第5話 《ルア》

……かのように思われていた。


 確かに、この地球には《セイアッド》よりも強い機体は存在しない。だが、《セイアッド》を参考にして制作した量産機ルアという機体が地球にはあった。《ルア》の扱いに長け、この三十機の《ルア》を率いる、部隊長がいた。月翔の父、朔望 真月(さくぼう しんげつ)の古くからの友であり、朔望 月翔の師である。

 名を、夕影 空明(ゆうかげ そらあき)。

「月翔! 父さんに会いに行くのはまだ早いぞ!」

 夕影の《ルア》を中心にして、月翔を今まさに貫こうとしている月のルシーンを包囲する。夕影の登場する隊長機の《ルア》は目立つよう、黄色に近いカラーリングをしている。他の深緑の《ルア》よりもひときわ目立つその姿は、闇夜を照らす一番星、この暗き未来を照らす一筋の希望の光のようにも思えた。

「《ガイナリッター》がまだこんなにも……って、なんだこれ」

 突如ルシーンの俊敏性が喪失する。一体、地球人は何を使ったのだ……

「トリーモチィブァスター!」

 夕影が《ルア》の軍隊から一斉照射したのは相手を倒すものではなく、相手を拘束する天然樹皮兵器、通称トリモチバスターだった。

「どうだ、地球の重力は重いだろ!」

 地に這いつくばることしかできない月の機体を上から見下ろして夕影は言った。

 

 この日、月からやってきた機体を捕縛した。そして、初めて地球人は月に住まう人間と出会うこととなる。

 完全に沈黙する《ガイナリッター》、《ルシーン》。その様子を静かに俺たちは見守っていた。もしかしたら、自爆装置が起動して……なんてこともあるかもしれない。辺りには緊張した空気が張り詰めている。

「俺が行ってみます!」

 ボロボロの《セイアッド》で奴のコクピットらしき部分をこじ開けようとする。

 一方のソロスは、そんなことには無頓着で急いで月に連絡を送っていた。

「悪い、捕まった、迎えに来て」

 どこまでも危機感の感じられないソロスであったが、この一言の通信が後に大きな波紋を呼ぶことをまだ月翔もソロスも知らないのであった。

 やがて、コクピットから白い霧のようなものが噴射され、月からの使者の姿が俺たちの前に現れた。月光のように眩い白髪の少年、すらっとした白と黄色の線の入った服装の似合う華奢な体つきから、年は十四歳前後に見えていた。皆は人の形で良かったと思ったのと同時に、月にも人類が生存していたと言う事実と直面させられることとなった。居合わせた人間の多くは困惑していたが、中には、高揚するものもいれば、畏怖するものもいた。

「ルデンシェラルナンシアス」

 ソロスはあたかも言語の交流ができない相手だと分かってもらえるように、振舞うことにしたが、

「何わけの分かんねーこと言ってんだよ!」

 俺は徒手空拳、奴の右頬に思い切りグーパンを決めてやった。

「これでもな、二十歳だし、自分の感情に任せるのもどうかなって思ってな、葛藤、逡巡、当惑その他諸々あったんだけどな」

「やっぱり、月の人間は憎いんだわ」

――悪いな。

――悪いと思ってないけど。

 吐き捨てるように俺は言った。奴もこれで激情してくれれば、この時点で即射殺みたいな展開があったのかもしれない。だが、奴はそんなことは一切せずに、

「お腹が……すいた」

 その一言だけ言ってそれ以上は話さなかった。今までのことがまるでなかったことのように。まるで、自宅で母親に何気なく空腹を示唆するかのように、動じず、怖じず、いたって普通に彼は言った。

「ってか、しゃべれるんだったら、とっとと最初から話せよ!」

 俺が突っ込みを入れたところである程度、場の空気は緩んだように思われたが、やっぱり目の前の状況についてくることができないもの多数を占めていた。

「そうだぞ、君! これからカツ丼を頬張りながら事情聴取に付き合ってもらうんだからな! 覚悟しておけ!」



 どこの刑事ドラマだよ! と俺が言おうとした、その時だった。

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