第20話 繰り返しますが、この世界は魔王討伐済です
「それにしてもどうして武器の品ぞろえがこんなにショボいんだ?ここ王都だろ」
店売りの一番武器がくさかりがまってのいうのは流石に弱すぎだろう。やはり勇者らしく剣で。と言いたいところだが、その剣は青銅制のものしか売っていない。
「結論から言いますと魔王が倒されて世界が平和になったからですね」
と、ももかん。
「世界が平和になったから?」
「武器というのは戦う為に必要な物ですから、平和な時代には不要な物なんです。むしろ必要以上に出回ると治安が乱れる原因になります。かと言って人間同士の争いは絶えないわけでして。近隣の敵対国家とか、犯罪組織とか、盗賊団とか、現生の狂暴な生物とか。そういうのとか戦う為に一定の武器は必要ですがそれらの販売は国営の兵器工廠で行われています」
「じゃあ冒険者はどうすれば?どこで武器を買えばいいんだ?」
「それについて説明する前に。まずは衣料品店で服を買いませんか?もっとも異世界の勇者はパンツ一丁で戦い続けねばならないという掟があるのならば話は別ですが」
俺はももかんのアドヴァイスに従い、服を買うことにした。俺は布製のシャツを着て、布製の上着を着て、革製のズボンを履き、革製の丈夫な靴を履いた。
「俺はなんて文明的な恰好をしてているんだっ!!」
俺は素直に感動した。
「母さん。ふるちんさんのあの様子を見てください」
「よしなさいももかん。ふるちんは異世界の勇者なのよ。きっと彼の居た世界には服を着る習慣がなかったの」
「そうなのですか。ふるちんさんの故郷は原始的な文明的でない国なのですね」
「ほっとけ」
ともかく衣服を着ている以上、俺はもう裸のサルではない。
「とりあえず必要最低限の装備は手に入れた。次は冒険者ギルドに行こうか」
「冒険者ギルド?」
「ああ。異世界に来たら冒険者ギルドで仕事を斡旋してもらうんだ」
「あまりいい仕事を紹介してもらえるとは思えませんよ?」
ももかんは即効で回答してくれた。
「何言っているんだ。ここは異世界だ。王都だ。始まりの街だ。なら冒険者ギルドがあるに決まって」
「なにしろ魔王がいなくなって世界が平和になりましたからね。いわゆる魔物というのは全世界規模で減少傾向らしいんですよ。おかげで冒険者ギルドに出される依頼も減って、ギルド自体も大通りに面した場所に出店するだけの家賃が払えなくなって。あそこの建物が旧冒険者ギルドです」
俺が服を買った反対側に若干大きめの建物があった。そこには古い看板の上に、真新しい看板が立てかけられた店だった。
「・・・なんだここ?魚のマークがついてるけど?」
「ふるちんさん文字が読めないんですか?」
「別におかしくないわよ。この国でも義務教育が始まって10年も経ってないし。まだまだ文字の読み書きのできない人の方が多いから。それ以前に彼は異世界から来た、『勇者様』よ」
「じゃあ代わりに私が看板を読みますね。ここは最近開店した、『スシバー・トモダチ』です」
「へぇ。スシバーか。ってスシイイイイイイイイイイイ???!!!!」
「入ってみましょうか」
店内は女性客が多かった。奥にいるのは恐らくは板前だろう。が、そいつは人間でなくリザードマンだった。
「なんでリザードマンが寿司を握っているんだ?」
「彼らには魚食文化があったんですよ」
「いやだからなんで寿司を握っているんだ?ここは人間の街だろう?」
「いえ。ですから私が産まれる前に魔王マイルズがクロイソス王子に倒された事はご説明しましたよね?そしてマイルズ配下だった種族は離散したものもいれば独立したもの。そしてこのリザードマン達のように新たに人間と交流を始めた者もいるんですよ。現在、我が国はリザードマンの国と戦争状態ではありません。ですから彼らの店が営業しているのは当然です」
なんとなく納得がいかない気もするが、まぁ太平洋戦争で戦った日本とアメリカが互いの国に店を持っているようなもんなのだろう。
「ついでに言うと店内に女性客が多いとお気づきになられたと思いますが」
「ああ。多いな」
「彼女達はアマゾネスが七割ほど混じっています」
「へぇーアマゾネスねぇ・・・。えっ?アマゾネス?!」
確かに肌の色の濃い女性もいるようだが、長袖の服にスカートを履いて、フォークで恵方巻のようなものを綺麗に切り取っている女性もいる。どうみても上流階級ぽい仕草で、とてもアマゾネスとは思えない。
店内は白を基調とした清潔そうな色彩で、ウェイターはイケメンのダークエルフやオークにしては美形に含めてよい男性が注文を取ったり、米の代わりに大根のつま切りで握られた寿司を丸いテーブルに運んでいた。いやもうそれ完全に寿司じゃないよね?
