絵筆の先が滲むように
カゲトモ
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スミレさんは初めてこの店に来た時から変わらなくて、自分の道を凛とした姿勢で歩いている。スタントウーマンなんて危険な仕事も、周囲の反対を撥ねのけて楽しんでいるし。自分の道は自分で歩くと一人強く生きていたスミレさん。強くて美しくていつも快活に笑う彼女がまさかそんな表情をするなんて、一体誰が思っただろうか。
「ちょっと、マスター・・・ニヤニヤしないでよ」
「ふふ、とんでもない。私、そんな顔していましたか?」
「いっ今もしてるでしょーがっ」
「おやおや、何の事だか」
「わっひどっ」
耳まで真っ赤になったスミレさんは両手で必死に顔を覆った。そんなことしても顔が赤いのは丸わかりだってーのっ。
「ふふふ、すみません。なんだかとっても嬉しくて」
「嬉しい?」
指の隙間からチラリとこちらを見てスミレさんは訊いた。
「なんで」
「なんでって、なんでもです。その指輪、良く似合っていますよ」
「んっ」
春色のネイルもない短い爪、節が少し目立つ指、いくつもの細かい傷のついた手。一般的に見て女性らしさはないのかもしれない。それでも仕事に真剣に打ち込む素敵な手だ。そこに今、ピンクゴールドの小さな石の付いた指輪がはめられている。今まで一度も見たことのない、柔らかな印象のものだ。
「ちょっとわたしには可愛らしすぎるんだけど」
そう言ってもちゃんとはめているんじゃん。
「だって今日デートだったから、つけてやらなきゃ可哀相じゃん」
「ほう、デートだったんですね。だから今日はスカートを」
「やっ、別にアイツの為にスカートにしたわけとかじゃなくて、ただ、この指輪が可愛かったから、少しくらい女っぽい恰好した方が良いかなって思っただけで」
へぇ~、彼とお見合いした時はスカートなんて持ってないなんて言っていたのに、彼の為に買ったってことだよな? へぇ、へぇ~。
「だからそんな顔しないでって」
「ふふふ」
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