悪魔くんと天使ちゃんのはなし 【童話】

 いくつもの海を渡り、いくつもの山を越えたその先に、小さな村がありました。

 森に囲まれたその村では動物たちが仲良くのんびりと暮らしています。


 だけど、そんな動物たちにも悩みがありました。


「くそーっ! またあの悪魔の仕業だなーっ!」


 麦わら帽子をかぶった猿のエディが顔を真っ赤にして叫んでいます。

 どうやら庭の柿の実を盗まれてしまったようです。


「ムキーっ! あいつめーっ! うちの畑まで荒らしていきやがってーっ!」


 となりでは馬のポールがクワを片手に鼻息を荒げて怒っています。

 畑のニンジンを持っていかれてしまったようです。


 そう、この村のはずれには小さな悪魔が一匹住んでいるのでした。

 村のみんなはずっとずっとそのイタズラに頭を悩ませているのです。


「あーはっはっ! けっさくだ! 耳まで真っ赤にしちゃってさ!」


 二匹の様子を見ながら、森の木陰でその悪魔が腹をかかえて笑っていました。 

 細長い黒いしっぽがゆらゆらと揺れています。


「あー笑った笑った。明日はどんなイタズラをしかけてやろうかな」


 悪魔のイタズラは毎日のように続いていました。

 ある日は洗濯物を泥だらけに。

 ある日は落とし穴を掘って。

 ある日は家の壁に落書きを。

 終わりの見えないイタズラに村のみんなはホトホト困り果てていました。


 でも、それがある日、変わります。

 

「みんなを幸せに」


 空から小さな天使がひとり、降りてきたのです。

 人間の子供のような体に白い鳥の羽がついていました。


 天使は金色の髪をなびかせて、にこりとほほ笑み、手をかざします。

 するとどうでしょう。

 それだけでいくつもの奇跡がおこりました。


「おお、畑が元通りに!」


「壁の落書きが消えたわ!」


 猿のエディが、馬のポールが、村のみんながその奇跡に驚きました。

 悪魔のイタズラがすべて元通りになっていくのです。


「天使ちゃん!」


「天使ちゃん!」


「天使ちゃん!」


 またたく間に天使は村の人気者になりました。


「なんだよあいつ、せっかくのイタズラを台無しにして!」


 面白くないのは悪魔です。

 苦労してしかけたイタズラが、かたっぱしから消えていってしまうのですから。

 何事もなかったかのように村のみんなはニコニコ顔。

 みんなに忘れられたような気がして、悪魔はとてもムカムカしました。


「こんな帽子なんか捨ててやるんだ!」


 悪魔がエディの麦わら帽子を踏みつけて、そのまま森の中へ投げ捨てました。

 ああ、エディのお気に入りの帽子なのに。


「みんなを幸せに」


 でも天使の一言ですべて元通り。

 帽子はすっかりキレイになって、エディの頭にちゃんと帰ってきました。


「さすがは天使ちゃんだ!」


「くそー! これならどうだ!」


 悪魔が今度はポールのクワをまっぷたつに折ってしまいました。

 これではポールは畑仕事ができません。


「みんなを幸せに」


 でもやっぱり天使の一言で元通り。

 クワは新品のようにピカピカになりました。


「すごいぞ天使ちゃん!」


「くそくそー! こうなったらぜんぶメチャクチャにしてやるー!」


 それからしばらく、悪魔が暴れて天使が元通りにする日々が続きました。

 だけど村は平和そのもの。

 どれだけ悪魔が暴れても、天使がすぐに元通りにしてしまうのですから。


 村のみんなはその様子をほほえましく見守っていました。




 やがて何度目かの満月が村の上を通り過ぎて、とうとう悪魔がねを上げます。


「もう降参だ。なんでお前はオレの邪魔ばかりするんだ」


「だって、それが天使の役目だもの」


 天使はくったくのない笑顔でそう言います。


「天使の役目?」


「うん。みんなに良いことをする。それが天使の役目」


「そうか。じゃあオレと反対だな」


 悪魔があきらめたように笑います。


「悪魔は悪いことをするのが役目なんだ。だけどお前がいたらそれも無理そうだ」


「でも」


 天使は満面の笑みを浮かべます。


「悪いことをしないあなただって、きっとステキだよ」


 それを見て、悪魔はドキリとしました。

 その笑顔に恋に落ちていたのかもしれません。


「それに、みんなが悲しむと、わたしも悲しい」


 その言葉は何よりも悪魔の胸につき刺さりました。

 自分のせいでその笑顔がくもってしまうのは、なんだか嫌だと思えたのです。

 