正直入りずらい雰囲気ではあったものの、ももかんとガラが空いたテーブルに座ってくれたおかげで俺もすんなりと入店する事ができた。
「ふるちんさん。何を頼みます?」
ももかんに渡されたメニューには、この世界の文字がびっしりと羅列されている。当然俺には読めない。
「まかせる」
俺はガラにメニューを放り投げた。ガラは適当にオーク店員に注文をする。てかタキシードを着こなすオークなんて初めて見たわ。
「ところでふるちんさん。アマゾネスについてどれくらい御存知ですか?」
ももかんが聞いてきた。
「アマゾネスって、そりゃ女ばっかの戦闘種族だろ?」
「はい。ですが疑問に思いませんか?」
「何がだ?」
「彼女達は母のようにサキュバスでもスライムでもありません。生物学的に見てふるちんさんと同じ人間です。これってどういうことだと思います?」
「どういうことなんだ?」
「つまりサキュバスのように人間の精気を吸わようにない。ふるちんさんのように普通に食事をして栄養を摂取するんです。そしてスライムのように細胞分裂で増殖しない。有性生殖だということです」
「ここではリントの言葉で話せ」
「アマゾネスは全員女性です。最低一人以上の男性がいないと彼女達は子作りができません」
「なるほど。よくわかったぜ」
「では具体的に基本的なアマゾネス社会の仕組みを見てみましょう。大勢の女性のうち、総合的に見て最も強い者が族長として選ばれます。村に産まれた子供のうち、適齢期の男児、または村を稀に訪れる探索者は族長に一対一の勝負を挑む権利が与えられます。勝ったら適齢期の村の女の子全員と好きなだけ子作りできる権利が与えられます」
「もし負けたら?」
「問答無用で追い出されます。アマゾネス達が住むルドラ地方の辺境には男しか住まない秘境があるそうです」
「・・・・悲しいなぁ」
「ルドラ地方のアマゾネス達は農業をしません。いえ。この表現は厳密には正しくなく、米や麦と言ったイネ科の植物を栽培しないと言った表現を適切です。彼女達が栽培しているのはラルイムサと呼ばれる果実」
ももかんは挿絵がついた本を見せた。
「バナナやんけ」
「一般的にはそう呼ばれていますね。後はイモ類の一種でキルトスペルマ」
それは、根元に二つの膨らみがあり、そして太くて長い大きなイモだった。
「なんでイモがそんなに下品な形状をしているんだよ?」
「何を勘違いしてらっしゃるんですか?これはただの芋ですよ?この芋には大変な問題があり、適当に地面に埋めて置くだけで育つのでいわゆる『芋畑』を造る必要すらないのですが、実はたんぱく質が1パーセントしか含まれていないのです」
「それって低いのか?」
「米が8パーセント。麦が12パーセントなので論外ですね。よってアマゾネス達はネズミ、クモ、カエルと言ったいわゆる『文明的』な人々が見向きもしない食材を好んで食べます」
「狩りはしないのか?」
「しますよ。ヒフキドリやニードルカンガルーを。あ、先ほど言い忘れていましたが、族長に勝利する以外にアマゾネスの女性と交わる方法があります。それはヒフキドリやニードルカンガルーを仕留めて、お目当てのアマゾネスの女性に振る舞えばいいんです」
「なぁ。それって物凄く強いモンスターじゃないのか?」
「まさか。ただの野生の原生動物ですよ。こちらから攻撃しない限り彼らは襲ってきません」
「そうか。大人しい動物なのか」
「ただ、どういうわけかルドラ地方ではゴブリンなどの目撃例が一件もないんですよね」
やっぱり高難易度エリアやないけ。
「ただ、彼女達が種子性植物を栽培しないかと言えばそうでもないんです。サンプウィードと言ってタンパク質32パーセント油分45パーセントという栄養学者の夢のような植物ですね」
「それって凄いのか?」
「風の谷の伝承を御存知ですか?トルメキアの軍勢に追われ王女がアスベル王子と還らずの森に逃げるのですが、その際に飢えをしのぐ食べたチコの実というのがたぶんこのサンプウィードです」
「え?チコの実が?マジでっ?!!」
