出勤

 あれから朝までぐっすり眠れた俺は、身体が少し重く感じ、目を覚ました。

 小鳥かチュンチュンと鳴いていて、気持ちのいい朝のはずなのに、何かの重さのせいで呼吸がしづらい。まぁ大方陽菜が上に乗ってるんだろうが、どうしたらこんな事になるのだろう。陽菜は弥生ちゃんと一緒にベットで寝ていたはずだろ。寝ぼけていたが、昨日話していたことを忘れるはずがなく、だんだんと腹がたってきた。

 一瞬蹴っ飛ばしてやろうかと思ったが、流石に女性を蹴るのはどうかと考え、思い留まる。

 しょうがない、さっさと起こすか。


「おい、さっさと起きろ。そして俺の上から降りてくれ」


 上体を起こしながら、陽菜の身体を頑張って揺するが、起きる気配がない。

 たくっ、なんでこういう時に限って起きないんだよ。

 そう思いながら、今度はさっきよりも強く揺すりながら声を掛けると、やっと陽菜は目を覚ましてくれた。


「ふぁ〜、おはよ〜」


 まだ眠いのか上体を起こした陽菜は、目をこすりながら欠伸あくびをしていた。


「おはよう。早速で悪いが、早くどいてくれ。こんな所、弥生ちゃんに見られたらまずいだろ」

「はぁーい」


 もそもそとゆっくりとした動きで俺の上から降りた陽菜は、またひとつ欠伸をしていた。


「起きたなら、弥生ちゃんの方も起こしてくれ」

「うん」


 陽菜は弥生ちゃんを起こしてから朝ごはんを作りに向かった。

 はぁ、朝からどっと疲れた。というか、陽菜はいつから俺の上にいたのだろう。普通気づいてもおかしくなかったはずなんだが。

 布団を畳みながらふとそんな事を思う。


「秋本さん、おはようございます!」

「弥生ちゃんおはよう。きちんと寝られた?」

「はいっ! ぐっすり寝られました」

「そりゃーよかった」


 俺は弥生ちゃんの顔をじーっと見つめる。

 うん、やっぱり可愛い人ってのはすっぴんでも可愛いんだなと、妙に納得していた。


「あ、秋本さん。そんなにじっと見つめないでください。すっぴんなんで恥ずかしいです」

「す、すまん」


 恥ずかしそうにしている弥生ちゃんをみて、咄嗟に謝った。流石に寝起きの顔をまじまじと見るのは不味かったな。


「すっぴんを見せるのってだいぶ恥ずかしいんですからね? そんなじーっと見られたら、毛穴とかシミとか見えちゃうかもじゃないですか」

「女性ってすげーんだな。俺とかそんなの気にした事ない。というか、男はそこまで気にしないからな」

「秋本さんは、もっと女の子の気持ち学んだ方がいいです」

「……いいんだよ、別に。これから誰かと付き合う予定もないんだし、これから先、誰かと付き合えるとも思ってないからな」

「そ、そうなんですね。それはすみませんでした」


 なんか申し訳ないみたいな感じで謝られたが、そんな事ないのにな。事実なんだし。


「気にすんな。それより、陽菜が飯作ってくれてるから、早く食べに行こうぜ」

「そうですね」


 俺たちは陽菜が作り終わってるだろう朝食を食べにリビングに行った。

 部屋を出てすぐの所にあるため、さほど歩く必要もないがな。


「パパっ、早く食べないと遅刻しちゃうよ?」

「もうそんな時間か?」

「うん! 今日はちょっと寝坊しちゃったからさ」

「そうなのか」


 そう言われて俺は時計を確認した。短い針は7の所を指しており、長い針は10の所を指していた。

 いやいや、なにかの間違いだろと、頭を左右に振りもう一度確認するが、やはり変わらなかった。


「ちょっとどころか、がっつりアウトなんだが」

「ご、ごめんなさい……」


 陽菜を見るとなぜか泣きそうになっている。


「別に謝んなくてもいいだろ。せっかく作ってくれたのに朝ごはん食べれなくて悪い。弥生ちゃんたちも遅刻しないようにするんだぞ? 行ってきます!」

「パパっ! 行ってらっしゃい!」


 急いでスーツに着替え、急ぎ足で玄関を飛び出した俺は、再度時計を見て、8時だと確認し、舌打ちをして早歩きで会社に向かう。

 いつものペースで歩いてたら完全に遅刻コースとなっていた。






 なんとか出勤時間ギリギリに間に合ったが、急いできたため汗だくだ。

 この季節だと、まだ涼しいと感じるくらいなのだが、そう感じさせないほど、俺の体は熱気をムンムン放っていた。


「秋本、おはよ〜」

「野田か。おはよ」

「今日は随分と来るの遅かったな」

「ああ、寝坊しちまってな。家出た時にはもう8時だったから、正直間に合わないと思ってたわ」

「なるほどね〜。だからそんなに汗だくなのか」

「まあな。汗臭かったら言ってくれ」


 俺がそういうと、野田は俺に近づき、匂いを嗅ぎ始めた。

 その光景だけ見ると野田がホモに見えてくるのは俺だけなのだろうか。そう思い周りを確認すると、ほかの従業員さんたちも俺らのことをへんな目で見ていた。


「うん、全然臭くないから大丈夫! 秋本って汗かいても臭くなんないんだな」

「そ、そうなのか? 自分じゃよくわかんないからさ」

「むしろいい匂いしたよ? いったいどんな体してんのさ」

「それは知らん。っと、そろそろ仕事するか」

「だな」


 野田との話を一旦区切り、デスクに向かう。

 ……俺は、野田といつも通り話せていただろうか。

 俺が好きだった女が、野田の事を好きだとわかった時、妙に納得した自分もいたが、同時に野田の事を少しだけねたんでる自分もいた。

 野田は何も悪くないんだがな。

 それに、野田が好かれるのは当然の話であって、俺に可能性がない事くらい考えればわかることだったと今更ながら後悔する。

 実際野田はモテる。何度か告白されたと言っていたからな。

 って、仕事に集中しないとな。

 止まっていた手を動かし、仕事を再開する。

 今日も、長くなりそうだな。

 そう言いながら仕事をする俺であった。





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