また君とあの夕日の下で

凪 奏

プロローグ

僕が彼女と出会ったのは、見知らぬ人の名前が書いてあった叔母宛の残暑見舞いが家に届いた長閑な日の夕暮時であった。


「どうしたの? 雫」

リビングでコーヒーを飲んでいた僕に今日子叔母さんが顔をのぞかせて聞いてきた。

「うん?」

「また悲しい顔なんかして……」

「なんでも……大丈夫だよ。二年もたったしね」

今日子叔母さんは心配そうな顔つきでこちらを見ていた。

「無理しなくてもいのよ。そう簡単に乗り越えられるものでもないでしょ……」

「うん、ありがとう……」

僕が返事を済ませると今日子叔母さんは微笑んでこう聞いてきた。

「そういえばもうすぐテストでしょう、テスト勉強ははかどってる?」

突然、予想もしていなかったことを聞かれたのでうまく返事ができず口ごもってしまった。

「ぼ、ぼちぼちやってるよ」

 本当は全くやっていなくて、今回はテスト範囲が広くて中々勉強がはかどらずにいて行き詰っていたのだ。

 心のなかで愚痴を言っていたなか、顔にでも出ていたのか今日子叔母さんがこれまた突然、

「気分転換にお使いにでも行ってきてちょうだい」

「えっ?」

「だから、お、つ、か、い」

「スーパーで卵と牛乳と白菜買ってきて。夕飯の材料が足りないのよ」

 正直めんどくさかった、でもちょうど気分転換がしたかったので行くことにした。

 僕は今日子叔母さんから渡されたお金とエコバックを持ってスーパーに向かった。


 スーパーで卵、牛乳、白菜を買って帰路に着いていた。

 歩いて三分ほどたったとき、総合病院を通り過ぎたばかりの時、前方から白いワンピースに身をつつみ、帽子をかぶった長い黒髪の自分と差ほど歳のかわらなさそうな女の人が歩いてきた。

 僕はできるだけその人に対して意識をしないように歩き続けた。

 突然、前方から風が吹いてきた。

 少しばかり強い風だった。僕が腕で顔を覆った刹那

「きゃっ!」

 前方からの悲鳴とともに、ぼくの目の前に帽子が飛んできた。

 さっきの女の人のものだった。

 僕はとっさに宙に浮かぶ帽子に手を伸ばした。

「すみませーん」

 少し困った顔つきをしたさっきの女の人が駆け足で走ってきた。

「あ、ありがとうございます」

 彼女は少し照れながらも僕に会釈をして礼を言った。

 遠目からは分からなかったが、身長は僕の肩ぐらいまであって、髪は黒というよりも漆黒といった感じの色合いだった。

 僕がそんなことを考えていた中、彼女の目線は地面に落ちたスーパーで買った夕飯の食材が入ったエコバックに向けられていた。

 とっさに帽子を取った時に落としまったのだ。

 落ちたスーパーの袋の中からは夕ご飯に使うはずだったパックの卵が飛び出して割れていた。 

「す、すみません、おいくらでしたか?」

 まるで大事な物をなくして慌てるかのように彼女はショルダーバックから既に財布を取り出していた。

「いえ、気にしないでください」

 これ以上時間がたつと卵の分の値段を支払われそうだったので、素早くエコバックとゴミになってしまった卵を拾い上げその場を立ち去った。

 途中でコンビニに寄って割れた卵を捨て、新しい卵を買ってから再び帰路に着いた。

 二十分ほど歩いて家に着くとスーパーで買ったばかりの食材を台所にいた今日子叔母さんに渡し、すぐさまシャワーを浴びに行った。その後今日子叔母さんが作ってくれたおいしい夕食を食べてから僕は寝床に就いた。


 週末、そういえば、あれからちょうど一週間が経ち、僕は浜辺の近くで散歩をしていた。

 半年くらい前に週末のテレビ番組で、散歩は生活習慣病やら何やらの予防になってストレスの解消につながると聞いてから今日子叔母さんと一緒に始めた。

 とは言っても、メインは生活習慣病の予防のためではなく、未だに消えない心にある変なモヤモヤとストレスの解消と暇つぶしであった。それに、特にこれといって趣味がないのだ。

 しかし今日子叔母さんは二か月で脱落し、今となっては僕一人である。

 少しばかり歩いていると右手の遠くに、真っ赤な夕日とそれによって赤く染まった海と空、左の方は沈みゆく夕日に照らされた真っ赤な町並みがあった。

 何度ここに来てみても心打たれる景色だ。津波対策に砂浜と町の間に立てられた堤防の上からこの景色を見ていると、いつも昔のことを思い出してなんだか泣きたくなってしまう。

 散歩の目的が台無しじゃないかと思って自分のことを鼻で笑ってた。

「あれっ?」

 口から言葉が漏れた。

 なぜなら砂浜に一人の女の人が立っていたからだ。

 夕日でよくわからなかったが服装はワンピース、なんといっても彼女の長い黒髪が夕日によってさらにその存在感を引き出していた。

 間違いなく以前に大学病院の近くで会った女の人だった。

 そんなところで何をしているのだろうかと気になり、声をかけようとも悩んだが止めた。ナンパだとは思われたくない……

 いや、でも前に帽子を拾ったから……いやいや、でもダメだ!

 止めよう。

 結局僕は声をかけずに散歩を終えて家に帰って今日も今日子叔母さんの美味しい夕飯を食べてテスト勉強を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る