材して回ろうと思ってます。今日は貴重なお話、ありがとうございました」
ーーーーーーーーーーーーーーー
老婦人と青年奴隷に見送られたあと、僕は二人目の家に向かっていた。
リストによると男性、そういえば元格闘技世界チャンピオンだって言ってたっけ。
一人目とは正反対で喧嘩っ早そうな顔だ。
今度は黙って長考、なんてことは自重しないとな。怒って帰らされるかもしれない・・・
「お客様、到着しましたよ」
運転手の声で現実に引き戻される。
料金払って外に下りると、これまた豪邸ともいうべき規模の家が建っていた。
華やかな庭園が印象的で、古めかしい外見だった先ほどとは違い、此度の邸宅は近代的だ。家主が違えば家の趣もここまで変わるのか。いや、さっきの婦人が特別なだけか。
豪邸、と言われて頭に浮かぶのはこっちのイメージだ。
インターホンを鳴らしたが応答が無い。
もう一度鳴らすも応答無し。時間を間違えたか?いや、この時間で合ってるはずなんだが・・・
「どうぞ」
女性の声だ。きっとこの家で働いてる奴隷だろう。
門の施錠が解かれたようだが出迎えはない。勝手に入れ、ということだろうか。
この辺の対応も一人目とは違うんだな。
門をくぐると、改めて家の豪華さが分かる。見せびらかすようにディスプレイされた沢山のスポーツカー。無駄にでかいプール。
完全に偏見だが、きっとこの家の主人はプライドが高い傲慢ちきの暴君だろう。
ここかな?出迎えがないと本宅かゲストハウスかの区別もつかない。
「すいませーん」
中に入って声をかけるも、またもや応答無し。勝手にズカズカ入っていくのも気が咎めるし、ここで待ったほうが良いだろう。
それにしても臭うな。何だか妙な臭いがする。
人を呼ぶのにこの臭いはどうなんだ。僕の中でどんどん家主の評価が下がっていく。
カタンッ
この家に入って初めての人の気配。
音の出所はこっちか?
リビングじゃなくて下へ向かう階段から聞こえた気がする。
「すいませーん?」
声をかけても反応が無い。
仕方がないので、こっちから出向くことにしよう。
コツコツ、と足音が家に響くが、下の階からの反応は無い。下に向かえば向かうほど玄関で感じた臭いは強くなっていく。
いよいよ地下室に下り立った。
今日の天気は文句なく快晴だが地下室は光が差し込みにくく薄暗い。
何があるのか分からないな・・・・
痛っ!
何かに足を滑らせて転んでしまった。
何だこれ、粘り気がある・・・・
手に付いた液体の正体が判明するより早く、僕は別の異変に気がついた。
光の感じたのだ。
真っ暗な地下室から光?
まじまじと光源を見ると、暗闇に目が慣れたのも手伝ってその理由はすぐに分かった。
眼球だ。
人間の眼球が地下室に漏れた僅かな光を反射していたのだ。
視線を下に移すとそいつが男であること、裸であること、もう死んでいるということが理解できた。
なるほど。さっき自分を転ばしたのはこの男の血液だったのだな。
いや、意味がわからない。
どうしてここで死体が出てくるんだ。
僕はただ話が聞きたかっただけなのに。
体が震えてきた。叫びたいが声に出せない。逃げ出したいが死体から目が離せない。
そんな金縛りを解いたのは背後に迫った人の気配だった。
「助けて・・・」
全霊をもって声を絞り出したものの、この願いはきっと叶わないのだろう。
痣だらけの足。ボロ切れみたいな衣服。振り上げられた手には鈍器。
逆光で顔は見えないが、きっと鬼気迫る表情をしているに違いない。
「●●●●●●●●●●●●●!!!」
怒りと憎悪に満ちた絶叫が、僕の意識を塗り潰した。
ーーーーーーーーーーーーーーー
青々とした海、輝かしい装飾を纏った建物たち、それに・・飛行機?
ああなるほど。僕は今、夢を見ているんだ。
このぼやけた感じは間違いない。
それにしてもこれらは何のイメージなんだろう。
日に照らされた庭園に、とても穏やかさを感じる。そこにいる二人はとても仲が良さそうだ。
場面が切り替わった。
これは・・誰かの家?
階段があるけど先が見えないな。
一体何があるのだろう。
?肩を叩かれた、誰・・・・・・?
