変生!シューツピリッツァー
qaz
序章「変生の日」
第1話「変生の日」
こんなことを言っても嫌がられるだけだから誰にも言ったことはないが、オレは昔から、一部の女に“男の顔”がダブって見えることがあった。その頻度を正確に数えたことはない。数千か、あるいは数万人に一人かもしれない。
“男の顔”が見える女の共通点はこれまで分からなかった。道で通りすがった人であったり、テレビで見た人であったり、馴染みの店の店員であったり。老婆であったり、女子学生であったり、大人のお姉さんであったりした。ただ、見える“男の顔”は、どことなく本人と同じ雰囲気を纏っていた。
彼女たちの共通点が分かるようになってしまったのは、この四月。オレが高校二年に上がってすぐのことであった。
まったくもって、分かりたくない真実だった。
――――
それは、新年度の恒例行事。
「
我ながらテキトーにもほどがある自己紹介を済ませ、再び机に突っ伏す。いいさ、オレの自己紹介なんて誰も興味ないだろう。オレも他人の自己紹介に興味などない。
ふと教室の窓の方に目を向ければ、春の陽気が外から降り注いでいる。このまま寝てしまおうか。実際、少しうとうとしていたと思う。
しかし、隣の席の奴が自分の名前を口にしたとき、オレの眠気は吹き飛ぶこととなった。
「
振り向いた原因は、そいつの名前だ。
オレには幼稚園の頃よく一緒に遊んでいた男友達がいる。小学校に上がると同時に引っ越していったきり、会っていなかった“あいつ”。その名前こそ、『手塚知』だった。
しかし、人違いであることははっきりしていた。なぜならそいつは、まっさらのセーラー服に身を包んだ、女子生徒だったからだ。
ただし、そいつには“何かある”に違いない。なぜかって、そいつはオレと目が合うと、明るく笑ったからだ。その上その顔に、中性的な少年の顔がダブって見えたからだ。
――――
「ナオ、久しぶりだね!」
休み時間、手塚知の第一声はやはりと言うべきか、それだった。だがお生憎様、オレはお前なんか知らない。
「人違いじゃないか?」
“あいつ”は確かに男だった。男同士、何とは言わないが“見せ合い”までしたんだ。間違えるはずがない。
「そんな、ひどいよ。“見せ合いっこ”までした仲なのに……」
ガタンッ!
立ち上がろうとして失敗し、盛大に机を蹴った。クラス中の視線がオレ達に集まる。こ、この女、今何を? いや、オレの考えてるそれとは意味が違うかもしれないが……。
「あ、やっぱ今のナシ! 忘れて!」
なんか顔を赤らめている。……同じ意味かもしれない。だが、すると、一体どういうことだ? 本当に人違いにしては偶然が過ぎる。まさか、女装か? いや、こいつ、女子としても小柄だからその線は薄そう。
「何? ボクの体、そんなに気になる?」
「あ、いや……」
やべ、知らないうちにジロジロ見ていたようだ。手塚知は、身体を隠すように腕で抱え、横を向いている。つーか、ボクっ娘なのか……。
それはともかく、胸のつっかえが取れないオレは意を決して聞いてみた。
「あのさ、お前、昔男じゃなかった?」
すると、手塚知はキョトンとして――
「あ、あは、あははははははは!」
――腹を抱えて笑い出した。
「はは、ナオ、何言ってるの! ボクは、生まれたときから、正真正銘、女の子だよ。知ってるでしょ?」
結局それ以上、その疑問を追及することはできなかった。
――――
オレはもちろん部活なんかには入っていない。ダルいからだ。放課後はソッコー家に帰る。帰宅部のエースとはオレのことだ。そして何をするでもなくダラダラと過ごす。それがいつもの日課だった。
しかしこの日は、
親からの扱いに不平を感じながら夕方の住宅街に自転車を飛ばす。
その道中。
「きゃあーーーーっ!!」
女の子の――それも記憶に新しい声の――悲鳴が聞こえた。
助けようという気持ちなど微塵も無かった。ただ通り道だという理由だけで、オレはその声のした方に近づいていった。だから足を止めたのは全くの不本意であった。不本意で、あったのだが。