 だから、次の日から悪魔はイタズラをやめました。

 ただ村の中を歩いて、行き交うみんなとあいさつを交わします。


 はじめのうちは、村のみんなはそんな悪魔の様子を気味悪がっていました。

 ですが、悪魔と天使が仲良く話しているのを見て理解します。


「天使ちゃんのおかげて悪魔が悪さをしなくなった」


「やっぱり天使ちゃんはすごいなあ」


 猿のエディも馬のポールも満足げにうなずいていました。


 だけどそのうち、悪魔はあることに気づきました。

 自分の体が日に日に小さくなっていくのです。

 その理由もわかっていました。

 悪さをしないからです。

 悪魔の役目をはたさないから、どんどん力を失っていくのです。


「でも、もうイタズラしないって決めたからなあ」


 森の中のうす暗い洞窟の中で、悪魔はぼそりとつぶやきました。


 悪魔は冷たい岩肌に寝そべりながら、ただ自分の身を呪います。

 なんでオレは悪魔になんて生まれたんだろう、と。


 だけどしょうがないのです。

 悪さをしない悪魔なんて、もう悪魔とは呼べないのです。


 頭にはあの笑顔ばかりがうかんできます。

 だから、悪さをする気はこれっぽっちも起きませんでした。


「もし生まれ変われるなら、こんどは天使になって、そばにいたいな」


 そう言って悪魔は目を閉じました。

 このまま消えてしまってもかまわない。

 そう考えていました。


 天使の声が、聞こえるまでは。


「みんなを幸せに」


 気がつくと、天使がそばに座っていました。

 暗がりの中で、天使はピカピカと輝いて、にこやかに笑っています。

 

「どうしてここに?」


 悪魔がききました。


「わたしは、みんなを幸せにするんだよ」


 天使はそう答えました。

 だけど、天使はそれを言うだけです。

 ほかに何もせず、ただニコニコと笑っています。


 わけもわからずに戸惑っていると、しばらくして洞窟の外から足音がしました。


「おーい、悪魔くん」


 呼びかけに応じて外に出てみると、猿のエディと馬のポールが立っていました。


「いったいなんだい?」


「天使ちゃんが探しても見つからないんだ。どこにいるか知らないかい?」


 それを聞いて、悪魔はようやく理解しました。


「知らないよ」


「本当に?」


「本当に本当さ。オレは何も知らないよ」


「あやしいなあ」


「でも悪魔くんもこんなにちっちゃくなってるし」


「確かにな。これじゃあ天使ちゃんにも手は出せないか」


 猿のエディと馬のポールは納得した様子でどこかへ行ってしまいました。

 

 悪魔はうそをついたのです。

 誰も傷つけない、ちっぽけなうそ。

 それで体が少しだけ元通りになりました。


 みんなを幸せに。


 その「みんな」には自分のことも含まれていたのです。

 それに気づいて、悪魔は涙がでそうになりました。


 そのまま悪魔は村に向かいました。

 村の真ん中で大声で叫びます。


「天使ちゃんがいなくなっちゃった!」




 やがて、いくつもの季節が過ぎ去りました。

 今も悪魔は村の真ん中で昔話をしています。

 毎日毎日、おんなじお話を。


 かつて村には悪魔がいて悪さをしていたんだ。

 するとどこからか天使が表れて、悪魔をこらしめたんだよ。

 今でも悪さをすると、天使がやってきて怒られてしまうんだ。

 みんなも気をつけようね。


 話し終えた悪魔は洞窟に戻ります。

 そこでは今でも天使がにこやかに帰りを待っていました。

 これはふたりだけのヒミツです。

 ずっとずっと。

 ずっとずっと。


 それからもすえ永く、ふたりは仲良くいっしょに暮らしましたとさ。


 めだたし、めでたし。


 ……めでたし、めでたし?




――終わり

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