第2話 《ルシーン》

 月の鼓動が狂ったのだ、いつもよりずっと地球に近づいたので、人間が狂いだしたのさ。

――シェイクスピア『オセロー』


「ソロス、お前は地球に行って来るんだ」

「お前にはその使命があるんだから」

 俺には才能があるだとか、言われたって、やりたくないんだからやりたくない。たとえ、俺にしかできないことだとしても、替えが利かないだとか言われても、俺の意思が優先される。

 自己中心的だと言われようと、俺はその信念を曲げる気はない。どうして俺がやらなきゃいけないんだ。父さんが行ってくればいいじゃないか。

「とりあえず、サクッと地球侵略してこいつってんだよ!」

 咄嗟に父の大きな拳が俺の後頭部に炸裂する。

「ッってー……どうせ、まだ文明レベルで大きな差があるんだし、行く意味ないでしょ」

 ギロリと鋭い目で父の視線が俺を突き刺す。

――分かった、分かった。行ってきます、ちょっくら侵略、行ってきます。


「んじゃ、まあ、行きますか《ルシーン》」

 宙域万能機動体、通称、《ガイナリッター》のソロス専用機ルシーンに搭乗し、ソロス・ヴィドグランは月を後にした。

 わざわざ、今じゃなくてもいいのに……ソロスという少年は不満一杯に呟いた。機体は月光に負けず劣らずの純白の白、その立ち居振る舞いは騎士団長を思わせる風貌であり、落ち着いた挙動からもこの使命が容易いものであることを象徴していた。

「まあ、暇つぶしにでもなればいいか……」

 いつだってできることは先延ばしにしたって問題が無い。いつでもやれるんだから、やらなくたっていい。ただその時が来たらやればいい。それまでは怠惰にそして余裕を持って、悠々と過ごしたい。何だって普通が一番、日常を脅かし、毎日の慣習をおろそかにするのは良くない、良くない。

 だから俺は今日も普通にそして、平凡に、ただ侵略する。ササッと仕事を終わらせて、ちゃちゃっと任務を全うして、サラッと月に帰りたい。地球に住まう生き物に罪が無いのは分かっているけれど、強いものが生き残るのがこの世、そして、この宇宙の定め。ここで無策になす術無くやられてしまうのなら、それまでの存在、滅ぼされても仕方のない存在なのだ。

 そう割り切って、俺は地球に降り立つことにした。

 俺たちの先祖は地球人と言う事らしいが、実際のところ、地球人は未だにこの宇宙の何たるかが分かっていない。宇宙にゴミのような機械ばかりバラまいて、大した進歩もない。

「まあ、ごちゃごちゃ考えるのもめんどくさいか」


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