足を止めざるを得ないだろう? 現場と思わしきその場所に、転校生の手塚知と一緒にいたのが……狼男としか言いようがない、正体不明のモンスターなら。
手塚知はこちらに気付き、救いを求めるようにオレのことを見た。やめろ。オレはそういうのじゃない。逃げられるなら真っ先に逃げるタイプだ。
でも、足は動かなかった。恐怖なのか罪悪感なのか分からない。ただひとつ分かるのは、狼男はオレの決断を待ってはくれなかったということだ。
「オ前ハ……!」
狼男はオレの姿を認めると目を見開いて呟いた。そして、掌にひとつの光球を作り出すと、それをオレに向かってぶん投げた。
「ぅあっぶ!」
光球はオレの
大体だ。狼男って普通、物理攻撃派じゃないのか? そんなどうでもいい疑問が、場違いに、あるいは現実逃避として頭に浮かぶ。
「《
ああ、さらには幻聴までしはじめた。
いや、待てよ? そうか、分かったぞ。そもそも狼男からして、オレの幻覚なんだ。だとしたら、なんでオレは狂ったんだ? 春だからか? ははは、そんな単純な。でも、オレのことだからきっと……。
「ナオ……後ろの塀の上!」
我に帰った。オレは反射的に言われた方を向く。そこにはやけに威厳のある白猫が座っていた。傍らに白銀に輝く剥き身のサーベルを伴って。
「チッ、貴様ガ出テクルトハ!」
不意に、顔の横を風が掠める。狼男が放った光球だった。それは白猫のいた場所に寸分違わず着弾した。猫はそれを避けることすらせず……しかし全くの無傷であった。猫は狼男など眼中に無いかのようにオレを見つめたまま、隣のサーベルを尻尾で弾く。
「その剣を取り、《
剣はオレの目の前のアスファルトに突き刺さった。直感は、その剣を取るべきではないと告げていた。そしてその直感は結果的に全く正しかった。しかしオレは、その剣に魅せられるように、惹き込まれるように、いつの間にか手にしていた。
「《変……生》!」
その瞬間、オレの下半身から何か莫大なエネルギーのようなものが、溢れ出した。それはオレの全身を駆け巡り、細胞のひとつひとつを作り替えていく。
全てが終わった時、オレは未だかつて感じたことのない体の軽さを感じていた。
「ナ……オ?」
困惑する手塚知をよそに、オレは狼男に斬り掛かった。一度地面を蹴っただけで、十メートル以上はある距離を詰めて。
「小癪ナ!」
しかしそんなオレの剣を、狼男は片手の爪だけで受け止める。そして逆の手から光球を生成、至近距離でオレのみぞおちにぶち込む。
「ガハッ……!」
痛い……痛いけど、痛いというだけで済んでいるのが既に奇跡だ。そう。それは分かる。だけどこのままじゃ、むしろ即死の方が楽でした、ということになりかねない。そんな絶望の未来にうちひしがれていると、背後からまた猫の声がした。
「《生命の根源》を感じるのだ……」
先ほどと同じ言葉。だが今度は意味が分かった。さっきオレの体を駆け巡ったエネルギー。きっと……アレだ!
意識を集中させる。
感じたのは、海。
押し寄せては引いていく、波。
それは引く度、一層高さを増していき、ついには堤防を越えて……
「コレデ、終ワリダ!」
「覇ァッッッッッッッッ! ……っん」
光球より速く、振り抜いたサーベルから溢れ出した”水の矢“が、狼男の眉間を貫いていた。狼男は辞世の句を詠むことすら許されず、光の粒となって、消えていった。
――――
どっと疲れが溜まり道路にへたり込んだオレに、手塚知は近寄ってきた。
「えっと……ナオ……だよね?」
狼男は消えたというのに、未だに戸惑っている。オレにはその理由が分からなかった。
いや、後になって思えば、あれだけ体を動かして気付いていないはずがない。“その事実”に対して、目を瞑っていたのだろう。
「なに、いって……」
「落ち着いて、これを見て?」
手塚知は、鞄から手鏡を取り出し、開いてオレに渡した。そこによく見知った“オレ自身の顔”が映っているのを認め、オレは戦慄した。
なぜならその“オレ自身の顔”は、同じ鏡に映った女の顔――妹と瓜二つの女の顔――にダブる影でしかなかったからだ。
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