またもや場面が切り替わる。
今度のイメージは白い天井。
それだけ。
「そういえば・・殴られたんだった・・・」
頭が痛い。身体もなんとなく気怠げだ。
目を覚ましたのに、覚醒した感じがイマイチ薄い。
「お目覚めですか、それはなにより」
声のした方を向くと、そこにはメガネをかけた女性が椅子に座っていた。
ついでに辺りを見回した結果、ここが病室だということが分かった。
「あなたは確か今朝の・・」
「ええ。奴隷管理局で会いました。
今日の朝に、ではなく三日前の朝にですが。
三日前、あなたは管理局で私と話したあと、二件の取材を行い、その二件目の取材中に奴隷に襲われた。
どうです?覚えていますか?」
「はい、覚えてます。まあ二件目は話を聞く前に殴られちゃったんですけどね。ていうか、三日間も意識失っていたんですね、僕」
「ええ、三日間眠りっぱなしでしたとも。それにしても驚きましたよ、奴隷が野放しになっている、なんて連絡を受けた時は。
幸い近くに箱入り奴隷がいたので大事にはなりませんでしたけど」
その言い方だと、箱入り奴隷は奴隷の問題行動を管理局に報告するように教育されてるってことになるだろう。
その点は三日前の話から想像に難くない。
だが今回の件は別だ。
いかなる人種、人格、性格でも、奴隷として流通しているからには徹底的な教育を施し、問題が起こらないようにしていると思ったが、実際はそこまで徹底できていないのか?
「へぇーそれは良かったですね。ところで、僕を殴った奴隷の方は・・」
「ああ、中途のことですね。今は監禁して処遇を考えているところです」
「中途?」
「ああ失礼。私達は奴隷を区別する時に箱入り、中途、といった呼び方をしているのです」
「なるほど・・ん?ということは、あの死んでた主人はわざわざ中途奴隷を選んで買ってたってことですか?何か特別な理由でも?」
「それは趣味・・というか性癖ですね。あの人は遠くの施設まで来てわざわざ反抗的な個体を探すのです。
まあ、生意気な性格が好みという人は一定数いるのですが、あの人は筋金入りでしてね、絶対に中途奴隷じゃないと嫌だって言うんです。
箱入りじゃあただの見せ掛けだ、隙があれば殺してやるってぐらいの気概がある中途じゃないとダメだ。っていうのが本人談です。
要するに屈服させるのが好きなんですよ。精神的、身体的にいたぶって辱めて、反抗的な態度が軟化していく様を録画しているって言ってましたかね。憎むべき男の種で孕んじまったのが分かった時の顔が一番興奮する。心の底から屈服しきった奴はすぐに捨てる。とまで言ってましたね」
・・・取材を重ねる中でそういう歪んだ精神性をもつ人に出会ったことはあるが、ここまで吐き気を催すのは初めてだ。
「それで・・大丈夫なんですか?」
「何がです?」
「いや、一から育てた訳ではないにしても、政府が提供した奴隷が個人に危害を加えた訳じゃないですか。その辺ってどうなってるのかな、って」
「賃借の場合なら別ですが、購入の場合、そういった責任を私どもは負いません。権利関係、責任関係は購入の際にちゃんと確認をしていただき、署名、捺印もいただいてます」
急に役人っぽい語りになったな。
さすがに購入後の責任問題はきっちりしてるか。
でも、僕の場合はどうなるのかな?
