第34話 西との国境の街で
木炭車に燃料用の薪と保存食。そして砂漠を旅するという事でかなりの量の水を積んで俺達はサルディスを西へ向かう。盗賊ギルドのシスターが話していたとおり、特に村に被害らしき被害はなかったが、街道沿いに簡素な墓穴が掘られてる場所もあった。
おそらく死体をそのまま野ざらしにするわけにはいかないのでとりあえずその場に埋葬したのだろう。崩れかけた小さな石造りの城は、おそらくは攻め込まれたという砦だ。
「ところで、威力偵察ってなんだ?」
「例えばふるちんさん。貴方は『すてーたすちぇえええええええええええええく!!!!』とか言って相手のレベルやらHPやらスキルやらがわかりますか?」
「いやわかんねぇよ」
「眼の前になんかマーシャルアーツやってそうな老人がいます。もしかすると物凄く強いのかもしれません。いや弱いのかもしれません。貴方は仕事でこの老人を排除しなければなりませんが、もし本当に鬼のように強かったら一瞬に返り討ちに合います。さてどうすべきでしょうか?」
「ステータスチェック??」
「そういうスキルを持っていないと仮定してください」
「どうすればいいんだ?」
「とりあえず正面に立って、小石を投げてみてください。それでも反応しないようでしたら頭や胴体以外の部分を狙ってナイフを投げてみてください。相手がそれなりに強く、かつこちらが相手をできれば殺す気がないのであれば頭、胴体部分以外を狙って投げ返すか、ナイフを軽く受け止めて投げ捨てます」
「もし頭や胴体を狙って投げ返してきたらどうするんだ?」
「非常に強いにも関わらず、強い殺意がある相手なので、一切の遠慮はいりません。こちらも強い殺意を持って対応をすべきでしょう。とまぁ威力偵察というのはこういう感じですね。今回は西の国がサルディスがどれくらいの強さの軍隊を持っているか。実際にちょっとだけ戦ってみて調べてみた。そんなところでしょう。村や一般の人々にあまり被害がないわりに兵士や砦は念入りに破壊しているのがその証拠です」
「しかし西の国から先に攻撃してきたんなら、卑怯な先制攻撃だ。だったらこっちは報復を理由に戦争をしかけてもいいんじゃないのか?」
「いえ。こっちは相手の戦力がまったくわかりませんし、そもそも今回は攻撃されたのが兵士と砦。つまり軍事施設だけで村や畑がほとんど襲われていないんですよ。つまり一般の人々の被害がほとんどないんであまり民衆の好戦意欲がないといいますか。これがゴブリンが村を襲って女の子をレイプしたとか家畜を根こそぎ奪っていったとします。そして領主の騎士がなにもしないのであれば民衆は怒ります。せっかく畑を耕し、麦を育ててもゴブリンに全部うばれてしまうんですから。労働意欲がなくなり、やがて耕作放棄発生するでしょうね」
「じゃあなんで西の国の連中はゴブリンみたく女の子をレイプしたり家畜を奪ったりしないんだ?」
「さぁ?私は西の国の兵隊じゃありませんので」
「みんなぁ。ここが国境手前最後の町よ~」
ガラさんが木炭車を止めた。城下街ならぬ砦町があり、街道沿いのこれまでの街村同様ほとんど無傷である。半面国境を見張る砦の方はほとんど崩れ、黒焦げになっていた。砦の方には近所の街の住人らしき人影が見える。
「あのう。何してらっしゃるんですか?」
木炭車から降りた俺は近所のらしき人達に声をかけた。
「なにって、この一昨日の戦いで死んだ人たちの死体を探してちゃんと埋めてやるんだよ」
「そうだよ。そのまま野ざらしにしておくとスケルトンだのなんだのアンデッドモンスターになっちまうからな」
村人たちは戸板に毛布を被せた人間サイズの何かを運ぼうとしていた。それがなにかは詳しくは聞かない方がいいだろう。
「村に被害はなかったんですか?」
ももかんが尋ねる。
「いや。ぜんぜん。なかったよな?」
「砦の戦いが終わった後、兵隊が使う食料を買って行ったり、宿に泊まっていったが、きちんと金は払っていったぞ」
偉く紳士的な侵略者である。
「町の住人が暴力を振るわれたとか、略奪されるとか?」
「いやぁ。そんなことはまったく」
「行きも帰りも。なぁ」
「帰りは宴会用の酒を買い込んでいったよ。また来てくんないかなぁ」
特に街の住人達は西の国の兵隊に対して悪い感情は抱いていないようであった。
「そんなこと言ったって貴方達は普段国境の砦の兵士達が食べる食料を売って、生活してるんでしょ?なくなったら困るんじゃないかしら?」
「あー?そうかもしれないなぁ。じゃあ早く砦が直ってくれないと困るなぁ」
ガラさんの問いにどちらかと言えば他人事のように住人達は答える。
「どうしてそんなに気楽に言えるんだ?」
「いや本当に街にはほとんど被害がなかったしな」
「ああ。殺されたのは兵隊だけだったぞ」
「そんな都合のいい事があり得るのか?」
「しつこいな。そりゃ俺は普段あの砦に小麦粉収めてるからその可能性もあったかもしれないが」
「でもまぁ酒場に預言者の姉さんが来てね。その人の言ったとおりにしてたから大丈夫だったよ」
「預言者?」
「偉い美人だったからよおく覚えてるなあ。砦の兵隊はどんな武器を持ってるかだとか、兵士の数はどれくらいかだとか、俺達が食料を砦に運び込む仕事をしていると知るとじゃあ日曜日前にまとめて納品して、しばらく近づくな。西の国からの攻撃があるからと教えてくれたよ」
「本当にあったな。凄い預言者だったな」