「王子のすっげぇ不味いが長靴一杯食べたいという発言と、王女のとても栄養があるという。そして子供達が苦労して集めた小さな種子という情報から判断してこのサンプウィードがチコの実である事は疑いようはありません」
「マジかよ!それってすげっええ大発見じゃねぇか!!こんなところでメシを食ってる場合じゃねぇぞ!!今すぐチコの実を取りに、いや栽培しよう!!」
俺は座っていた椅子から立ち上がって宣言した。
「どうしたんですか?そんなに興奮なされて?」
「だってチコの実だぜ?この世界にはチコの実があるんだ!!世紀の大発見だ!!米を栽培しろだとか、ウンコを肥料にして麦畑にまけだとかそういうレベルの問題じゃねぇ!!栽培するのはチコの実一択オンリーだぜ!!」
「無理です」
「何言ってんだ?!チコの実・・・」
「お待たせしました」
タキシードオークがガラの注文した物を持ってきた。それは三つの。
「パフェなんて食ってる場合じゃねぇぞ。いいか俺達は・・・パフェ?」
そう。パフェだ。アイスに。フルーツがトッピングされている。キウイだの。バナナだの。
「サンプウィード栽培に関して幾つか問題があるのですが、まず考えられるのが経済的な問題ですね。ルドラ地方まで行っちゃうとシロップ漬けのパイナップル。砂糖。チョコレートなどが収穫可能なんですよ。どれもこれも、専門の販売店がある盛況ぶりでして。船舶に載せて運ぶか、荷物を背負った魔法使いが飛行魔法で昼夜問わずすっ飛んで届けるか。どっちが経済的かは意見の分かれるところですね」
「バナナもチョコも手に入っちゃうのかよ。この世界・・・」
「もう一つはサンプウィードの臭いですね。酷い悪臭なんです。これでパンを造ったりなんかすると普通の『文明人』には腐った食べ物にしか感じられないんです。もっともこれを利用し、地元のアマゾネス達は口臭で敵を攻撃します。これは『スキル』ではなく、サンプウィードを常食した結果。つまり消費アイテムを使っているようなもんですか能力コピーは不可能。さらに魔法や魔法の鎧などでのガードも不可能なんです」
「ひでぇ攻撃だ・・・」
「ところでそこにチョコレートソースがありますね?」
「ああ。溶けたチョコがあるぜ?」
「スプーンで好きなだけアイスにかけていいのですが、その前にちょっとそのチョコを舐めてみてください」
「うん?このチョコを舐めろだと?」
俺はももかんに指示された通りにチョコを舐めてみた。すると。
「何だこのチョコは?!!匂いは間違いなくチョコ!!だが甘くない、だとっ!!!?」
「どうやらチョコは甘くて当然。という小学生レベルの認識でそのチョコソースを舐めてしまったようですね。甘い。甘すぎます」
ももかんは左手で帽子のつばを押し上げる。
「実はチョコというのは本来甘くないのです。甘いのはチョコに投入された砂糖の甘さなのです」
「なにいいいいいいいいいいいい!!!!???」
「アマゾネス達がこのサルディスにやってきた際、貴族の女性が彼女達の破廉恥な民族衣装を咎める前に、その美しさに注目しました。そしてその美容と健康には何か秘密があるのか。そう尋ねたのです」
「美容と健康?」
「例えば何かサプリメント的な物を飲んで、美しくなれるのならそれを毎日、朝昼晩と食事習慣に組み込みます。女性というのはそういうものなんですよ」
「それがチョコレートか」
「しかし問題がありました。ルドラ地方からカカオの実で運ばれるチョコレートは長期保存が容易なためそれ自体は比較的安価に入手出来ます。しかし大変に苦かったのです。美しくはなりたい。ですが苦いチョコは飲みたくない。貴族の女性達は苦悩しました」
「そこで砂糖をぶち込むことを思いついたのか」
「はい。ついでにミルクも入れてまろやかにしました。こちらがミルクと砂糖を混ぜたチョコソースになります」
俺はもう一つのチョコソースにスプーンを突っ込んだ。
「うん。確かに甘いな」
「ちなみに小麦粉に練り込んで焼き固めると、いつでもどこでも手軽に持ち運べて食べられるチョコクッキーになりますよ」
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