僕は公的な許可を得て取材に行き、その途中で襲われたただの一般人だ。僕に対する何らかの賠償があってもおかしくはないはず・・・・
「しかし、見直しが必要かもしれませんね。お得意様、しかも腕が立つ御仁だからといって、危険な因子を有した中途奴隷をおよそ無条件で販売するのというのは。
まあ、中途奴隷を個人的に購入するような物好きはあの人ぐらいのものでしたが」
そう言って足元にあるバッグを手に持ち、別れの挨拶をこちらにかけてきた。
「あなたの体調にも異変は無いようですし、私にもこれから仕事がありますので、本日はこれで。お大事に」
「待って下さい」
歩みを進めていた足がピタリと止まる。
病室の扉にかけていた手も下げ、こちらに向き直した。
「何か?」
「いえ、大した話ではないんですよ。
僕はこれから今回の取材のレポートでも書こうと思っているですが、まだネタが足りないんです。教えてもらった取材先だって一件しか話聞けませんでしたし」
「・・それでしたらまた別の取材先を」
「いやーそれじゃちょっと問題があるんですよ。僕はほら、頭ケガしちゃったじゃないですか。あんまり外を出歩けないかなー・・・・・って」
態とらしく頭が痛い振りまでしてみる。明らかに嫌な顔をされたが気にしない。
「・・・・私としては色々サービスして話をしたつもりなんですがね。
それでは足りませんか?」
「足りませんね。今日あなたから聞いた話はこの後調べれば分かることです。それじゃあ意味が無い。
それに僕みたいな部外者が事件の当事者になることなんてきっとこの先無いでしょう。
だから、この件を足掛かりにして知りたいんですよ。普通に取材するだけじゃ分からない、もっと多くのことを」
睨む訳でもなく威圧する訳でもなく、こちらをじっと見る役人。ここで目をそらすと負けた気がするのでこちらも見返し続ける。
やがて、大きなため息とともに均衡が崩された。
「・・良いでしょう。あなたには私と共にある施設に来てもらいます。そこで見たものをどうしようとあなたの勝手。
ですが、写真や録音は禁止です。内容は・・・そうですね、私どもの教育手法の一部、ということになりますかね。どうです?不服ならばまた上と相談しますが」
教育手法の一部!なかなかに魅力的だ。
この奴隷国家がどうやって成り立っているのか、その理由の一端が分かるかもしれない。これ以上欲張ると国家権力で謎の失踪を遂げそうだし、この提案を受け入れよう。
「完璧です。それで手を打ちましょう」
ーーーーーーーーーーーーーーー
現在、体は不規則に揺られ、聴覚は働かず、視界は暗黒に閉じている。目を閉じているのだから当たり前かもしれないが、仮に目を開けても外の眺めは少しも楽しめないだろう。
そう。僕は今、アイマスクと耳栓をつけ、両脇をゴツい男に固められながら、車でどこかに向かっているという状態なのだ。
施設の場所がバレると困る、ということなのだろうがさすがに耳栓は要らないのではないか。
軍人とかスパイならこの状況でも車で移動した距離を計算して現在地が分かるのかもしれないが、一般人の僕にはてんで分からない。
正直、いま車に乗ってどれくらいの時間がたったのか見当もつかない。
もしかしてこのままコンクリートで固められて海に沈められるのでは・・・・・
そんな不安をよそに車は停止した。
隣にいた男に手を取られて車を降りると、久々に地面の感触。
しばらく感動に浸っていたかったが、先導者に急かされたのでそれは叶わなかった。
踏みしめる地面が土から人工物に変わり、何回か階段を経由した後、先導者の足が止まった。ついに目的地に到着したのだ。
目と耳の拘束が解かれ、はじめに脳が認識した情報は件の女性。聡明そうではあるが、どこか人間味に欠けている管理局の女。
こうして彼女の全体像を見るのは初めてになるだろう。雰囲気とスラリと伸びた手足のせいで高身長だと感じていたが、実際それほど背は高くなさそうだ。
「この度は本当に申し訳ございません。所有権が移ったとはいえ、私どもの奴隷があなたに危害を加えたのは事実です。
先日は挨拶だけでしたので、いま改めて謝罪を」
邂逅一番で開口一番に、何回も聞いたことがあるような定型文で謝罪された。
言われてみれば、管理局の方からの謝罪は初めてか。そもそも謝るならばなぜ病院でしなかったのだろうか。疑問である。
というか、病院では謝罪の意をちっとも感じなかったぞ。
あわよくば全部無かったことにしようとしてなかったか?