「それ預言者じゃなくて只のスパイじゃねぇーかよぉ!!!」
「これはなろう読者の知能レベルに合わせた露骨にわかりやすいスパイ活動ですね。実にありがたい事です。お蔭で砦が容易に陥落した事が把握できました」
そんな話をしているとぼふ。という一際大きな音と共に砦の残骸の一部が炎を吹き上げる。
「なんだ?」
「どうやらくすぶっていた火がぶり返しちまったようだな」
「心配いらねぇよ。俺がクリエイトウォーターの魔法が使えるからな」
「あんたただの村人に見えるけど?」
「へぇ。もしかして兄ちゃん物凄い田舎から出てきたのかい?クロイソス王子が魔法学科の特権を廃止してね。そのおかげで俺みたいな普通の街の住人でも金を払えば簡単な魔法を教えてもらえるようになったのさ。まぁ直接人を傷つけるようなやつは駄目だがちょっとした怪我を治すような魔法なら別に人は死なないからな」
「あと悪魔祓いとか死霊退散とか。ああ。あとは最近開発された害虫だけを選んで殺す魔法とかも教えてもらえるな」
「害虫だけを選んで殺す魔法?」
「でもまぁ道具屋で売っているモスキートコイルっていう奴を燃やせば一晩それで足りちゃうからわざわざ金払ってまで覚える奴はあんまいないかなぁ」
「モスキートコイル?」
「これですね。野営する時あるとわりと便利です」
ももかんが見せたそれは、ただの蚊取り線香だった。
「ともかく火を消しちまおう。それ。クリエイトウォーター」
村の。いや砦近所の街に住んでるおじさんは右手から流水を発射した。次の瞬間。
ブオウゥ!!
小さな火種は勢いを増して燃え上がる。
「な、なんだぁ?」
「なにやってんだぁ?お前呪文を間違えたんだろう。ほれ俺が消してやるよ。それ。クリエイトウォーター!」
ボボボーボ・ボーボボ!!
「うぎゃあ!どうなってるんだ?!」
「もっと燃え上がったぁ!!」
「炎っていうのは水をかければ消えるはずなのにどうなっているだ?!!」
「くそ。クリエイトウォーター!クリエイトウォーター!」
「クリエイエトウォーター!ウリエイトウォター!!」
おじさん達は躍起になって火に魔法で造った水をかけるが一向に消える気配がない。そのうち火の粉が俺の顔を掠め始めるようになりはじめ・・・。
「あれ?ガソリン臭くね?」
俺の鼻に日本で嗅いだことのある異臭が届いた。
「ガソリン?なんだそれ?」
「兄ちゃんガソリンっていうのはなんかの魔法かい?」
「え?ガソリンっていうのは石油から造られた燃料で・・・」
そこまで行ってからちょっと気づいた事があって、俺はももかんに聞いてみた。
「おいももかん。この世界にガソリンってあるのか?」
「ガソリン?あ、それは知りませんね。ふるちんさんの世界では珍しくないものですか?」
なるほど。そういうことなのか。
「えーじゃあ皆さん。とりあえず袋に土とか砂とか集めて入れてください」
「土とか砂とか?まぁいいが」
みんなに土や砂を袋を集めてもらった。
「で、この土や砂を火の上にぶっかけると」
次の瞬間火はたちどころに消えた。
「すげえええええ!!!俺達がいくらクリエイトウォーターの魔法で水をかけても火が消えなかったのに!!!!」
「あんたいったい何者だい!!!?」
「なるほど。これが異世界で現代知識であんたSUGEEEEって言われるって奴か」
「ではふるちんさん。解説の方をお願いします」
「ちょっとこの火が出てた辺りの臭いを嗅いでみろよ」
ももかんは俺が示した黒焦げの砦の残骸。その積み石の一つの臭いを嗅いでみた。
「何か油臭いですね」
「たぶん石油系の燃料だな。この国境の先に広がっている西の国っていうのは砂漠の国か?」
「そうですね。砂ばかりで雨がほとんど降らない国だと聞いています」
「砂漠の国では地面を掘ると石油が採れるんだ。『現実の設定を異世界に当てはめる』とそうなる。で、その石油っていうのは凄くよく燃える油なんだけど、こいつは水をかけても火は消えない。消す為には土や砂をかけるしかないんだ」
「なるほど。クリエイトウォーターは大気中の水分を集めて放出する魔法なので結局水をかけているのと同じ。だから消えなかったんですね」
「ひょっとして砦の兵士達もクリエイトウォーターも使えたのか?」
「兵士ですが?訓練の一環として見張り番をしている時や休暇以外の暇な時を見つけて、比較的習得しやすい簡易な魔法を覚えるように推奨されていましたね」
「じゃあそれが原因だな。砦に火をかけられた後、石油の炎に向かって砦の兵士全員で必死になってクリエイトウォーターの魔法で水をかけていたんだろう」
「それで全員焼け死んだんですか?想像するとかなり間抜けな光景な気がしますが・・・」
「いや。俺の世界にも自動車にガソリンを給油中にタバコを吸い始めて火だるまになったり、ガソリンを運ぶタンクローリーが事故った後、バケツでそれを拾おうと地元の住人が集まって零れた油に火が付き、数百人がなくなることもたまにあるからね。別に笑わねぇよ」
「ええええええええ????!!!!ふるちんさんは異世界の住人が間抜けな行動をしているのに馬鹿にしないんですかっ!!そ、そんな人がいるなんて・・・!!!」
「・・・・異世界の人を馬鹿にしないだけで尊敬されるようになってしまったんだなぁ。これも時代の流れって奴か」
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