第3話 《ソロス・ヴィドグラン》
澄んで明るく冴える月、宵のとばりをなごませて、私の前を昇る時、きり立つ岩の狭間より、湿る灌木下に見て、遠き昔の銀の舞い、想いに沈む愉びの、厳しさそっと和らげる。
――ゲーテ『ファウスト』
「俺の《セイアッド》と同じじゃねーか!」
隕石かと思えた物体は、月翔と同じ、移動型搭乗要塞、つまるところのロボットだった。
「ん? まさか、これって《ガイナリッター》? 地球にも同じものがあったのか」
真っ白な
「なんだ、地球の重力ってのも案外、大したことないな」
「こいつ……速ッ」
これが朔望月翔とソロス・ヴィドグランの最初の邂逅だった。
「まさか、こいつ、謝りに来たわけじゃねーよな?」
――だったとしても、俺は許さないんだけどな!
「これは父さんの分だ! くたばれ月の兎ッ!」
右手に手にした鉈型の
ガチャンという鈍い音がしたものの、手ごたえは感じられない。
「装甲も、地球の《ガイナリッター》如きでは破れないか……」
「もう一度、もう一度だ!」
俺は力の限りを尽くし右腕を振った。その動きに呼応して、《セイアッド》も大きく腕を振り下ろす。
ベストを尽くすことに意味があるだとか、精一杯やれば良いだとか、そういう綺麗ごとは嫌いなんだよ。思いっきりやって、結果が出ないとさ、それは手を抜いてやってるのと変わんないんだよ! だから! 俺は……
「ベストを越えて、限界を超えて、仇敵を倒す!」
敵愾心に燃える俺だったが、霄壤の差があることは明白だった。
「くそがッ!」
復讐の念に駆られる俺は、自分が狩られる側に回ってしまったことに気が付かなかった。
「最初はびっくりしたけどさ、ちょっと、面白そうだなーとか思っちゃったけどさ、やっぱり地球人はさ、滅んでも仕方ないかなって思うよね、うんうん。俺一人で、たぶんもう十分だし。拍子抜けの肩透かし、思った以上に弱かった。なんてことはないけど、予想道理に弱かったって感じ。予想の範疇でとどまることほどつまらないことってないよね、うん。」
「まあ、じゃあさ、とりあえず、グサッといっちゃうよ」
フェンシングの剣のように細身の剣で刺されたことにも気が付かないほどに圧倒的な速さで《セイアッド》の心臓部分を一突きにした。
しかし、突き刺されたからと言って怯み臆す俺ではない。
「地球には、挂甲(うちかけのよろい)って言ってな、射られながらも敵陣に突入できる鎧ってのがあるんだ。覚えとけッ!」
そう言って俺は白兎の胸元に飛び込み、そのままその機体を押し倒した。
「それぐらいやってくれないと、面白くならないな」
いたって冷静に、ソロスは応戦する。倒れた機体を翻し、そのまま《セイアッド》に馬乗りになる形で覆いかぶさった。
「さあ、二戟目はどうだ」
もう
沸々と怒りが、胸の中でマグマのように煮えたぎっているのが分かる。
――あの日の事を俺は一日たりとも忘れたことはない。決して許さない、絶対に許してなんかやるもんか!
「この命に代えても、俺はてめえを許さねえ」
――だからここでお前を殺して! 俺も死んでやるよ!
俺は迷いなく、躊躇いなく、自爆ボタンを押した。
「さあ! これで俺とお前は終わりだ!」
しっかりと、深く、スイッチが潰れてしまう位の憎しみの力を込めて自爆ボタンを押し込む。
「? おい! おい! くそッ! こんな時に!」
どうやら、本当にスイッチが壊れてしまったようだった。
「おいおいおいおいおおいおいおいおいおいおいおい」
考えろ、このままじゃ犬死にじゃねーか。あれだけ尊大に、剛毅に、豪快に出陣したってのに、こんなとこで、こんな死に方なんて……
案外、人が死ぬときってこんなものなのかもしれない。昔から大きな武勲を残す者の陰には多くの屍が積み重なっている。きっと俺もその中の一つだったんだ。華々しい死があるなんて勘違いも甚だしい……
――なんて! 思うはずがない! 思えるはずがない!
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