「いや、大丈夫ですよ。一応問題は無いって言われましたし、あのとき襲われてたから僕は今ここにいられる訳ですし」
「そう言っていただけて幸いです。
では早速ですが、今回あなたにお見せするものについて説明します」
瞬間、照明が点いた。
薄暗かった部屋は明るくなり、彼女の背後の壁が透明であることが分かった。そして僕の頭上のモニターには映像が映し出された。
「見えますか?この映像はこの強化ガラスの向こうにいる奴隷を全方向から映したものです」
彼女が発した言葉はほとんど耳に入らなかった。目に入り込んで来る情報がこれまでの経験とも予測とも乖離していたからだ。
「一見しただけでは分からないと思うので細かく説明しますと、これはあなたを襲った個体に罰を与えているという状況になります。
アイマスク、耳栓をつけその上から顔に鼻呼吸用の穴が空いたカバー被せ、さらに自傷行為を防ぐために全身に保護スーツを着せて、動きを制限するための手足の拘束具、それに栄養補給用の点滴もつけています。
これにより視覚と聴覚と味覚は完全に封じられ、嗅覚と触覚も意味を成しません。
例え暴れようとも拘束具がありますし、点滴さえあれば栄養面にも問題がないので長時間の罰の執行が可能です。さらに・・・・」
つらつらと淀みなく説明を続ける姿に否応なく嫌悪感が込み上げてくる。
これは一体どんな感情なのだろうか。
同情?憐憫?
違う、これはもっと根源的なものだ。
僕は安心している。
同族が上位の存在に捕食されるのを脇目に、
『良かった。自分はああならなくて本当に良かった』
と、草食獣が心底安心しているのと同じなのだ。
「・・・・・と説明は以上になります。何か質問はありますか?」
「何で・・・こんなことを。罰を与えるならもっと別な方法でも」
「殴打や電気ショックといった体罰では痣が残ったり、臓器に傷がついたりと、商品としての品質が著しく低下してしまいます。
それでは流通させることができません。この手法は栄養源が点滴だけなので多少痩せたり、精神的に摩耗したりしますが、身体に傷はつきません」
「・・この状態はいつまで続くんですか」
「個体による、としか言えませんね。端的に言ってしまえば、この罰は奴隷の考えを改めさせるためのものです。こんな目に遭うぐらいなら反抗を止めよう、と思うまでこの罰は続きます」
「それはどうやって・・」
「あの状態になった奴隷はまずパニック状態に陥ります。ですが、それもある程度したら落ち着きます。
感じとれるものが一つも無くとも、どうせいつか終わる、労働するよりマシ、死ぬよりはマシだ、とね。
でもいつしか気付くんです。本当に恐ろしいのは自死の権利すら行使できないことなのだと。
それからは狂ったように暴れまわるので、そこで罰はお終いです。この過程を経た個体はとても従順になりますよ」
僕がどんな質問をしても、きっとこの人は懇切丁寧に説明してくれるだろう。
この行為がどれだけ合理的で、効率的で、そして非人道的な行為なのかを。
人をモノとして扱っていることに対して今さらここまでの嫌悪感は抱かない。
奴隷を傷つけず、健やかに保とうとする他国では考えられない人道的な努力が、すべて人間を商品として完成させるためという非情な動機に結びつく。
その乖離が僕には気持ち悪い。
暴力なんて無い方が良い。
そんなこと当然だ。でもこの罰に比べたら単純な暴力の方がよっぽど・・人間的だ、ある種自然とも感じてしまっている。
自分の中で善と悪と正と誤がごちゃ混ぜになってどれがどれだか分からない。
「お分かりだとは思いますが、本来であれば中途の奴隷にあそこまでの処置はしません。教育段階後半の箱入りの個体が問題行動を起こしたときに行う処置です。
まあ、この処置が必要なほどの個体が発生するのは稀ですけどね。
ご質問は以上でしょうか?
要望があれば仰って下さい。許可された範囲でなら回答できます。第一段階から第二段階への移り変わりは観察出来ますよ。第三段階をご所望でしたら・・・」
「いえ、もう大丈夫です」
彼女は少し間こちらを見つめた後、消え入りそうな声でふぅ、と一息をついた。
そしていつも通りの落ち着き払った声で
「・・そうですか。ではお送りしましょう。良いレポートが書けることを祈っております」
「いやぁ、応援ありがとうございます。でもまだレポートは書きません。
怪我が完治したらまた取材をして、それが終わったら取り掛かろうと思います」
「・・でしたら、今度は背後から襲われないよう、よくよく注意して下さいませ」
てっきりまた嫌な顔をされるかと思ったが、皮肉を言われる程度でなんだか拍子抜けだ。
帰りは来た時と同じように知覚を封じられて、車で病院へ運ばれた。
車から降りて、体を伸ばしながら車を見送っているとき、ふと考えが浮かんだ。
ああ、いま僕はあの奴隷と似た状況にいたのか。
少しだけ、寒気がした。
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